24.「聖女システィーナ」
『ヒュブリス教団』の教祖、システィーナ。
今朝ギルドのカウンターの下で聞いたのとまったく同じ声を持つ女性が、教会の入り口にいる。
俺の上着を握るパペの手が、ぎゅ、っと強くなったのが分かった。
震えも激しくなっている。
「貴方にお会いしたかったのですよ。あらあら、まあまあ、お戻りになってらしたのね。……わたくしとの面会にいらしたご様子ではなさそうね」
見る人によっては、母のような微笑に感じるかもしれない。
余裕があって、どことなく力強い笑みだ。
でも、違う。
優しさの欠片もない笑みに長く親しんだからこそ俺には分かる。
こいつの微笑は、徹底的に人を見下したものだ。
「そこを通してくれ」
「ええ、どうぞ」
ん?
やけにすんなり身を引いたな。
てっきり俺たちを閉じ込めて拷問でもなんでもするのかと思ったが……。
警戒しつつ、システィーナの横を歩く。
一歩。
二歩。
意外なことに、邪魔されることなく俺たちは太陽の下に出ることができた。
しかし――。
「パペさんにお伝えしておくことがありましたわ。貴女のお母様の借りですけれど、まだまだ残ってらしてよ? 教団をお辞めになるのは結構ですけど、きっと天罰がくだりますね」
なるほど、そういうことか。
なら話は早い。
「いくら借金があるんだ? 俺が払う。今すぐ全部……は無理かもしれないけど、キッチリ支払ってやるよ。だからパペのお母さんには手を出すな」
「ルークさん、そんな――」
「いいんだよ、パペ。こういうのは誰かの力を借りてでもさっさと手を切らなきゃ駄目なんだ」
俺の腕のなかで、パペは小さく「うぅ……」と呻いて目を閉じた。
直後、ふ、っと彼女の身体の力が抜けた。
呼吸はある。気絶したんだろう。
パペの顔や手足、露出した部分には痛々しい殴打の痕がある。
彼女はここまで、ギリギリの状態で意識を保っていたんだろう。
俺は、戸口に立つ教祖を睨んだ。
彼女の髪は太陽を浴びて、銀色の川のように見える。
「パペさんのお母様の借りは、神への借りです。残念ながら、神の国に通貨はございません」
「……は?」
何を言ってるんだ、こいつ。
「あら。そんなに怖い顔をしてはいけません。神に嫌われてしまいますよ?」
「心が狭いんだな、あんたの教団の神様は」
システィーナは短く「ふふ」と笑った。
「ちゃんとご説明しましょうか。パペさんのお母様は不治の病にかかっていたのですよ。それが、わたくしの祈りで完治したのです」
職業『聖女』。治癒系魔法のスペシャリスト。
受付のお姉さんから聞いている、システィーナの情報だ。
『ヒュブリス教団』が大量の信者を獲得した理由は、教祖の規格外の治癒魔法にあるらしい。
いくら聖女といえども重い病を取り除くことなどできない――というのが一般論だ。
しかしシスティーナはそうではない。治せなかった病など、今までひとつもないらしい。
そうすると、パペのお母さんをこいつが治したというのは事実だろう。
それと引き換えにパペを教団に引っ張り込んだということか。
「あんたの言う天罰ってなんだ?」
「病の再発ですよ。神への奉仕を忘れた娘のせいで、神の治した病が戻ってしまうのです」
「……それ、あんたの魔法じゃないのか?」
「わたくしの扱う魔法はすべて、神の意志ですよ? ふふふ」
教団を抜けた者の親族に病魔が訪れる。
これもお姉さんから事前に聞いた情報だ。
こいつは治すだけじゃなくて、逆のことも魔法でできるのだろう。
毒とか麻痺とか、一時的な状態異常をかける魔法は存在する。それをシスティーナは、半永久的にかけることができるというわけだ。
だからこそ脅しが成立する。
「わたくしも天罰がくだるのは心苦しいのです」
システィーナはひらりと空中で手を泳がせると、やたら豊満な胸の上に置いた。
「心苦しいだなんて思ってないだろ、あんた」
「酷いことおっしゃるのね、ルークさん。幼馴染に徹底的にイジメられたと伺ってましたけど、案外図太いじゃありませんか」
絶縁の日のことは全部、この教祖の耳に入っているらしい。
「パペのお母さんに手出ししたら、絶対に許さない」
「あらあら。具体的にどう許さないのかしら? 教団を潰すとでもおっしゃるの?」
「そうだ。あんたたちがギルドでやってる不正も全部告発して、せっせと作り上げた組織を解体に追い込んでやるよ」
「不正だなんて、心外ですわ……」
この女の性根が腐ってることは、重々承知している。
何を言われても不正を認めようとはしないだろう。
ただ、こっちも引く気はない。
『ゴブリンの巣穴』でピンチになったパペが何をしたか、こいつは知ってるのか?
「ゴブリンキングの討伐報酬はキッチリ受け取ってるんだろ?」
「ええ、もちろん。Bランククエスト『ゴブリンキング討伐』。なかなか手強かったですが、九名のパーティを結成してなんとか切り抜けましたわ。十名以上のパーティは原則認められないだなんて、寂しい規則ですわね」
教会に向かう前に、受付のお姉さんに確認してもらった情報がある。
昨日から今朝にかけて、『ゴブリンキング討伐』クエストの達成報告がなかったかどうか。
お姉さんは「守秘義務ぅぅぅ」としばらく唸っていたけれど、案外すんなりと情報を見せてくれた。ギルドの事務員として、教団の不正に憤りがあるんだと思う。
で、思った通り昨晩の段階でクエスト達成報告がされていた。
九人組のパーティ。しかも、名前を見て驚いた。
聖女システィーナ。
その名がパーティに含まれていたのだ。
「パペは自爆してでもゴブリンキングを打ち取ろうとしたんだぞ……! あんたらに貢献するために命を賭けたんだ!!」
「そうだったかしら? わたくしたちは九人で協力してゴブリンの親玉を狩ったのですよ?」
「違う!! パペ一人に無茶なクエストを押し付けて、あんたらはのうのうと報酬だけ回収したんだろうが!!」
システィーナの目付きが急に鋭くなった。
「貴方が何を知っているのかは、わたくしには分かりませんけど……この話は水掛け論にしかなりませんね。当初の問題はパペさんの脱退についてではなくって?」
あくまでも認めないつもりか。
こいつに善意を期待した俺が間違っていたんだろう。
俺が返事をするより早く、システィーナが続けた。
「通常ですと教団を抜けた方の家族には天罰がくだりますけれど、神のお許しを得る方法がひとつだけございますよ」
「なんだ」
「神の試練を受けるのです。規則では退団を望む当人が受けることになっていますけれど、特別にルークさんでもよろしいですよ?」
神の試練?
なんだそれ。
「先に確認するが、それを受けたらパペを解放してくれるし、お母さんにも手出ししないんだな?」
「もちろんです」
俺は長いまばたきをひとつして、これまでよりも強くシスティーナを睨んだ。
「受けてやるよ、神の試練を」
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