23.「教会突入」
ケイトさんから聞いた話は、正直どこまで真実か分からない。
ギルドに対する不正行為はあるかもしれないけれど、『ヒュブリス教団』内部で拷問をしているとかいうのは眉唾だ。
王都の北西部。その末端に『ヒュブリス教団』の教会は建っていた。
巨大な両開きの扉の上には『汝の胸に救いを求める心があるならば、戸を叩きなさい。さすれば神への道が啓かれる』と書かれたプレートが打ち込まれている。
三角屋根の建物の奥のほうが塔になっていて、頂点に木の葉をモチーフにした銀色のモニュメントが設置されている。それが太陽を反射するものだから、眩しくて仕方ない。
遠目から見ても巨大で立派な建物なのは間違いない。内側にいる人間が立派かどうかは別として。
俺は今教会の目の前にいるわけなんだが、入り口の上部にある綺麗なステンドグラスも、重そうな扉にも、そこかしこに刻まれたありがたそうな言葉にさえも目を向けていなかった。
教会前に設置された大きめのごみ箱。
そこから目が離せないでいる。
『このリュックはですね、パパの形見なんですよ』
パぺの嬉しそうな声が耳に蘇る。
俺はごみ箱に突っ込まれた大きなリュックを、慎重に取り出した。
教団に関する数々の噂について、本当のところは分からない。
ただひとつ確実なのは、大事な大事な父の形見をごみ箱に放り込むクズがここにいるということだ。
リュックを背負って、扉を押し開けた。
◇◇◇
「おい、誰だお前!」
「今は入ってはいけません!」
「鍵はかけたはずじゃ――!?」
扉を開けた瞬間から、なにやら動揺した声が耳に届いた。
扉の先は礼拝堂になっていて、左右にずらりと並んだ長椅子はほとんど全部信者らしき人で埋まっていた。
奥には女神の像が、シャンデリア越しの光を浴びている。
ここにある光景のどれもが馬鹿馬鹿しく不真面目に思えてしまったのは、女神像の前で縛り上げられた傷だらけの少女が理由だ。
彼女の近くには数名の男女が、鞭や棍棒を手に立っていた。
「あ……ルークさん……。……これは、違うんです……」
パぺの途切れ途切れの弱々しい声は、男の信者の「やっちまえ!!」という野太い声に遮られた。
信者たちは立ち上がり、おずおずと俺の前に立ち塞がった。
明らかに気乗りしない様子の者もいれば、何かに追い詰められたような形相の奴もいる。
ケイトさんが言った通り、本来は素朴な人間なんだろう。信者として過ごすうちに、教団だけが世界のすべてになってしまったんだと思う。
俺だってリリアと過ごしていた頃は、世界に彼女しかいないような感覚だった。
だとしても、過剰な同情をするつもりはない。
「悪い、どいてくれ」
信者の手が俺に触れた瞬間――。
ギィン。
金属音が鳴り響き、信者が大きくのけぞった。
まるで亡者のように立ちはだかる信者たちが、次々と弾かれていく。
場違いな大男が振り下ろした棍棒も、俺の頭に激突した瞬間に粉々に吹き飛んだ。
多分これも、スキル『オートガード』のおかげなんだろう。スキルボードを見れば何か変化があるかもしれないけど、今は確認している余裕なんてない。
一刻も早く、この馬鹿げた場所から遠ざけなければならない女の子がいる。
「パペ」
「る……ルークさん……。……違うんです……これは……れっきとした、儀式で……ボクは……」
縛られたパペを両手で抱え上げる。
「ごめん、パペ。俺の目が節穴だった。あのとき君と別れるべきじゃなかった」
パーティに誘ってから、パペの様子は少しだけおかしかった。
なんだか無理に感情を抑えているような感じだったじゃないか。
あのとき俺は強引にでも彼女を引き留めて、事情を聞き出すべきだったんだ。
簡単には教えてくれなかっただろうけど、根気よく、嫌われたってかまわないくらいの気持ちで彼女の事情に立ち入るべきだったんだ。
不意に、甲高い耳障りな叫びが礼拝堂に反響した。
「その女は教団を抜けようとしたのよ! 私たちは天罰がくだる前に撤回させようとしただけよ!!」
女の声をきっかけに、次々と同意が返る。
「そうだ! 俺たちはそいつを救おうとしたんだ!」
「馬鹿な考えを取り下げさせようとした善行だ!」
「部外者の貴様には分からんだろうが、これは必要な裁きだ!!」
あってたまるか、そんな馬鹿げた善意。
天罰が下る前に自分たちで裁きを与えようだと?
何様なんだ。
「あんたたちの言う通り、俺は部外者だ」
一同を見渡す。
まだ喚いてる者も多かったが、飛び掛かってくる奴はいない。
「あんたらは自分たちの教団の常識しか見えてないようだから言ってやる」
俺を見つめるどの瞳にも、敵意を感じる。
「無抵抗の子を寄ってたかって痛めつけるような正義、クソくらえだ」
さて、言いたいことは言った。
信者たちはガヤガヤ騒いでるけど、もうここに用はない。
抱き上げたパペにもしものことがあってはいけないから……。
――『防御付与』発動。
よし、と。
これで万が一無謀な奴が飛び掛かってきてもパペに被害は出ない。
「ルークさん……どうして」
嗚咽交じりの消え入りそうな声が、俺の胸のあたりで聞こえた。
パぺは俺の上着を、きゅ、っと掴み、泣き出しそうな顔をしている。
「どうして……助けにきてくれたんですか……。放っておけばいいじゃないですか……。他人じゃないですか……」
「他人なんかじゃない。大事な友達だ」
次の人生があるのなら、守るべき人を守る生き方をしたい。
ケルベロスを前にして思ったことだ。
俺は異常な防御力のおかげで命を失うことはなかったけど、あの瞬間から人生が変わったんだと思う。
「それじゃ、脱出するぞ!」
「はい……!」
喧噪のなかでも、パペの涙声の返事はしっかり聞こえた。
しかし、俺が礼拝堂を一直線に抜け出すことはなかった。
なぜなら――。
「あらあら、どうしたんですか? この騒ぎは。おや、貴方は確か、ケルベロスを屠った少年じゃありませんか」
腰まである白銀の長髪。黒の修道服。
礼拝堂の入り口に姿を見せた女性は、嗜虐的な微笑を浮かべてそう言った。
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