22.「よからぬ噂」
大衆酒場『ロマン亭』。
昼でも賑わう酒場の奥のテーブルに腰かけて、俺はブドウジュースを飲んでいた。
賑やかな笑い声があちこちで上がっていて、グラスに映った自分の神妙な顔が場違いに思えてくる。
先ほどギルドのカウンターの下に隠れて聞いた会話を、頭のなかで繰り返した。
――ルークさんは昨日から戻っておりません。
――本当に戻っていないのですね?
――ええ。
――そう。では、お戻りになられたらこう伝えてくださいまし。『ヒュブリス教団』の教祖システィーナがあなたにお会いしたがっている、と。
システィーナとかいう女性が去ったあとで、ようやく俺はカウンターを出ることができた。
そしてもちろん、すぐさまケイトさんに疑問をぶつけたのだけれど、
「ギルドで教団の話はできません。もうじき交代の時間ですから、あとで話しましょう。『ロマン亭』で待っててください。教団の信者さんは、酒場への出入りが禁止されていますからちょうどいいです」
と言われてしまった。
かくして俺は、酒場でケイトさんを待っている。
もうかれこれ一時間だ。
そろそろ来るんじゃないかと思っていると――。
「ごめんねルークさん、お待たせしちゃって」
「いえ、大丈夫です」
「ジュースしか頼んでないんですか? マスター!」
ケイトさんはマスターを呼ぶや否や、メニューを確認することなく次々と料理を注文した。
ほどなくして、テーブルには色とりどりの賑やかな品々が並んだ。
蒸し鶏のサラダ、揚げイモ、クラーケンのワサビ和え、などなど……。
ケイトさんは『スライム混ぜ込みカクテル』とかいう聞きなじみのない飲み物をゴクゴクと飲んでいる。
「スライムはね、美容にいいんですよ。この知識は女の子にとっては常識ですから、心得ておくように」
と、ケイトさんは聞いてもいないことを言う。
「スライムのことは置いといて……さっきの件なんですけど」
「このクラーケン、コリコリ! すごいですよルークさん! コリコリ!」
「いや、確かにコリコリしてて美味しいですけど! 教団のことなんですが――」
「アハハ、冗談ですよ冗談。ルークさん真面目だから、ついついからかっちゃうんですよ」
おほん、とケイトさんは咳払いひとつして続けた。
「えーとですね、昨日ルークさんがクエストに出発したあと、『ヒュブリス教団』の教祖様が来たんです」
「俺に会いたい、って用件ですか?」
ケイトさんが頷く。
システィーナとかいう教祖がなぜか俺に会いたがっていることは、カウンターの下盗み聞きした会話から明らかだ。
「なんで俺に会いたがってるんでしょう」
「君の噂を耳にして、教団に引き込もうとしてるんですよ、きっと。ケルベロスをソロで倒せる冒険者なんて英雄クラスですからね。それがCランク冒険者のままなんですから、教団としては早めに手を出しておきたいわけです」
「でも俺、教団とかそういうのには興味ないんですが」
ケイトさんは首を横に振り、揚げイモをひょいひょいとつまむ。
俺も蒸し鶏のサラダを口に運ぶ。
真剣な話をしていても食事は進むものだ。昨日からビスケット以外に何も食べていないせいか、食欲はたっぷりある。
「ルークさんの意志がどうであろうと」
ケイトさんはフォークに刺したクラーケンのかたまりで俺を指す。お行儀は悪いが、酒場でマナーを気にしても仕方ない。
「『ヒュブリス教団』は全力で囲い込むはずです。どんな手段を使ってでも。だから、接触しないのが一番なんですよ」
「俺を欲しがってるのは分かりました。でも、どうして教団に冒険者が必要なんですか? 宗教組織って、お祈り捧げるだけじゃ……?」
「資金集めですよ。クエスト達成報酬を上納させるんです。素材も全部教団で管理して、一番儲かるルートに売ってるって噂ですよ」
「うわ……生々しい……」
正直な感想が漏れてしまった。
もちろん、どんな組織にも運営費はかかるものだってことは俺も分かってる。
「それだけであれば、まだいいんですけどね……」
ケイトさんは目を伏せて、サラダを口に運んだ。
「それだけじゃないってことですか?」
「……ルークさんは、『なんちゃってパーティ』って知ってますか?」
なんだその浮足立った名前。初耳だ。
「いえ、知らないです」
「……ギルドに所属してる冒険者さんが、真面目にクエストを達成して貢献度を上げていく方ばかりじゃないのは知ってますよね? たとえばリリアさんのやったこととか……」
クエスト達成前にメンバーを除名して、本来の取り分以上の貢献度を得る。
それがリリアのやってた不正だ。
「パーティメンバーのキックですよね、リリアがやってたのは」
「ええ。そういう不正が出てくる理由はいくつかありますけど、だいたいはお給金目当てです」
「給金?」
「ルークさんはご存知ないかもしれませんけど、Bランク以上の冒険者はクエスト達成や素材の納品以外に、定期的にお金がもらえるんですよ。ひと月に一度。貢献度によってもらえる額も変わります」
へえ。初耳だ。
ということはリリアも定期的にお金をもらってたのか。
「ただ、受け取りには条件があってですね。一か月間ひとつもクエストを達成できなかった場合はもらえません」
「なるほど……まあ、当然ですよね。貢献してないわけですし」
「『なんちゃってパーティ』は、その制度を悪用した不正行為です」
……なんだか嫌な予感がする。
「ギルド側で想定している『パーティ』というものは、メンバー全員でクエストに邁進する共同体です。『なんちゃってパーティ』の場合、パーティを結成していても実際には一緒に行動しないメンバーがいるんです。酷いケースだと、実際に働いてるのは一人なのに、パーティ自体は四人とか五人とかだったりします」
「つまり……なんにもせずに貢献度を搾取するってことですか?」
「そう。貢献度と、お給金を」
パぺの姿が脳裏に浮かんだ。
そういえば彼女は、たった一人で『ゴブリンの巣穴』に挑んでいた。クエストとしては多分……『ゴブリンキング討伐』とかだろう。
「で、『ヒュブリス教団』はその不正をしてるってことですね?」
「……ルークさん、教団員の何割が冒険者だと思いますか?」
「……四分の一、とか?」
かなり多めに見積もって答えたつもりだが、ケイトさんは首を横に振った。
「じゃあ三分の一?」
「違います」
「まさか……半分?」
ケイトさんはブロック状に切られたクラーケンの肉に、フォークを突き立てた。
「全員です」
「……え?」
「信者全員がギルドに登録済みの冒険者なんですよ。……ギルドの加入には適性を測る試験や身体能力の測定を導入していますけど、最終的に加入するかは本人の意志に委ねられます。これは、ギルドマスターの理念に基づくものです。冒険のチャンスを奪ってはいけない、ってやつですね。……その理念を逆手にとって、本来は冒険者になれないような老人や子供なんかを登録して、『なんちゃってパーティ』で不正にお給金を発生させてるんです」
なるほど。確かにギルド側にとっては許せない不正行為だろう。
「……取り締まれないんですか?」
「無理ですね。パーティの実態を調査するためにギルド側が割ける人員はありません。告発があって初めて事実関係を確認しますけど……だいたいがウヤムヤに終わってしまいますね。」
「でも、少なくともケイトさんは『ヒュブリス教団』が組織的に不正をしてるって分かってるわけですよね? どうにか尻尾を掴めるんじゃ……」
ケイトさんはクラーケンと揚げイモとサラダを次々とフォークに刺すと、一気に頬張った。
「ギルドの上層部には……ごくん……信者がいるんですよ。教団そのものを問題として挙げるのは不可能です」
「そう、ですか」
「それに、下手に連中を刺激したくないんです。割と過激なこともしてるみたいですし。教団を辞めようとする信者を拷問したりとか……。もちろん、大部分が素朴で善良な人たちなんですけどね。全員が教祖の言いなりなんです」
今朝耳にした、教祖の声を思い出した。凛とした感じだったけれど、人は見かけによらないことはよく知っている。
もしケイトさんの言ったことが真実なら。つまり、教団内部で拷問やらなにやらが行われているとしたら。
月明かりに照らされたパペの笑顔が脳裏に蘇る。
ブドウジュースを一気に飲み干して、立ち上がった。
「お先に失礼します」
「え、どこ行くんですか? これから例のドラゴンを見に行くんじゃないんですか?」
ケイトさんがフォーク片手に、慌てた様子で言った。
キュールのことも大事だけれど、それよりも優先しなきゃならないことがある。
「ちょっと用事を思い出したんで……友達のところへ行きます」
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