21.「ヒュブリス教団」
王都には、ギルド以外にも様々な組織が存在する。
商人の組合や、鍛冶師や薬師といった技能職の組織、あるいは魔物研究家や魔法研究家を集めた学会なんかもあるらしい。
多くの組織が目に見える何かを扱っているのに対して、決して触れることのできないものを拠りどころにしている組織もある。
宗教組織『ヒュブリス教団』は、その代表格だ。
俺も名前くらいは聞いたことがある。
「ボクは『ヒュブリス教団』に所属してるんです。ほら、このペンダントが信徒の証です」
パペが胸元から取り出したのは、木の葉をモチーフとした銀色のペンダントだった。
「『ヒュブリス教団』は信者以外とパーティを組んで冒険することを認めてないんです。だから、残念ですけどルークさんとはパーティを組めません」
「そっか……でもなんで信者じゃないと駄目なんだろう」
「そういう教義なんです。申し出は嬉しいし、本心ではボクもルークさんとパーティを組みたいくらいですけど……ごめんなさい」
「いや、謝らないでくれ。そういうことなら仕方ないよ」
残念ではあるけれど、パペにはパペの事情があるんだ。
それを無視してまで強引には誘えない。
結果的にはフラれてしまったわけだが、もちろんパペに対する感謝がなくなるわけじゃない。
協力して未知のダンジョンを進んだ記憶だって、俺のなかでは大事な財産になるはずだ。自信をもってそういえる。
「それじゃあ、王都まで送るよ」
頷いたパペのアホ毛が、ふらふらと風に揺れた。
◇◇◇
マルスとキュールとは廃村で別れ、俺はパペと二人、王都まで帰還した。
せっかくだからギルドまで一緒に、と思ったのだけれど、王都の門をくぐる前に彼女とは別れることになった。
『ほかの信者さんに見つかったら面倒なので』という理由で。
かくして俺は、一人でギルドの前に立っている。
朝日に照らされた入り口の扉を押し開けて中に入ると、カウンターに顔を伏せて眠る受付のお姉さん――ケイトさん、という名前だ――が見えた。
「あのー」
「ふぇっ!? ね、寝てないですよ!?」
ガバッと起きたケイトさんが、目を白黒させてそんなことを口走った。
いや、誰がどう見ても寝てたと思うけど……。
「あ、ルークさんじゃないですかぁ。おはようございます~。朝帰りですかぁ?」
ケイトさんは、明らかに寝起きのポワポワした口調だ。
頭もゆらゆら揺れてるし。きっとまだ眠いんだろう。
「ええ、今帰ったばかりです」
「そうですかぁ~。クエストお疲れ様です~。『匂いリンドウ』、沢山採れましたか~?」
「そのことなんですけど……一本も採れませんでした」
一瞬きょとんとしたあとで、ケイトさんは笑顔を浮かべた。
「アハハ。やだも~、ルークさんったら冗談がお上手ですね」
「いや、本当なんです」
「……天下のケルベロ・スレイヤーがCランクの採取クエストに失敗するとは……にわかには信じがたいです」
「そんなふうに呼ばれてるんですね、俺」
「私が個人的に呼んでるだけです。失敗ですか~、残念ですね。そう気を落とすな若者よ」
ケイトさんがカウンター越しにバシバシと肩を叩いてくる。
落ち込んでるつもりはないんだけど……。
寝起きなのに元気な人だ。
それはさておき、だ。
「ちょっとクエスト途中で色々とトラブルがありまして」
「何があったんですか~? 転んで膝を擦りむいちゃったとか?」
「違います」
「じゃあ、吸血コウモリに噛まれて貧血になったとか?」
「……『ゴブリンの巣穴』に寄り道したら最下層が抜けて未開のダンジョンをさ迷う羽目になったんです。クリスタルリザードとか硬めの敵が多かったんですけど、なんとか脱出しました」
ケイトさんは、またしてもきょとんと俺を見つめている。
かと思ったら、優しさ満点の笑顔を浮かべた。
「ルークさんはすごいですね~」
「……絶対信じてませんよね」
なら、動かぬ証拠でどうだ。
『素材回収鞄』に手を突っ込む。
取り出した結晶をカウンターに置くと、表面にケイトさんの丸い目が反射した。
「こ、これ、もしかして」
お姉さんは寝起きとは思えないほど素早い動きで結晶を持ち上げ、色々な角度で観察した。
しまいにはカウンターの外に出て、天井のランプの真下で透かして見たりしている。
「クリスタルリザードの背中の結晶……しかも上モノですよ! 表面は傷付いてますけど、内部に曇りがないのは一級品の証です!」
「これで信じてくれますか?」
お姉さんはカウンターに戻り、ふぅ、と大きく息を吐いた。
「『竜の背骨』近辺でクリスタルリザードの出現報告はありません。でもルークさんは、なぜか素材を持ち帰ってきた……。王都でもこれほど質の高い結晶は出回りませんから、どこかで仕入れたわけじゃないでしょうし、となると先ほどルークさんの言った未開のダンジョンが実在するんでしょうね」
ケイトさんはすっかり真面目モードになっている。
とりあえずは信じてくれてなにより。
だが、本命はここからだ。
「もうひとつ大事な相談がありまして」
「まだあるんですか!? ちょっと私、眩暈が……。あ! 恋の相談なら乗りますよ~? お姉さんにまかせなさい!」
「真面目モードになってください」
「ルークさんシビア! ……おほん。それで、相談ってなんですか?」
ありがたいことに、今は俺とケイトさん以外誰もいない。早朝で助かった。
「その未開のダンジョンでブレイド・ドラゴンと仲良くなったんです。住処も壊しちゃいましたし、これからはそのドラゴンと一緒に行動したいんですが……」
「ちょ、ちょっと待った! ブレイド・ドラゴンって絶滅した魔物ですよ!? それと仲良くなった!? これから一緒に行動したい!? ルークさんには申し訳ないですけど、それを鵜呑みにする人がいたらきっと高い壺を買わされるタイプですよ!?」
壺のたとえはよく分からないけど、ケイトさんの言うことも分かる。
信じろと言われても無理だろう。
「じゃあ、直接見たら信じてくれますか?」
「まあ、直接見たら信じるしかないですね」
「一緒に行動することも許してくれますか?」
「約束します――と言いたいところですけど、残念ながら私だけの権限では許可できません」
それはそうだろう。受付嬢に全権がある組織なんて存在しない。
「とはいえ、最大限の働きかけをしますよ! 具体的には、ギルドに資金提供してくださる方々を説得します! 三分の一くらいの賛成が得られれば、きっと大丈夫です」
ありがたい。そうと決まったら、早くキュールに会わせよう。
そう思って踵を返しかけた瞬間、ものすごい勢いで襟首を掴まれてカウンターに引きずり込まれた。
「――!?」
「しっ! 隠れて!」
カウンターの内側にぐいぐい押し込まれる。
いったい何が起こっているのやら、さっぱりだ。
ギルドで俺が隠れなきゃいけない相手なんていないと思うんだが……。
やがて、コツコツとヒールの音がカウンターに近付き、止まった。
時間を置いて、頭上でケイトさんの声が響く。
「おはようございます、システィーナさん。『ヒュブリス教団』の教祖様が、なんのご用でしょうか?」
先ほどまでのケイトさんと比較すると、随分警戒心のこもった口調だった。少し緊張している感じもある。
……というか今、なんて言った?
『ヒュブリス教団』って確か、パペの所属してる宗教組織だろ?
教祖ってことはトップだろうし、なんでギルドなんかに来るんだ?
やがて、鈴の転がるような凛とした女性の声が響いた。
「ごきげんよう、受付さん。昨日と同じ用件で参りました。――ケルベロスを退治した男の子は戻って来たかしら?」
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