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2.「いざ、ダンジョンへ」

 Aランクダンジョン『氷の迷宮』は、その名の通り全面が不透明な氷に覆われていた。道はいくつも枝分かれしており、目印になりそうなシンボルもない。

 なんの準備もなく記憶を頼りに進んだら、一時間も経たずに迷子になること間違いなしだ。


「そこを右よ」

「了解」


 リリアは地図を片手に難しい顔をしながら歩いている。王都の道具屋で購入した魔法の地図だ。進んだ道が自動で書き込まれる仕様になっていて、これさえあれば永久にダンジョンをさ迷う悲劇は避けられる。『氷の迷宮』に限らず、ダンジョン探索には必須のアイテムだ。


 地図をはじめ、便利なアイテムは基本的に彼女が持っている。必要なときには俺にも渡してくれるけど、そんなときは滅多にない。何事も自分が主導権を握っていたいのだろう。


 ダンジョン内は一切光源がないものの、支障はない。リリアがかけてくれた暗視魔法のおかげで、真昼の路地裏くらいには物が見える。


 黙々と進んでいると、やがて真っ白な毛に全身を覆われた二足歩行の魔物――イエティが見えた。


「リリア! 魔物だ!」

「うるさい。いちいち言わなくても分かってるわよ。さっさと相手しなさい」

「了解。『防御の構え』……!」


 木の盾を構えると、肌の硬直を感じた。


 合計三体のイエティが互いに押し合って、俺へと迫る。

「グオォォォォォ!」


 腕の届く距離まで来ると、イエティどもは一斉に俺を殴りはじめた。『防御の構え』のおかげでダメージはない。

 盾さえ構えていれば攻撃を防ぐことができるのが、スキル『防御の構え』だ。おかげで、敵の拳にいちいち盾を合わせる必要はない。直径三十センチという小ささも問題にはならないというわけだ。


 連中はリリアには目もくれず、俺だけを攻撃し続けていた。というか本当に俺しか見えていないんだろう。

 今の俺には『魅了(チャーム)』という、一定範囲内の魔物を引き付ける魔法がかかっている。もちろんリリアがダンジョンに踏み込む前にかけた魔法だ。


「くっ……」


 ダメージがないとはいえ、不安にはなる。『防御の構え』が限界を迎えたら終わりだ。

 イエティの攻撃を一撃でもマトモに受けたら立ち上がれないほど重症になるだろう。ダメージがなくとも、威力はなんとなく分かるものだ。


 なんとか耐えているうちに、段々とイエティの攻撃が収まってきた。

 魔物にも疲労はある。人間を見つけた直後は元気いっぱいに飛びかかってきても、徐々に動きは悪くなるものだ。

 リリアが言うには、疲れた魔物には魔法攻撃も通りやすくなるらしい。弱らせてから仕留めるのが狩りの基本なんだとか。


 そろそろ頃合いだろう。


「サンダー・アロー!!」


 思った通りのタイミングでリリアの声が響き渡る。直後、いくつもの雷の矢がイエティの身体を貫いた。

 俺にもかすったように見えたけど、多分気のせいだろう。


『防御の構え』を解除し、振り返る。

 案の定リリアは得意げな顔をしていた。何の心配も必要なかったでしょ? と言わんばかりに。



◇◇◇



 俺たちは驚くほど順調にダンジョンを進んでいた。

 どうやら彼女の言った通り、Aランクダンジョンでさえ何も問題ないのかもしれない。

 Cランク冒険者である俺の防御が通用してるのは意外だったけれど……このまま何事もなく踏破できれば万々歳だ。


 ダンジョンには、その時々でボス級の個体がいたりいなかったりする。基本的に『踏破』系のクエストが出される時はボスがいないタイミングだ。魔物の駆逐を兼ねたダンジョンの見回りというのが実態である。

 魔物は倒しても涌いてくるわけだが、放置するのは悪影響が大きい。増えすぎてダンジョンから溢れたら、付近の町や村が被害を受ける可能性があるからだ。だからこそギルドとしては無視するわけにはいかず、クエストを出すというわけである。


 これも冒険者の常識だが、ダンジョン内で出現する敵の強さはほとんど同じだ。つまり、今のところ(・・・・・)問題ないということは、この先も(・・・・)問題ないことをある程度示している。


「へくちっ。うぅ……もっと厚手のローブを着てくればよかった」

「大丈夫か、リリア」

「うっさい。ていうか何でアンタは平気なのよ」

「最初は寒かったけど、もう慣れたよ。丈夫なのが取り柄だから」


 うしろでリリアの舌打ちが聞こえる。

 悪いことを言ったつもりはないんだけどな……。


 さて、もう結構歩いてる。そろそろクエスト達成の合図が鳴るんじゃないだろうか。

 帰ったら温かいシチューが食べたいな。さすがのリリアもそれくらい許してくれるだろう。


 クエストの報酬や収集した素材の売却は全部彼女がやってくれているから、俺は一銭も持っていない。というか、持たせてくれない。

 ある日お金のことを言ったら、

『アンタにお金の管理なんてできないんだから、アタシに任せなさい。装備も服も食事も宿も、適切な物をアタシが与えてるでしょ? 何が不満なのよ。ほら、言ってみなさいよ、ねえねえねえねえ!!』

 なんて怒鳴られてしまったのを覚えている。ビンタされた上に、頭から紅茶をかけられたっけ。


 俺が最弱装備の『木の盾』しか持っていないのに比べて、リリアは『星屑の杖』という煌びやかな宝石の散りばめられた金色の杖を使っている。防具だって、言うまでもなく天と地の差だ。

 パーティメンバーが弱い装備だとリリアもカッコつかないんじゃないかと言ってみたことがある。

 確かそのときは、

『何で初期スキルしか持ってないゴミ冒険者の装備を整えなくちゃならないわけ!?』

 と叱られて、やっぱり紅茶を頭からかけられた。あ、その前にお尻を蹴られたっけな。


 そんなことを思いながら歩いていると、急に視界が開けた。これまでは変わり映えのしない通路と小部屋ばかりだったが、今目の前にあるのはドーム型の大部屋である。


「ボス部屋ね。今は空っぽのはず――」

「リリア、静かに」


 彼女の言う通り、ここはおそらくボス部屋で、今は空っぽのはずだった。

 本来なら。


「な、何よ、あれ……『氷の迷宮』のボスはキングイエティのはずでしょ」


 ダンジョンに発生するボスは基本的に決まっている。

 つまり今は、異常事態が起きているのだろう。


 真っ黒な毛を生やした、三つ首の巨大な犬。ギルドの魔物図鑑で見たことがある。

 確か、ケルベロスという名前だ。


「何でSランクの魔物がここに……」

「リリア、逃げよう。俺たちが勝てる相手じゃない」


 幸い、ケルベロスは俺たちには気付いていない様子だった。部屋が広いおかげか『魅了(チャーム)』の効果範囲外らしい。


 今すぐギルドに帰還して状況報告する。それが俺たちにできる最善策だ。

 ただし、そう思ったのは俺だけだったらしい。


「……戦うわよ」

「!? 何を言ってるんだ、リリア。殺されるだけだぞ……!」

「……アタシは天才賢者なのよ。今はAランクの冒険者だけど、いずれ、いえ、すぐにSランクに昇りつめる実力があるのよ。こんなところで二の足を踏んでられないじゃない!」


 駄目だ、と思ったときにはもう遅かった。


「サンダー・アロー!」


 雷の矢がケルベロスの額に命中し、弾けた。

 合計六つの瞳が、真っ直ぐ俺たちへと向く。


「グルルルルルル……」


 リリアの魔法が効いた様子はない。ただ刺激しただけだ。


「リリア! 逃げよう! 今なら――」


 振り返ろうとした瞬間、背中に衝撃が走り、俺は通路から大部屋へと倒れ込むようにして侵入していた。彼女に蹴られたんだろう、きっと。


「なんでアタシがアンタの指図なんか受けなきゃいけないのよ!! 戦うのよ! ほら、アンタはアタシの盾でしょ!? 自分の役割を忘れたわけ!?」

「くっ……『防御の構え』!」


 ケルベロスはすでに『魅了(チャーム)』の範囲内に入ったのか、俺を見下ろして涎を垂らしている。

 もう逃げるには遅すぎた。


 ケルベロスの口から火炎が放たれ、俺の視界は真っ赤に塗り潰された。


 ダメージはない……けれど、熱い。フレイムリザードとは比べ物にならない熱量だ。

 ああ、くそ。頭がぼうっとする。

 でも気絶なんかしたら終わりだ。俺だけじゃなく、リリアだって無事じゃ済まない。


「サンダー・レイン! スパーク・ウェイブ!! サンダー・ストーム!!!」


 真っ赤に染まった視界に、チカチカと閃光が走る。さすがのリリアも、ケルベロス相手に俺が長く立っていられるとは思っていないのだろう。敵の疲労を待つことなく攻撃を連発しているようだった。


 やがて炎が収まった。

 クリアになった視界の中心には――無傷のケルベロスがいる。


「アタシの魔法が通用しない? なんで? 嘘……」

「リリア! 俺はなんとか耐えるから、奴が疲れるのを待ってもう一度攻撃してくれ! 隙を突けばダメージだって通る!」


 またしても炎に包まれて、なにも見えなくなった。


「ルーク……アンタはアタシの盾よね?」

「そうだ!」

「なら、アンタが囮になって死ぬべきよね」


 え。


 何を言ってるんだ。


「さよならルーク。アタシがダンジョンを出るまで、せいぜいそいつを引き付けなさい。アタシのために死ねるんだから本望でしょ?」

「……リリア?」


 ごうごうと、耳元で火炎の唸りが聴こえる。


「リリア!」


 叫んでも返事はない。


 それから、ケルベロスは長いこと炎を吐いていた。俺は『防御の構え』を崩すことなく彼女の名前を叫び続けたのだが、ただの一度も返事が戻ることはなかった。


 やがて炎が収まったとき、彼女の姿はどこにもなかった。

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