18.「ドラゴンといっしょ!」
「くそっ! 追いつかれる……!」
「ルークさん! 足をゆるめたら捕まっちゃいますよ!!」
全力で走る俺。
背後に迫る重たい足音。
この光景を一般人が見たら、悲鳴を上げるかもしれない。
冒険者が巨大な竜に追われていて、今にも追いつかれそうなのだから。
「あっ……!」
足がもつれて、紫水晶の床に倒れ込んでしまった。
立ち上がろうと思ったときには、すでにブレイド・ドラゴンの前脚に捕まって――。
「ルークさんの負けです~!」
パぺが楽しそうに言う。
そう。俺たちは駆けっこしていただけだ。この空間でブレイド・ドラゴンにできる遊びのひとつとして。
はたから見ればとんでもない光景だろうけど、ブレイド・ドラゴンが満足そうで俺としてはひと安心だ。
ブレイド・ドラゴンが倒れた俺に額を擦りつけ、何度も舐める。剣状の鱗が触れてガリガリガリとけたたましい金属音が鳴るのはちょっと困るけど、まあ、こっちが我慢すればいいだけだ。
「きゅるるるる」
ブレイド・ドラゴンの嬉しそうな鳴き声を聴いていると、なんだか気持ちが柔らかくなっていく。
俺のそばまできたパぺが、「よしよーし」と言ってブレイド・ドラゴンの頭を撫でた。
スキル『防御付与』のおかげで、パぺにもダメージはない。
これまで独りぼっちで寂しく過ごしてきたところに、一気に二人も遊び相手がやってきたんだ。ブレイド・ドラゴンにとっては夢のような時間だろう。
それにしても、本当にこの子は温厚だな。
ちっとも吼えたりしないし。
不意に、マルスが空中を滑るように俺の視界に入った。
『あの子、生まれつき大きな声で鳴けないみたい』
じゃあ、吼えないんじゃなくて吼えることができないのか。
『うん。だから、ここが人間に見つからなかったんだと思う』
倒れたまま見上げる縦穴は、『暗視』スキルの届かないずっと先まで続いている。
もし縦穴の先が地表近くまで続いて、通りすがりの冒険者や旅人が竜の咆哮を聞きつけたなら、とっくにギルドまで報告されているはずだ。
ここがダンジョン認定されていれば、きっとブレイド・ドラゴンは無事じゃなかっただろう。
Sランク魔物がいるとなれば、Sランク冒険者か、Aランクのなかでも貢献度の高い冒険者向けにクエストが出される。
いつまでもクエスト受注者が出なければ、ギルド側で冒険者に打診をして討伐隊を組むことだってある。要は、危険度の高い魔物がずっと放置されることはないということだ。
『そう考えれば大きな声が出せないのは、この子にとっては幸運だったのかもね』
そうかもしれない。
あ、そうだ。
『どうしたの、ルーク』
この子に名前はあるのかな?
空中に浮かぶマルスが、ブレイド・ドラゴンに視線を向ける。
今まさに心を読んでいるんだろう。
ややあって、マルスが俺に向き直った。
『ないみたいだよ。だから、ルークがつけてあげるって伝えた』
「きゅるるる」
パぺに撫でられているブレイド・ドラゴンが、じっと俺を見て鳴いた。
なんかすごく期待されてる気がする……。
「よし、決めた。この子の名前は『キュール』だ!」
パぺが俺とブレイド・ドラゴンを交互に見た。その瞳はキラキラと輝いている。
「いいじゃないですか、キュールちゃん! ずっと黙ってたのは、さては名前を考えてたからですね?」
「あー、うん、そういうこと」
そういえば、パぺにはマルスの声が届かないんだった。
そろそろパぺとも話してあげてもいいんじゃないか?
『友達は増やさない主義だから』
そういえばそんな主義だったね……。
俺が困り笑いを浮かべていると、すぐそばで嬉しそうな鳴き声がした。
「きゅるる、きゅーる、きゅるるる」
『ルークのつけた名前、気に入ったみたいだよ。よかったね』
気に入ってくれたならなによりだ。
「きゅるるる……すんすん……きゅるるるる」
なんだか、キュールがしきりに俺の『素材回収鞄』に顔を寄せて、鼻を鳴らしている。
どうしたんだろう。
『いい匂いがするって』
いい匂い?
ああ、『匂いリンドウ』のことか。
『大好きな匂いなんだって』
よし。それなら――。
「ほら、キュール。プレゼントだ」
「きゅるるるる!」
俺が取り出した『匂いリンドウ』を、キュールはぱくりと食べた。
もしゃもしゃと咀嚼してから、目を輝かせて俺を見る。
食べ物のつもりであげたんじゃないんだけどな……まあいいか。
クエストのために回収した花を全部渡すと、キュールは幸せそうに鳴いて、綺麗に全部食べた。
まあ、地上に戻ったときにまた回収すればいいか。
『キュールがありがとうって言ってるよ。あと、ルークのために何かしたいって』
キュールは尻尾をぶんぶん振って、俺を見つめている。
俺のために何かしたい、か。
正直すごく助かる。
「キュール。お前に頼みたいことがあるんだ」
そう言ってから、縦穴の先を見つめた。
「俺たちを乗せて、この穴の先まで飛んでくれないか?」
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