17.「甘えん坊」
ブレイド・ドラゴン。
大昔に絶滅したと言われるSランク魔物だ。
それが今、俺たちの目の前にいる。
「ま、ま、ま、まさか『ブレイド・ドラゴン』……!?」
「パペ、下がれ!!」
ブレイド・ドラゴンは唸り声ひとつ上げず、じっと俺を見据えている。ひとつひとつが剣に似た、滑らかな銀色の鱗に覆われた姿は荘厳な威圧感があった。
足元の水晶に閉じ込められた骨もブレイド・ドラゴンだとするなら、目の前のこいつは随分と小さい。ただ、それはあくまでも両者を比較した場合の話だ。
顔だけでも俺の身長の半分くらいの大きさがある。
ちらりと横目で確認すると、パペはじりじりと後退していた。
よし。
俺は盾を構え、大きく息を吸った。
伝説的な魔物を相手に俺の防御が通用するかどうかなんて分からない。出たとこ勝負だ。
『シールドバッシュ』で倒せるかどうかも怪しいな。ケルベロスとブレイド・ドラゴンの格の違いなんて、魔物辞典には載っていなかったはずだ。
それでも、全力で切り抜ける必要がある。この洞窟を脱出するために。
「……スキル『デリシャス』!」
スキルを発動した直後、ブレイド・ドラゴンが目を見開いた。
ぶるりと身体を震わし、剣に似た鱗がさざ波立つ。
マルスが俺のポケットのなかで、つんつんと胸をつついた。
『そんなに誘惑したら、あの子、我慢できなくなっちゃうよ』
いいんだ。これでパペは標的にならない。
『パペって子のこと、好きなの?』
そういうことじゃない。
仲間だから守りたいんだ。
マルスに分かるように心のなかで答えた直後、ブレイド・ドラゴンに動きがあった。
首を下げ、のしのしと歩いてくる。
やがて目の前に竜の額が迫り――。
ガリガリガリガリ!
「うっ」
耳を覆いたくなるような猛烈な金属音が鳴り響いた。
ブレイド・ドラゴンが額で俺の身体を擦り上げていて、一本一本の剣状の鱗で引っ掻かれている状況だ。
『オートガード』のおかげでダメージはないけれど、感覚的に分かる。
もし防御がなければ、今頃全身が引き裂かれてるだろう。
それくらい竜の鱗は鋭利だ。
「ルークさん!!」
「だ、大丈夫! だからパペは離れててくれ!」
ブレイド・ドラゴンの動きは収まる気配がない。それどころか、段々と激しくなっていく。
ガリガリガリガリガリガリガリガリ!
ぐいぐい額を押し付けてくるものだから、踏ん張っても後退させられてしまう。
気が付くと俺は壁際に追いやられていた。
それでもおかまいなしにブレイド・ドラゴンは顔を押し付けてくる。
『シールドバッシュ』をするにも、振りかぶれる余地がない。後ろは壁で、前には竜の額がある。左右には太い紫水晶が突き出ていて、逃げ出すことすらできそうにない。
さて、どうしたものか……。
『この子、ルークのことをとっても気に入ったみたいだよ』
マルス。それはどういう意味だ?
『そのままの意味だよ』
もしかして……。
額を擦りつけるブレイド・ドラゴンを、しばらく観察してみた。
目をつむり、ひたすら額を擦っている――ように見えるが、ときおり頬を寄せたり、舌で舐めたりもしていた。
もしかして、敵意がない?
『正解だよ、ルーク。この子、寂しかっただけみたい』
そういえば、洞窟で出くわした魔物……特にクリスタルリザードの身体に傷がついてたのって、ブレイド・ドラゴンにやられたのか?
『そうみたいだね』
マルスは平然と答える。きっとブレイド・ドラゴンの心を読んだんだろう。
『今までずっと甘える相手がいなかったんだって。ほかの魔物に甘えようとしても傷だらけにしちゃって、逃げられちゃうみたい』
なるほど。
確かに、全身の剣は無意識に相手を傷付けてしまう代物だ。
魔物の気持ちなんて今まで考えたこともなかった。人間を見るや否や、即座に襲ってくるのが魔物という存在だから。
『そういう意味だと、この子は例外かもしれないね。だって、甘えん坊なだけだもの。誰かを傷付けようだなんて思ってないみたいだよ』
ブレイド・ドラゴンがどれだけ長い時間、この洞窟で独りぼっちの時間を味わったのかは分からない。
でも、辛く寂しい日々だったろうな。
最初、ブレイド・ドラゴンは俺を見つめたままじっとしていた。『デリシャス』を使うまでは手出しをしてこなかったじゃないか。
それって――。
『傷付けたくなかったから頑張って我慢してたんだよ、この子』
そうか。
なあ、マルス。
『何?』
君は心を読むだけじゃなくて、今の俺にやってるように声を届けることもできるんだよな?
『うん』
魔物にも同じことができる?
『ふふふ。もちろん』
なら、伝えてほしいことがあるんだ。
『いいよ。伝言してあげる』
思いっきり甘えて大丈夫だって、伝えてくれ。
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