16.「剣山竜」
洞窟は、進むにつれて紫水晶が多くなっていった。
道幅も狭くなり、足場も水晶のせいでゴツゴツとした起伏ができている。
魔物との遭遇頻度は相変わらずだが、地形のせいで戦いづらいということはなかった。
『魔物引き寄せ』の上位スキル『デリシャス』のおかげか、なんというか、魔物がより本能的に接近してくるような感じがあった。真っ直ぐ俺を目指して突進してきて、がぶり、だ。
『オートガード』がなかったら悲惨なことになっていたのは間違いない。
なんにせよ、距離を取って警戒する動きがなくなったので、まとめて爆散させるには都合が良かった。
ただ、いつまでこの戦法で進んでいけるかは不透明だ。
そんな俺の心配をよそに、狭い水晶の隙間からワラワラと四匹のクリスタルリザードが現れた。
敵は「クエッ、クエッ!」と鳴き声を上げ、あっという間に俺に齧りつく。まるでご馳走を前にしてるみたいに。
「ルークさん、いきますよ。――『タマゴ爆弾』!」
パペの投げた爆弾を片手でキャッチしてピンを外す。
爆音。閃光。一掃。いつもの流れだ。
ただ、これまで通りじゃないところもある。
俺は、荒い呼吸を繰り返すパペに駆け寄った。
「パペ、大丈夫か?」
「へ、平気です。普段こんなに爆弾を作らないから、ちょっと疲れただけなので……」
魔法であれスキルであれ、使えば使うほど消耗する。パペの『タマゴ爆弾』も例外じゃない。
「少し休もう」
「だ、大丈夫です。まだまだ元気ですから。それに、いつまた魔物が出るか分かりませんから、ここで休憩するわけにもいきません。限界になったら、ちゃんと言いますし!」
限界まで振り絞ってもらうつもりなんて、もちろんない。
パペの笑顔には、端々に疲れが見えている。そんな彼女に『頑張って』だなんて言えないし、言うつもりもない。
よし、一旦『タマゴ爆弾』作戦は中止だ。
「やり方を変えよう。――『デリシャス』解除。そして、『防御付与』発動!」
「へ? ボクを硬くするんですか?」
俺の『防御付与』が、ダンジョンを崩落させるほど強力な『自爆』さえ完璧に防げることは証明されている。つまり、そこらへんの魔物の攻撃であれば問題なくしのげるはずだ。
「ここからは魔物を無視して進もう。敵に見つかっても相手せずに、先に進むんだ」
◇◇◇
魔物無視作戦は、今のところ上手くいっている。
ただ、何も知らない冒険者がこの光景を見たら俺たちのことを魔物使いだと思うんじゃないか。
「あわわ、あわわわわ……」
パペは俺の前を早足で歩いている。何度もこちらを振り返り、不安そうな声を出すのも無理はない。
なにせ、狭い洞窟を後ろからクリスタルリザードが四匹も追ってきているんだから。そのうちの一匹は、俺にしがみついて頭を齧っている。『デリシャス』使ってないんだけどな……。
「こっちは気にしないでいいから、慎重に進んでくれ。転ばないように」
彼女は小さく頷いたけれど、早足には変わりない。
いくら丈夫とはいえ、真後ろで魔物に噛みつかれている奴がいるなんて落ち着かないだろう。
しばらく歩いていると、前を行くパペが「あ!」と声を上げた。
「どうした?」
「広い場所に出られそうです!」
いい加減狭い道にはうんざりしてたから助かる。
あ、でも、クリスタルリザードはどうしようか。今は狭いから一匹だけ俺に噛みついている状態だけど、広い場所に出たら一斉に飛びかかってきたりするんじゃないか……?
そう思って振り返ると、俺の頭を齧ってる奴以外は消えていた。
回れ右してどこかへ行ってしまったんだろう。
でも、なんでだ?
さっきまでしつこくついてきていたのに……。
疑問を感じながらもパペの後に続くと、視界が開けた。
「わぁ! すごいですね、ここ」
「ああ……一面紫水晶だらけだ」
ギリギリ『暗視』が届くくらいの広大な空間全体が、紫水晶に覆われている。
壁には大小様々な紫水晶が突き出ている。壁自体は垂直に伸びていて、目を凝らしても天井は見えない。巨大な縦穴みたいな感じだ。
床は、それ自体が巨大な紫水晶の一部らしい。起伏はなく水平だった。ただ、びっしりと細かい傷がついている。
幻想的な風景に見とれていると、微かに唸り声のようなものが聴こえた。
「風の音かな」
「ですね……! 間違いないです! ということは、この穴はどこかで地上と繋がってるんじゃないでしょうか!?」
振り返ったパペは、水晶に負けず劣らず目を輝かせていた。俺の頭に依然として齧りついているクリスタルリザードは、もう気にならないらしい。
脱出の希望が生まれたのは、俺としても嬉しい。
でも喜びきれないのは、風の音が遥か頭上から聴こえてくるからだ。
……水晶を足場にして、この絶壁を登るか? 俺はスキル『落下無効』があるから万が一失敗しても大丈夫だろうけど、パペはそうじゃない。
どうしようかと考えていると、もぞもぞと胸ポケットの内側に小さな感触を覚えた。
『ふぁぁ……よく寝た』
マルス特有の、耳元で囁くような声が聴こえた。
おはよう、マルス。
『おはようルーク。それ、新しい帽子?』
胸ポケットから顔を出したマルスが、俺を見上げてニコニコしている。
違うよマルス。これは帽子じゃなくて魔物だ。君は冗談が上手いな。
『ふふふ。ありがとう。その子、ルークのことを食べたいみたい。でも歯が通らないから、なんでなんだろうなぁ、って思ってるみたいだよ』
マルス、もしかして人間だけじゃなくて魔物の心も読めるのか?
『読もうと思えば読めるよ。でもみんな優しくないから、滅多に読まない』
へぇ……すごいなマルス。
マルスとの会話は、パペの声に遮られた。
「ルークさんルークさん! 見てください、これ」
彼女はいつの間にか壁際まで移動していて、しゃがみ込んで床を見つめている。
なんだろう。
「これ、なんだと思います?」
パペのそばまで行って、床を覗き込む。どうやら彼女の見ているのは、傷がなく、奥まで見通せるくらい透明度の高い箇所だった。
どれどれ。ええと……。
「なんだこれ。何かの……骨?」
「そう見えますよね。でっかい生き物の、手の骨みたいです」
水晶の内部には巨大な白っぽい物体があって、パペの言う通り、手の甲あたりの骨にも見えなくはない。
もし生き物だとするなら、とんでもない大きさだ。非現実的なほどに。
そういえば、大きな生き物の話を最近聴いたような。
「あ」
思い出した。
受付のお姉さんが言っていた『竜の背骨』の由来。巨大なブレイド・ドラゴンの亡骸が、尾根の一部になっているとかなんとか。
お姉さんは作り話だと笑っていたけれど、もしかして実話なんじゃないか。
それをパペにも伝えると、彼女は目をキラキラさせて「大発見ですよ!!」と跳びあがった。
「ブレイド・ドラゴンって、もう絶滅しちゃった魔物ですよね!? そんな魔物の骨を発見するなんて、歴史に名前が残っちゃいますよ!? それって、すごーく素敵なことだと思いません!?」
確かに、ちょっとした騒ぎになるくらいの発見だ。
「クエエエッ!」
びっくりした。急に鳴かないでくれよ、クリスタルリザード。
鳴き声と同時に、頭を齧られていた感触が消える。
振り返ると、クリスタルリザードが元来た道へと一目散に逃げていくのが見えた。
おそらく、異変はすでに起こっていたんだろう。俺たちが気付かなかったというだけで。
クリスタルリザードが逃げた直後、大きな翼の音がした。そしてほどなく、翼の主はドシンと重たい音を立てて床に降り立った。
がっしりした脚部と、シャープな両腕。巨大な翼。
全身が、剣のように鋭く変形した特徴的な鱗に覆われている。
呆然とする俺の耳元で、マルスの声が響いた。
『あらら。ブレイド・ドラゴンだね』
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