14.「硬いトカゲの倒し方」
「――このリュックはですねえ、本とか食べ物とか、『素材回収鞄』に入れることのできない荷物が沢山入ってるのですよ」
「重くない? 持とうか?」
「平気です! ルークさんは優しいですね。お気遣い嬉しいです! このリュックはですね、パパの形見なんですよ。昔冒険者をしてまして」
「じゃあ、親子二代で冒険者なんだ」
「えへへ。そうなんですよ~」
『ゴブリンの巣穴』の底の底。うねうねと続く洞窟を俺たちは進んでいる。
かれこれ一時間以上も経っていたけれど、脱出できる気配はちっともない。それでも不安を感じなかったのは、パペのおかげだろう。
彼女は俺と違ってよく喋る。それも楽しそうな口調で話すものだから、こっちも自然と気持ちが前向きになっていくのだ。
「――『素材回収鞄』は魔物の素材と、特別なコーティングをされたアイテムしか入れられないのです」
しかも物知りなので、会話が途切れても持ち前の知識を披露してくれる。
冒険者が当たり前に把握している知識さえ俺には不足しているから、ありがたいことこの上ない。
火の妖精マルスは、俺の胸ポケットで眠っている。たまにもぞもぞ動くけど、まだ脱出してないことを確認すると昼寝を再開してしまう。
マルスもパペと話せたらいいのに、と頭のなかでそれとなく呟いてみたけれど、マルスの返事は淡泊だった。
『友達は増やさない主義』とだけ言って寝てしまったのだ。
残念。
「――『素材回収鞄』にも収納の限界はありますけど、王都中の素材を格納できる程度と言われてますから、事実上無限ですね。この鞄を最初に作った職人さんは偉大ですっ! 美味しいものを奢ってあげたいです!」
「事実上無限、かあ。物知りだね、パペは」
「褒めてもビスケットくらいしか出ないですよっ?」
パペはリュックから銀色の円柱型のケースを取り出した。
それから蓋を開けて、中から長方形の小さなお菓子をつまむ。
「はい、一枚どうぞっ!」
「ありがとう。でも、いいのか? 大事な食料じゃ……」
「保存食は定期的に食べるべきなのです。減ったら買い直すだけですし」
ぼりぼりと硬い音が二人分反響する。
やがて洞窟は狭い通路から、滑らかな質感の石柱が林立する空間に変わった。
どこからか、微かに水滴の音がしている。それに混じって生物的な息遣いも反響していた。
「パペ。魔物がいる。俺から少し距離を取ってくれ」
「ふえ? 魔物がいるなら距離を取らないほうがいいんじゃないんですか?」
「俺が引き付けて倒す。――スキル『魔物引き寄せ』」
吐息と足音がどんどん近付いてくる。『暗視』スキルで視認できるぎりぎりのところに、蠢く影があった。
「あれは……クリスタルリザードじゃないですか!? Aランクの魔物がどうして!?」
「パペ。下がって」
「は、はい……!」
半透明の鉱物をびっしりと背負ったトカゲが、四つん這いでこちらに向かってくる。見る限り三匹だ。
クリスタルリザードか。
硬度にかけてはかなりのもので、ほとんどの物理攻撃を通さない――と魔物辞典に書いてあったのを覚えている。
クリスタルリザードはあっという間に俺の目の前まで来て、勢いそのままに跳びかかってきた。
「ルークさん危な――え?」
キィン、と甲高い音がして、クリスタルリザードの身体が弾かれた。次々と跳びかかって来るけれど、どれもダメージはない。
跳びかかっても無意味だと分かったのだろう、クリスタルリザードのうちの一匹が俺の腕に噛みついた。が、なんの痛みもないし、もちろん傷もない。
……あれ?
なんだろう、このクリスタルリザードたち。背負った鉱物が傷だらけだ。引っ掻かれたような痕がいくつもある。
自然に生きてて、こんな傷を負うものなのか……?
まあ、一旦それはいいとして――どうしようか。
『シールドバッシュ』で撃退してもいいけれど、少し不安だ。
ケルベロスのときは倒れるほど疲労してしまったし、さっきゴブリンキングを倒したときも眩暈でふらついてしまった。マルスは『魔力不足』と言っていたけれど、実態はさておき『シールドバッシュ』を使うことで俺のなかで何かが失われるのは確かだ。
その結果、気絶してしまったら大変なことになる。
俺は『オートガード』の恩恵で無事かもしれないけど、パペは生身の女の子なんだ。
うーん……。
「ルークさん! あ、頭!」
「ん? ああ、これ?」
考えているうちに、いつの間にかクリスタルリザードが頭にかじりついていた。腕と足にも、一体ずつ別の個体が牙を立てている。
「平気だよ。俺は丈夫だから」
「丈夫とかいう域じゃないですけどっ!? その子たちを飼うつもりですか!?」
「いや、さすがにそれはないよ。――あ! そういえばパペって『火薬術師』だったよな?」
「そうですけど……」
「この洞窟を壊さないくらいの爆発とか起こせるか?」
「え、ええ……地形に影響を与えない爆弾ならスキルで作れますけど」
よし。
クリスタルリザードに爆弾がどれほど通用するかは未知数だが、試してみる価値はある。
「パペ。こいつらを吹き飛ばせるくらいの爆弾を作ってくれないか?」
「わ、分かりました。――スキル『タマゴ爆弾』!」
彼女の両手が赤く輝いたかと思うと、手のひらサイズのつるりとした楕円形の物体が現れた。頂点のところに輪っかが取り付けられている。
「『タマゴ爆弾』はピンを外して三秒で爆発しますから、取り扱いにはくれぐれも気を付けてください!」
そう言ってパペは、ハラハラした顔で爆弾を投げてよこす。
片手でキャッチすると、ずっしりした重さが手のひらに伝わった。
「ありがとう。それじゃ、離れてて」
「あ、はい。――って、なんですぐにピンを外しちゃうんですか!? 三秒で爆発するんですよ!?」
三秒だろうと一秒だろうと関係ない。
俺は片手で爆弾を持ち、もう片方の手で胸ポケットを覆った。万が一マルスが顔を出したら大変だから。
「ちょっと、待――」
パペの声が爆音に掻き消され、閃光で視界が白く染まった。
さっき彼女が『地形に影響をおよぼさない』と言った通り、石柱が崩れる音も、地面が砕ける感じもない。ただ、さっきまで俺の身体に引っ付いていたトカゲの感触はなくなっていた。
「る、るるるルークさん!? 大丈夫ですか!?」
濃い煙の先でパペの声がする。かなり焦ってるみたいだ。
「平気だよ。でも、だいぶ煙たいね」
煙はすぐに晴れて、地面にへたり込んだパペが見えた。
なんでまた泣きそうな顔をしてるんだろう。
おっと、そういえばクリスタルリザードは……。
「すごいな、パペ。全部撃破だ」
さっきまで元気に俺の身体を齧っていたトカゲたちは、随分遠くまで吹き飛んでいた。そして身動きひとつしない。
討伐完了だ。
「『すごいな』じゃないですよ! なんで無茶するんですかぁ!」
「無茶かな」
「無茶ですよ! 常識的に考えて!」
「あはは……俺、非常識だから。ほら、見ての通り無傷だし」
「ほんとにほんとに無傷なんですか!?」
パペがぐるぐると周りを歩いて、俺の身体を眺め回す。
なんか恥ずかしいな……。
そもそも俺が丈夫なのは、彼女の『自爆』を無傷で耐え抜いたことで証明されてると思ったけど。
「ほら、無傷だろ?」
精一杯の社交性を振り絞って笑顔を作る。
すると彼女は、「……ほんとに、平気なんだ」と呟いて座り込んでしまった。
「ルークさんって、ほんとにとんでもない冒険者ですね。自分ごと爆破するなんて……ありえないです」
「ごめん、非常識で」
パペは「ふふ」と小さく笑って、こう言った。
「褒めてるんですよ」
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