13.「火薬術師パペ」
「――」
うっすらと声が聴こえる。なんだかすごく不安そうな声だ。
「――」
必死で叫んでるな。何度も。
『頑張ったね。お疲れ様』
別の声がする。これは、あんまり不安そうじゃないし、泣いてもいない。
誰だろう。
『マルスだよ。火の妖精マルス』
マルス?
ああ、そっか。俺の助けた妖精……。
『分かったら、目を開けて。この子ずっと泣いてるから』
ゆっくりと瞼を開けると、涙で潤んだ顔がすぐそばにあった。
「……泣かないで。もう大丈夫」
目の前の子が誰なのか分からないまま、気がつくと口にしていた。泣き顔を見た瞬間、そう言わなきゃと思って。
すると彼女は、ワッと勢いよく泣き出してしまった。俺の胸に顔を伏せて、堰を切ったように。
どうしてこんな状況になってるんだろう。
『忘れちゃったの?』
耳元で軽やかな声がする。マルスだ。
忘れたって、なんだろう。
ああ、そうだ。俺はクエストの帰りにダンジョンに入って、そこはゴブリンの住処で、女の子が襲われそうになってて――。
自爆。
落盤。
普通なら絶対に助からない状況なのに、俺は生きていて、女の子もまた、生きている。
なんだか途轍もなくホッとして、長い長い息が口から漏れだした。
◇◇◇
あれから十五分くらい泣き続けてから、ようやく彼女の涙は止まった。
「うう……ほんとにほんとにありがとうございますっ! お兄さんは命の恩人ですっ!」
ぺこり、と頭を下げると彼女のアホ毛が揺れた。
命の恩人か。改めてそんなふうに言われると、どう反応していいか分からない。
「あ、あはは……お互い生きてて良かったね」
他人事みたいに言ってしまった。でも実感が湧いてくれないんだよな。
「怪我はないですかっ!? 身体の調子はどうです!? 頭が、ぼーっとしたりとかないですか!?」
「俺は平気だよ。丈夫だから」
すると、不意に手を握られた。上目遣いに覗き込む彼女の瞳は妙に真剣で――。
「でも、自分の命は大事にしなきゃです」
「え、あ、うん。けど君、『自爆』スキルを――」
「『自爆』でもしなきゃ、ゴブリンキングは倒せないと思ったからです」
そうキッパリ言われると困る。
にしても『自分の命は大事に』か。
正直、死ぬとか死なないとか、助かるとか助からないとか、割と考えてなかったな。
目の前で誰かが、たった一人で震えていることの方が問題だと思っただけだ。
「とにかく、せっかく生き残ったんだ。脱出しよう」
……と言ってみたはいいけど、今ダンジョンのどのあたりなんだろう。
見上げると、俺たちの落ちてきたであろう穴が延々と続いていて、『暗視』スキルでも果てが見えない。長く見つめていると眩暈がしてくる。
「登れそうにないですね。地図も更新されませんし……」
彼女が手にした紙を覗き込むと、円形の広場が中央に描かれ、端っこに階段の絵が記されていた。
地図の左上には、Cランクダンジョン【ゴブリンの巣穴――最下層】と丸っこい文字で書かれている。
「これが現在地?」
「ううん、違います。普通は『魔法の地図』にボクたちの居場所を示すマークが浮かぶんですけど、ほら、どこにもないですよね?」
あ、そうなんだ。『魔法の地図』をちゃんと見たことなんて、そういえば一度もなかったな。いつだって――いや、もう昔の冒険のことを思い出すのはやめにしよう。
「あ! こっちに道が続いてますよっ! 行ってみましょう!」
顔を上げると、彼女の指が示す先にぽっかりと横穴が空いていた。
◇◇◇
俺が助けた女の子は『パペ』という名前らしい。
「珍しい名前だね」
「よく言われます。鳴き声みたいだ、って。パペッ!」
「あはは。確かにそうかも」
ぎりぎり二人で並んで歩ける程度の幅の道が、ずっと続いている。傾斜は上ったり下りたりが激しく、はたして出口に向かっているのかどうか怪しいものだ。
とはいえ進むしかない。
「ルークさんは、どうやってボクを助けたんですか?」
「そういえば、どうしてだろう……」
マルスは『絶対に助からない』と言っていたような。
――と思った瞬間、耳元でツッコまれた。
『絶対とは言ってない』
あ、うん、ごめん……。
と心のなかで謝りつつ、どうして彼女を助けることができたのか考えてみる。
俺の防御が爆発を無効化させたとか?
いやいや、爆発したから岩盤が崩れたんだ。
なら……なんだ?
ふと気になって、腕時計に軽く触れる。すると、スキルボードに見覚えのないものが追加されていた。
~~~~~~~~~~~
【職業】盾使い
【冒険者ランク】C
【貢献度】0
【習得スキル】
オートガード
魔法防御
魔物引き寄せ
雷耐性
麻痺耐性
熱耐性
冷気耐性
シールドバッシュ
暗視
落下無効 New
防御付与 New
~~~~~~~~~~~
『New』とか出るんだ、これ。まあいいや。
多分この『落下無効』と『防御付与』ってのが新しく習得したスキルなのだろう。
『落下無効』は、とんでもない高さから落ちて生き残ったから手に入ったんだと思う。
「『防御付与』ってなんだろう」
ふと呟くと、パペが顔を寄せて覗き込んで「うぇ!?」と変な声を上げた。
「な、なに?」
「なにじゃないですよ! なんですかこのツッコミどころ満載の謎スキルボードはっ! ルークさんが『盾使い』なのはいいとして、貢献度ゼロのランクCでスキル山盛りってどういうことですか!? 前世は徳の高い盾使いだったとか!? それとも強くてニューゲームですかっ!?」
「お、落ち着いてくれ」
パペは、やたらキラキラした目で俺を見つめた。
「落ち着けるわけないですぅ! ちょっと待ってくださいねぇ……」
彼女は足を止めて、背負ったリュックを下ろした。そしてガサゴソやってから「あったあった」と分厚い本を取り出す。
「えーと、えーと」
「その本は何?」
「スキル辞典です」
「へー、辞典とかあるんだ」
「そりゃそうです。スキルボード自体がギルドの作ったものですからね、そこに浮かんでくるスキルは全部ギルド側で把握済み……となれば辞典くらいあって当たり前です。それ系の本は全部持ち歩いてますよ。魔法辞典もありますし、魔物辞典も。あと、最新アイテム目録もあります」
「おお……! 勉強熱心なんだな、パペは」
俺が把握してたのは魔物辞典くらいだ。ほかはこれまで触れる機会さえゼロだった。
「それにしても、スキル辞典って便利だな。会得した段階で効力が分かるってことだもんな」
「あって損はないですよ~。でもでも、効果は個人差があったりします」
「個人差?」
パペは本から顔を上げて、ぺこんと頷く。それからまた手元に視線を落とした。
「同じ魔法――たとえば火魔法の『ファイア』でも、人によってはマッチくらいの火だったり、はたまた暖炉くらいの大きさだったりします。温度もまちまちなんですよ」
「へー。スキルだけでは判断できないんだな」
「本人の資質とかが大きく影響しますからね。あくまでも、その人にとっての『ファイア』ってわけです。スキルボードのほうは、一度覚えたスキルや魔法を本人に自覚させる意味合いもあるらしいですよ?」
「自覚?」
「一回覚えても忘れちゃったりしますからね、普通。それを出力しやすいように身体に覚え込ませてるらしいですよ。普段から」
初耳だ。そう考えると、腕時計からじわじわと変な魔法が漏れだしているように感じてなんだか不思議な気持ちになる。
「あった! 『防御付与』! ボクを助けてくれたスキルはきっとこれですっ!」
パペは、嬉しそうに本を開いて見せる。太陽のように、一点の曇りもない笑顔だ。
……それにしても、ここに書かれている内容は事実なのか?
だとしたら、ちょっと信じがたい。
―――――――――――
【防御付与】
発動者の防御力のうち、一割程度を対象に付与する。
初級付与魔法。
―――――――――――
「防御の一割って……。それに、付与魔法? 俺は『盾使い』なんだけど、魔法も覚えられるのか?」
「んえ!? ……あ、ほんとですね。んー、『盾使い』は魔法職じゃないはずですけど……」
基本的に、魔法を習得できるのは『賢者』や『魔法使い』といった魔法職だけだ。それ以外の職業はスキルしか習得できない。
俺でも知ってる常識だ。
パペはしばらく難しい表情で本とにらめっこしていたが、やがてニコニコと微笑んだ。
「きっと、ルークさんがすごい才能を持ってるからだと思いますよっ!」
あ、これ、分かってないやつだ。
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