12.「落下」
自爆。
『火薬術師』特有のスキルのことは知らないけど、その物騒な二文字の意味するところは簡単に想像できた。
「自爆って……」
「ううう。だからボクは助からないんです。分かったら早く逃げてくださいよぉ」
彼女の目から、つう、っと透明な雫が流れるのが見えた。
多分、ずっと泣くのを我慢してたんだろう。怖くて怖くて仕方なくて、それでも俺を巻き込まないように懸命にこらえていたんじゃないかと思う。
「うう、『自爆』スキルを使ったのは、絶対に魔物を倒さなきゃと思ったからでっ、えぐっ、でもお兄さんが倒してくれてっ、それはきっと、ひぐっ、ボクを助けるためだったから……だからっ、ううう……優しい、お兄さんを、巻き込みたくないんです!」
やっぱりこの子は、とんでもなく立派だ。
魔物を倒すために自分を犠牲にする勇気もあれば、自分の不幸に誰かを巻き込まない決意もある。
マルス。聞こえるかマルス。
『どうしたの? 助けてほしいの?』
そうじゃない。
お別れだ。
巻き込まれる前に君だけでも逃げろ。
『ルークはどうするの?』
俺は残る。
『じゃあ、わたしも残る』
せっかく自由の身になったばかりじゃないか。
こんなところで終わりにしたくないだろ?
『それ、ルークも同じじゃないの?』
確かにそうだけど……でも、俺のわがままに付き合う義理はないじゃないか。
『義理ならあるよ。自由にしてくれたんだもの。それに、きっとルークは死なないよ』
……この子の自爆も防御できるっていうことか?
『そう。でも、その子は助からない。皮膚の外側が爆発の魔力で覆われてる。どうすることもできない』
どうすることもできない……?
それは違う。できることはある。
失われていく命に対しては無力であっても、何もできないなんてことにはならないんだ。
深呼吸と一緒に、ゆっくりとまばたきをした。目の前には、俯き気味に泣く女の子がいる。
彼女に手を伸ばした。
「っ! な、な、なにするんですか! 早く逃げて!」
俺はやんわりと、彼女を抱きしめていた。
見ず知らずの男に抱きしめられるのは普通に考えればあまり気分のいいものではないだろうけど、これで少しでも彼女が『自爆』のことを考えずに済むのならそれでいい。
こうすることで少しでも寂しくなくなるのなら、それはきっと素晴らしいことだ。
「俺は死なないから、最後までそばにいるよ。……あ、ごめん。本気で嫌だった?」
「い、い、嫌なわけ、ないじゃないですかぁ……。ほんとはすごく……すごく……心細くて……。うわぁーん! お兄さんの馬鹿! もう、もう、逃げる時間もないじゃないですかぁ!!」
「逃げないから、気にしなくていいよ」
彼女の腕が、俺の背中に腕が回る。ガクガクと震えていたけれど、一秒、二秒と経過するうちに収まっていった。
「ごめんなさい」
嗚咽の最後に聞こえた、小さな呟き。それは、閃光と爆破音に塗り潰された。
瞼を閉じても視界は白く染まっていて、耳は途轍もなく巨大な音を捉えてすぐ、なにも聴こえなくなってしまった。
それでも俺は、ただただ必死で彼女を抱きしめていた。ほとんど感覚がなくなるくらいに。
少しの間を置いて、自分が落ちているということに気付いた。爆発で床が抜けたんだろう。
網膜に貼り付いた白い光が段々と弱くなっていき、やがて瞼の裏が正常な薄暗さを取り戻した。
永遠に思える落下の感覚のなか、俺はゆっくりと目を開けた。
そして腕をゆるめる。
出会ったときよりも、さらに唖然とした表情の女の子と目が合った。
耳元で、落下の風の音が唸っている。
俺は今、すごく自然に笑えてるだろう。自分でも分かる。
なぜなら、こんなにホッとしたのは初めてだから。
「良かった」
最期の言葉が『ごめんなさい』にならなくて、良かった。
そう言葉にしようと思ったのだけれど、なんだかとても疲れてしまって、断片的にしか言えなかった。
「う、う、う」
女の子の唇もまた、断片的な音を発していた。
みるみるうちに表情が崩れていき、両の目が細くなったかと思うと、涙が風に散らされてキラキラと空中を舞った。
「うわあああぁぁぁぁぁぁん!」
風の音に掻き消されないほどの慟哭が、ちゃんと俺の耳にも届いた。
落下の感覚はまだ続いている。だから俺は、なんとか腕を伸ばして彼女を抱き寄せた。
こんなに疲れていても、ちゃんと俺の身体は落下の衝撃を防いでくれるだろうか。ちょっと自信がない。でも、彼女さえ生きていてくれればそれでいいように思う。
やがて、ドン、とまとまった衝撃が背中を襲い、視界が真っ暗に染まった。
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