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9:あと4年。「だいすき」(3)

 このところ、キャロルの体はすごく調子が良かった。熱も出ないし、体も軽くて絶好調。

 だから、油断していたのだと思う。はしゃぎすぎて体調を崩し、倒れてしまった。


「キャロル……本当にごめん。キャロルの体調のこと、もっと気遣うべきだったのに」


 エディが申し訳なさそうに、キャロルの額に乗せていた濡れタオルを水で冷やす。キャロルはふるふると首を振ると、潤んだ瞳でエディを見上げた。


「エディは悪くないよ。私がはしゃぎすぎちゃっただけなの」

「でも……俺の方が年上だし。キャロルが倒れないように、ちゃんと見てあげていないといけなかったんだ」


 きゅっと絞ったタオルを、エディがキャロルの額の上に戻す。熱っぽい額がひんやりとして、とても気持ちが良い。キャロルはエディに看病してもらえるのが嬉しくて、ふにゃりと笑顔になってしまう。


 体が弱いせいで、こんな風に倒れるのは情けなくて嫌だったのだけれど。エディにいっぱい心配してもらった上に、こんなに優しく付き添ってもらえるというのは、控えめに言って最高だった。倒れるのも悪くないという気さえしてくる。


「エディ、ありがとう。私、幸せ」

「そういうのは元気になってから言うものだろ。……ほら、少し寝た方が良いよ」


 頬をほんのりと赤らめて、エディがぽんぽんとキャロルの頭を撫でてくれる。キャロルは言われたとおりに目を閉じて、眠りについた。




 目が覚めたのは、外が真っ暗になった頃だった。まだ少し体はだるかったけれど、なんとか動けそうでほっとした。

 ベッドの上にはキャロルひとり。傍には誰もおらず、部屋の中はがらんとしていた。


 キャロルはぽんとベッドから下り、部屋の扉を開けて廊下に出る。すると、居間の方からバタバタと騒がしい音がしていることに気が付いた。


「……なにか、あったのかな?」


 キャロルは重い足をなんとか頑張って動かし、居間に辿り着く。居間には青ざめた顔をした伯母と、くるくると落ち着きなく走り回っているシェリルがいた。

 伯父はいない。パトリックもいない。

 そして、キャロルの大好きなエディもいなかった。


「伯母様? シェリル?」


 キャロルがおずおずと声を掛けると、二人がばっとキャロルの方を向いた。


「キャロルちゃん!」

「あのね、エディがいなくなっちゃったの!」


 シェリルがキャロルのまわりをぐるぐると回り始めた。キャロルはというと、ぼんやりとした頭のまま、こてりと首を傾げる。


「エディがいないの? なんで?」

「分かんない。でも、いないの! 今、伯父様とパトリック兄様が探しに行ってるの。キャロルが眠ってすぐどこかに行ったみたいなんだけど、ごはんの時間になっても全然帰ってこなくて、それで……」

「帰って、こない……?」


 ぽかんとしたキャロルに、伯母が泣きそうな顔で言う。


「エディがこんな風に突然姿を消すなんて、初めてなの。どうしましょう。悪い人たちにさらわれたりしているかも……」

「ええっ!」


 キャロルとシェリルは同時にぴょんと飛び上がった。

 双子竜にとって、エディはしっかりしたお兄さんのような存在だった。誰かにさらわれたりするようなイメージなんて全くなかったので、心底驚いてしまう。


 でも、考えてみればエディはまだ十三歳の少年だ。しかも、血は繋がっていないとはいえ、領主の息子として大切にされている。誘拐されてもおかしくはない立場だった。


「大変なのー!」

「あっ! キャロル! 待って!」


 動転したキャロルは外に飛び出した。追って、シェリルも飛び出してくる。そのまま小道に駆け出そうとするキャロルを、シェリルがもふっと止めた。


「キャロルはまだ具合が悪いんだから、行っちゃ駄目なの!」

「でも、でも!」

「悪い人にキャロルも誘拐されちゃうかもしれないでしょ!」


 シェリルの必死の制止に、キャロルはぴたりと動きを止める。大人しくなったキャロルに安心したシェリルが、その手を離した。ゆっくりとキャロルに向き合い、目を合わせてくる。


「伯父様とパトリック兄様が、きっと見つけてくれるから。キャロルはここで、待っていようね」

「……いや!」


 キャロルはぶんぶんと首を振ると、一目散に駆け出した。


(エディが悪い人たちに泣かされているかもしれないの! じっとしてなんていられないよ!)


 以前、村でキャロルが迷子になった時に、エディは探しに来てくれた。泣いていたキャロルを、ちゃんと見つけてくれた。だから、今度はキャロルがエディを見つけてあげないと。

 シェリルを振り切って、キャロルは走った。なんとなくエディの匂いがする気がして、その方向にまっすぐ向かう。


 しばらく進むと、小さな森の中に入った。キャロルは枯れ枝や落ち葉が絡みつくのも気にせず、ひたすらに前に進む。すると、池の近くに小さな小屋が建っているのが見えた。キャロルは迷いなく、その小屋の扉を開けた。


「……キャロル?」


 小屋の中には、キャロルの直感通り、エディがいた。目を丸くしてこちらを見ている。

 これにはキャロル自身もちょっとびっくりしてしまう。まさか本当にエディがいるなんて。竜の直感、意外とすごい。


「良かった、エディ! 無事だったんだね!」


 キャロルはエディに駆け寄ると、がしっと足にしがみついた。


「心配したんだから! エディがいなくなったって聞いて、すごく、すごく、びっくりしたんだから!」

「え、ごめん。……でも、なんでキャロルがここに」

「エディが誘拐されたかもって思って探してたの。……あれ? 悪い人はいないの?」


 こてりと首を傾げて、小屋の中をきょろきょろ見回す。森を管理する人が時々使用するだけだと思われるその小屋に、特に変わった様子はない。エディが苦笑しながら、キャロルの頭を撫でた。


「誘拐なんてされてないよ。ちょっと、頭を冷やしたかっただけ」


 エディは小屋の隅に置いてあった毛布を手に取る。そして、キャロルを毛布で包むと、ぎゅっと優しく抱き締めてくれた。

 大好きなエディに抱き締められて、キャロルは嬉しくてたまらなくなる。毛布の中で、ふわふわしっぽが大暴れした。


「……本当、可愛いなあ、キャロルは」


 こつんと額と額がくっついた。キャロルの顔はへにゃりと緩みっぱなしになる。二人はしばらくそうしていたけれど、エディが短いため息をついたのをきっかけに額を離した。


「あのさ、キャロル。話、聞いてほしいんだけど」

「なあに?」

「えっと。領主様、のことなんだけどさ」

「伯父様のこと?」


 エディは力なく微笑むと、小屋の中にある椅子に腰掛けた。キャロルはその膝の上に乗って、エディを見つめる。

 小さなランプの明かりが、ちらちらとエディの横顔を照らしていた。


 どこか辛そうな表情のエディを励ますように、キャロルはエディにぎゅっとしがみついてみる。エディは(かす)かに笑ったようだった。そして、(かす)れ声で言う。


「……俺さ、領主様に嫌われてるかも」

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