8:あと4年。「だいすき」(2)
学校が冬休みに入り、キャロルは一日中エディの傍にいられるようになった。
毎日エディのベットに潜り込んで寝ているので、目が覚めた時からエディと一緒。朝、竜のキャロルは着替えなどはしないけれど、顔を洗ったり、毛を梳かしたりはする。最近はエディの真似をして、歯磨きも頑張っていた。とはいえ、もふもふの手で歯磨きは難しい。
「竜が歯磨きしてるのって、なんか不思議だな……」
「いつもはママが手伝ってくれるんだけど、私ももう十一歳だからね! 一人で頑張るの!」
「十一歳にしては幼すぎる気もするけどな。まあ、可愛いから良いか」
キャロルの寝癖を手で撫で付けながら、エディが笑った。キャロルもにこにこと笑い返すと、ひょいと抱き上げられる。そうして、二人仲良く朝食の場に向かう。
朝食は伯父や伯母、パトリックにシェリル、賑やかな面々と一緒だ。キャロルの定位置はエディの膝の上。片時も離れたくないキャロルと、片時も離したくないエディの意見が合致した結果だった。
時々、妹を取られて嫉妬したシェリルが、エディにもふもふパンチをする。それを黙って受けながら、エディは食事を終わらせた。キャロルも食べ終わったのを確認すると、またキャロルを抱っこして部屋に戻る。
「じゃあキャロル、良い子で待ってて」
午前中は勉強の時間だ。キャロルは邪魔にならないように、部屋の隅にあるクッションの上で丸くなった。机に向かって真剣な顔をしているエディの横顔を見ていると、頬が熱くなってくる。
(エディ、かっこいいなあ……)
油断するとすぐに熱を出してしまう病弱なキャロルだけど、こういう時の頬の熱さは気持ち良くて好きだった。体のだるさも全くないし、吐き気もしない。
体調を崩した時の熱とはきっと何かが違う。それが何かはよく分からないけれど。
とりあえず、とても幸せなのでそれで良いかとしっぽを揺らす。
勉強が終わると、昼食の時間がやって来る。昼食の時も、キャロルはエディの膝の上に乗っていた。シェリルが朝食の時と同じように、やっぱりエディにもふもふパンチを繰り出す。午前中ずっと、妹を取られていたのが気に入らなかったらしい。
みんなで仲良く食事をした後は、家の手伝いをする。伯父はこの辺りの領主なので、一応使用人を雇ってはいる。けれど、田舎の小さな地方の領主なので、雇っているのは三人だけだった。
領主の補佐をする執事と料理人、洗濯や掃除をしてくれるメイド。この三人でも手が足りないところは、エディやパトリックが手伝うことでなんとかしている。
「今日は庭の掃除を頼まれているんだ。キャロルも手伝ってくれる?」
「うん! 手伝う!」
エディの頼みは断れない。キャロルは力強く頷くと、転がるように外に飛び出した。エディがくすくす笑いながら後を追ってくる。
村に住んでいる庭師が、時折来てはこの庭の木々を整えてくれている。落とした枝はそのままになっているので、今日はそれを綺麗に片付けることにした。
「キャロル、少しずつで良いからね」
「大丈夫! 私、竜だもん! いっぱい枝を運ぶの!」
キャロルははりきって枝を口にくわえて運び始めた。エディは一生懸命手伝いをするキャロルに笑みを零しながら、キャロルよりも数倍多くの枝を運んでいく。
枝と落ち葉を綺麗に片付け終わると、屋敷に戻る。おやつの時間になっていた。
今日のおやつは梨のタルト。エディが食べやすいようにキャロルの口元にタルトを運んでくれる。キャロルはにこにこしながら、それを頬張った。
「……エディとキャロルは本当に仲良しだね。キャロルが人化できるようになったら、相当いちゃいちゃしてるように見えるんだろうなあ」
パトリックが紅茶を飲みながら、仲良くおやつを食べる二人を見つめて言った。キャロルはきょとんとした顔で「いちゃいちゃ?」と聞き、エディは眉を顰めて「人化?」と呟く。
竜は、大人に近付くと人間の姿に変身できるようになる。竜から人へと変身することを「人化」といい、逆に人から竜に戻ることを「竜化」という。双子竜の父も、竜のままでは難しい細かい作業をするときなどは人間の姿をとっていたりする。
慣れれば自分の意思ひとつで変身できるようになるらしいけれど、キャロルもシェリルもまだ人間の姿になったことはない。どんな姿になれるのか、今は期待に胸を膨らませているところだった。
パトリックがそんな竜の事情について話し終わる。エディは感心したようにキャロルを見つめ、頬をうっすら赤くした。
「そうか。キャロルはいつか『人化』するのか。人間の姿になっても可愛いんだろうな……」
「でも、もふもふできなくなるよ? 良いの?」
「うーん、もふもふが魅力的なのはもちろんだけど、俺がキャロルのことを好きなのはそれだけじゃないから」
エディはそう言うと、キャロルとじっと目を合わせた。
「キャロルの素直なところとか、俺のことまっすぐ見てくれるところとか。そういうところも、俺は大好きだって思ってるから」
キャロルの頬が熱くなる。ふわふわしっぽがぶんぶん揺れて、もう自分でも制御できないほどだ。エディが微笑んで、キャロルの額にキスをくれる。こうした甘いやり取りは、おやつの時間が終わるまで続いた。
その後はまたエディの部屋で二人きりになる。キャロルはブラッシングをしてもらいながら、うとうとする。「少し眠る?」とエディが聞いてきたので、キャロルは小さく頷いた。エディの膝の上で、幸せな夢を見る。
しばらくして目が覚めると、夕食の時間だった。当然のようにエディの膝の上に乗せてもらって食べる。やはり、朝、昼と同じように、シェリルがエディにもふもふパンチをしていた。エディも他のみんなもこの光景にはすっかり慣れて、もう誰も突っ込まない。
さて、とても仲良しなエディとキャロルだけれど、問題がひとつあった。
その問題が露わになるのは、お風呂の時間だ。
「エディと離れるの嫌ー! お風呂も一緒が良いー!」
キャロルはもふもふの小さな体で仁王立ちした。両手をいっぱいに広げて、涙目でお風呂に向かおうとするエディを止めようと頑張る。
そこに、シェリルが颯爽と現れた。キャロルをもふっと捕まえると、エディに目配せをする。エディがそれに軽く頷いて応えた。
「ありがとう、シェリル。……キャロル、良い子で待ってて」
エディがお風呂場に消えると、キャロルはシェリルにずるずると引っ張られながら、双子竜のためのお風呂場へと連れて行かれた。
最近は毎日こんな感じだ。キャロルはどんなに頑張っても、エディとシェリルには勝てない。悔しい。
お風呂で体をぴかぴかに洗った後は、エディにタオルで優しく拭いてもらった。明るい桃色の毛がふんわりと乾く頃、やっと落ち着きを取り戻す。
「さあ、一緒に寝ようか、キャロル」
「うん!」
エディのベッドの中に勢いよく突っ込んでいくと、エディが笑う気配がした。
温かな布団の中で、エディに擦り寄る。安心する香りに包まれて、キャロルはふにゃりと頬を緩ませた。
(なんで私、こんなにエディのこと大好きなのかなあ……)
番でもないのに、こんなに誰かを好きになってしまうなんて。キャロルは竜よりも人間としての性質の方が強いのだろうか。竜は番以外、愛せないはずだから。
「キャロル、大好きだよ。おやすみ」
エディの優しい声と軽いキスが降ってきた。キャロルは今日も幸せな一日を過ごせたことに感謝しながら、眠りにつくのだった。