7:あと4年。「だいすき」(1)
春が過ぎ、夏が去り、秋を迎え、冬が徐々に近付いてきた。
キャロルは父と母、それに双子の姉と一緒に竜の山で暮らしながら、体調の良い日に番探しをしていた。けれど、全く成果は出ず、それどころか無理をしたせいで、何日も寝込んだりしてしまう苦しい日々を送っていた。
「そろそろ、キャロルたちを預けないといけない時期ね」
もうすぐ冬という頃。母が双子を見つめながら、寂しそうに笑った。キャロルはきゅーんと小さく鳴いて、母に擦り寄る。双子の姉シェリルもきゅーんと鳴いて、母の背中にはりついた。
本当は父と母も一緒に山を下りて、双子と過ごしていたいはず。でも、父はこの竜の山の主。冬の間は主の仕事が特に忙しいのだという。忙しい父を一人にすることもできず、母は娘たちを信じて、毎年送り出しているのだった。
家族四人で居間に集まり、今年も伯父のところへ行く準備を始める。
「ママ、このブラシ、私のじゃないよ。キャロルのだよ」
「あら? 本当だわ。よく似てるから間違えちゃった」
「もう、ママったら。おっちょこちょいねー」
小さなリュックに大事なものをどんどん詰めていく。父がその様子を見守りながら、忘れ物がないか確認してくれる。
「竜石も、ちゃんと持ったかな?」
「持ったのー!」
「よくできました。シェリルもキャロルもお利口さんだね」
父がもふもふの手で、双子の頭を撫でてくれた。双子のふわふわしっぽがぶんぶん揺れる。父も母もそれを見てくすくすと笑った。
その日の夜は、家族四人でくっつきあって眠った。
だんだん寒くなっていく山の夜。キャロルはぽかぽかと温かい幸せな夢を見るのだった。
さて、今年も山を下りて、伯父の屋敷を訪れる時がやって来た。
父のもふもふの腕に抱っこしてもらった双子竜は、空の上をわくわくしながら楽しむ。
「パパ! もうすぐ伯父様のところー?」
「そうだよ。ああ、あんまり体を揺らすと危ないよ。シェリルもキャロルもまだ飛べないんだから」
父の優しい言葉に頷き、キャロルは下に広がる景色を見る。秋を彩る紅や黄色の葉が、木の枝にところどころ残っている。広がる落ち葉の絨毯。ぴゅうと小さく風が吹くたび、地面に落ちた枯れ葉が舞っていた。
だんだんと自然が開けていき、村の姿が見えてくる。そして、一際大きな屋敷が村の先に見えてくると、キャロルはきゃあと歓声をあげた。
「ねえねえ、パパ! エディは待ってくれてるかなあ? エディ、私のこと忘れたりしてないよね?」
「心配しなくても大丈夫だよ。それにしてもキャロルは本当にエディくんが大好きだね。パパはもう耳にタコができちゃったよ」
苦笑しながら、父は屋敷の庭へと降り立った。キャロルとシェリルは二人揃って父の腕から飛び出すと、柔らかい芝生の上に着地する。
久しぶりの伯父の屋敷。双子竜は競うように玄関に向かい、中に入っていく。
「待っていたよ、シェリル、キャロル。二人とも、大きくなったな」
「シェリルちゃんにキャロルちゃん! 会いたかったわ!」
伯父と伯母がにこにこ笑って双子竜を迎えてくれた。その様子を見届けると、父は安心したように山へと帰っていく。
「あら、二人のパパにもご挨拶したかったのに」
残念そうに、空の向こうへ消えていく真っ白な竜を見つめて、伯母が言う。
「冬は竜の山の主としての仕事がたくさんあるらしいから。いつも長居はしないんだよ」
伯父が伯母の傍に寄り添って、慰めるように言った。シェリルも「パパは人見知りなのよ」と、伯母に気にしないよう助言する。そんな中、キャロルはというと、部屋の中をきょろきょろと見回した後、こてりと首を傾げた。
「伯母様、エディはー?」
「エディ? あの子はまだ学校にいるわ。もうすぐ帰ってくると思うけど」
キャロルはしょぼんと項垂れた。すぐに会えると思っていたので、すごくがっかりしてしまった。
(うう、残念……)
エディに会えるという期待が打ち砕かれて、急に体が重くなったような気がした。ふらふらと絨毯の上に倒れ込む。
「ちょっとキャロル、大丈夫? ……ああ! また熱が出てるー!」
シェリルが大慌てでキャロルの周りをぐるぐると走り回った。伯父がくたりとなったキャロルを抱き上げると、急いでベッドまで運んでくれる。
キャロルのために用意された部屋は、相変わらず可愛らしい女の子用のもので溢れていた。伯父はその部屋にあるお姫様ベッドにキャロルを寝かせた。けれども、キャロルはいやいやと首を振る。
「ここで寝るのは寂しいの……。エディのところで寝たいの……」
「いや、でも勝手にエディの部屋に入るのは」
「じゃあ、ひとりで行くもん」
キャロルはベッドからぴょこんと下りると、とてとてと走りだす。けれど、やっぱり途中でふらふらと倒れ込んでしまった。伯父が眉を寄せて、仕方ないかと肩を竦める。
「今回だけだぞ」
伯父はそう言って、キャロルをエディの部屋に運んでくれた。キャロルはエディのベッドにぽすんと飛び込み、掛け布団の中に潜り込む。
(エディの匂いがする……)
久しぶりに、木漏れ日のような優しい香りに包まれる。しばらくベッドの上でごそごそと体の位置を変え、落ち着く場所を探し当てるとくるりと体を丸めた。
キャロルはそのまま目を閉じると、あっという間に眠りに落ちた。
優しく頭を撫でられて、ふと目が覚めた。見上げると、綺麗な青の瞳と目が合う。
「エディ!」
「久しぶり、キャロル。待ってたよ」
エディが微笑み、キャロルを抱き上げた。キャロルのふわふわしっぽがぶんぶん揺れる。揺れすぎてぐるんぐるん回り始めた。
「キャロル、熱があるんだって? あんまりはしゃぎすぎないようにな」
「大丈夫! エディに抱っこしてもらったら元気になったの! ありがとうー!」
そう言ってエディにしっかりしがみつくと、エディが楽しそうに笑い声をあげた。
少し眠ったおかげなのか、重くだるかった体が驚くほど軽くなっていた。エディの腕の中でご機嫌に体を揺らす。
「エディ、あのね、会えて嬉しいの。また、去年の冬みたいに仲良くしてほしいの」
「うん、分かってる。ちゃんと、番の代わりに溺愛するよ」
エディはふっと小さく笑い、キャロルの鼻の頭にキスをする。温かくて柔らかいその感触に、キャロルの顔がふにゃりと緩んだ。
久しぶりのエディは少し身長が伸びていて、顔立ちも前より落ち着いて見えた。ほんの少しではあるけれど、大人っぽい雰囲気をまとうようになったエディに、キャロルの胸はどきどきと高鳴るのだった。