6:あと5年。「であい」(6)
三月になり、少しずつ春の気配が近付いてきた。大地は生き返るように緑を増やし、温かな風が柔らかく吹き抜けていく。
そんな、ある日のこと。
キャロルとエディは庭でのんびりと日向ぼっこをしていた。ぽかぽかとした太陽の温かさが気持ち良い。キャロルはエディに抱っこされて、ご機嫌でしっぽを揺らしていた。エディも楽しそうに、キャロルの背中にある小さな羽を突いて遊んでいた。
「エディ、くすぐったいよー! つんつんするんじゃなくて、なでなでにしてー!」
「ふふっ、ごめんごめん。ほら、これで良い?」
「うん! 気持ち良いー」
相変わらずの仲良しっぷりに、傍にいた双子の姉シェリルが嫉妬する。
「エディ! キャロルは私の妹だって言ってるでしょ! 番でもないくせに、独占しすぎなの!」
エディの背中を、シェリルが後ろ足でてしてし蹴る。エディが困ったようにシェリルを振り返った。シェリルは膨れっ面でエディを見上げ、ふんっと鼻息を荒くする。
キャロルは、大好きなエディと大切な姉シェリルが小さな火花を散らす様子を見て、しょんぼりしてしまう。
「エディとシェリルは、どうしてそんなに仲良くないの?」
「シェリルが突っかかってくるからだよ」
「違うもん! エディがキャロルを取るからだもん!」
エディとシェリルが再び火花を散らす。二人ともキャロルを独占したいらしい。キャロルとしては、二人とも傍にいてくれるのが一番嬉しいのだけれど。
キャロルはエディの服をしっかりと掴んだまま、シェリルを見下ろす。シェリルはぷんぷんしながら、エディの足に頭突きをしようと構えていた。
ところが、シェリルはぴたりとその動きを止めた。それからばっと顔を上げて、キャロルと目を合わせる。キャロルはこてりと首を傾げた。
「どうしたの、シェリル?」
「ねえ、そろそろ竜の山へ帰る頃じゃない? 私たち」
シェリルの言葉に、キャロルは目を瞬かせた。そういえば、この伯父の屋敷に滞在するのは冬の間だけという予定だった。もうすぐ竜の山も春を迎え、双子竜は山に帰らなくてはならない時期が来る。
「竜の山に帰ったら、キャロルはまた私と一緒よね?」
シェリルが嬉しそうに飛び跳ねた。それとは対照的に、エディの顔が曇る。腕の中にいるキャロルを離すまいとぎゅっと抱き締めて、絞り出すように言う。
「……キャロル。本当に山に帰らないといけないのか? 俺はキャロルと離れたくないよ。ずっと、ずっと傍にいてほしい……」
「エディ……」
キャロルの胸の奥が、きゅんと鳴った。
けれども。
「ごめんね、エディ。私もエディと一緒にいたいけど、竜の山ではパパとママが待ってるの。それに、ここでは番探しは難しいから……」
キャロルは春から秋にかけて、両親と一緒に番探しをすることになっていた。生き延びるためにも、ここでのんびりしているわけにはいかない。生きていなければ、結局エディとも永遠に会えなくなってしまうのだから。
エディの黒髪が風に揺れる。切なくキャロルを見つめる青の瞳に、キャロルは微笑みかけた。
「番さんが見つかっても、見つからなくても。また、冬が来たらここに戻ってくるよ。そしたらまた、いっぱいいっぱい、仲良くしようね」
「……うん」
小さく頷いたエディの頬に、キャロルは頬擦りをする。ふわふわの頬擦りに、エディが笑いを漏らした。お返しとばかりに、キャロルの鼻の頭にひとつキスを落としてくれる。
「ちょっと! キャロルは私の妹だって何回言ったら分かるのー!」
シェリルが絶叫しながら、エディの足をてしてし叩いた。そんなシェリルにエディは開き直った顔をして宣言する。
「竜の山に帰ったら、シェリルはキャロルを独占するんだろ? それならここにいる間は俺が独占したって良いじゃないか。俺、キャロルのこと離さないから」
エディにぎゅうぎゅう抱き締められるキャロル。そのまま屋敷の中へ、抱っこされたまま運ばれる。ひとり庭に残されたシェリルが、芝生の上で慌てた。
「待ちなさいよー! キャロルは私のー!」
後を追いかけてくる小さな竜から逃げるように早足になるエディ。
竜と少年の追いかけっこは、その後もしばらく続いたのだった。
そして、キャロルたちが竜の山へと帰る日がやって来た。
「また、冬になったら来るからね! エディ、私のこと忘れちゃ嫌だよ」
「忘れるわけないだろ。俺の可愛いキャロル」
名残惜しそうにぎゅうぎゅう抱擁した後、エディはキャロルを地面に下ろした。キャロルは紅い瞳をうるうるさせて、しばらくの間エディを見上げていた。でも、意を決したように背を向ける。
シェリルがキャロルの隣にそっと寄り添って、一緒に歩きだした。その先には双子を迎えに来た父がいる。
竜の姿をした父は、眩しいくらいの真っ白なもふもふ毛を持っていた。大きさは大型犬くらい。小さな双子竜をもふもふの腕で器用に抱えると、ばさりと大きな翼を広げる。
屋敷の庭で、伯父、伯母、パトリック、エディが並んで見送ってくれる。キャロルは、父の腕の中からエディをまっすぐに見つめた。
「エディ、またねー!」
そう言ってキャロルがぶんぶん手を振ると、エディは少し照れ臭そうに手を振り返してくれた。
父が「世話になった」と伯父に告げると、伯父は笑って「また、次の冬も楽しみにしているよ」と答える。そして、その言葉を合図にしたかのように、父がはばたいた。
みるみるうちに上昇していき、あっという間にエディたちが見えなくなっていく。大きな屋敷の姿もどんどん小さくなっていき、春の景色に埋もれていく。
キャロルはきゅんきゅん鳴いた。エディが見えなくなったら、急に切なさが溢れて止まらなくなってしまったからだ。
「キャロル、私がいるからね。大丈夫だよ」
隣のシェリルがぽふぽふと頭を撫でてくれた。父も、キャロルを慰めようと優しくゆらゆら揺すってくれる。キャロルはなんとか鳴き止んだ。
空の上から見下ろす景色は、人が住んでいる村などを通り過ぎ、山のものへと変わっていく。山の木々は新しい葉を芽吹かせ、爽やかな緑色を広げていた。苔生した岩や小さな泉など、久しぶりに見る風景に少しほっとする。
人間が立ち入ることなど到底無理な絶壁の上に、キャロルたちの家がある。その家は竜である父が自分の番のために建てた家。もちろんその番と言うのは、双子竜の母のことだ。
小さくても居心地の良いこの家で、母は子どもたちの帰りを待っている。
キャロルとシェリルは声を揃えて元気よく言った。
「ただいま、ママー!」
その日の夜。キャロルは夢を見た。
大人になった自分が、立派な青年に成長したエディの隣で笑っている夢。
青年のエディがかっこよすぎて、キャロルは目が覚めた後も、しばらくドキドキが止まらなくて困ってしまったのだった。