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5:あと5年。「であい」(5)

 エディがキャロルの(つがい)でないことが分かった日から、何日も経った。

 その間に年を越し、新年を迎え、そして気付けば、冬休みも終わっていた。


「エディ、今日も抱っこしてくれなかったの……」


 キャロルはこの世の終わりみたいな顔をして丸まっていた。学校が始まってしまったため、エディを屋敷の中で見かける頻度も低くなっている。もう寂しくて寂しくて、どうにかなってしまいそうだった。


「別に(つがい)じゃないんだし、気にすることないでしょ! ほら、また熱が出てる。ベッドで寝ないと!」


 シェリルがお姉さんぶってキャロルをベッドに連れて行く。お姫様が眠るみたいなベッドに、キャロルはしょぼんとしたまま寝転がった。


(私、エディに嫌われちゃったのかな……)


 ほんの少しの間とはいえ、可愛がってもらったことがあるせいで、余計に寂しかった。


 キャロルの頭を撫でてくれる温かい手のひら。澄んだ青い瞳。照れ臭そうにはにかんだ顔。触れた時の、木漏れ日のような優しい香り。

 全部、全部大好きで、それが傍にないのがとても切ない。


 キャロルはきゅんきゅんと鳴き声をあげた。胸を裂くような悲痛な声に、姉のシェリルが泣きだしそうな顔をする。


「キャロル、泣かないで。エディが帰ってきたら、キャロルのこと抱っこしてあげてって頼んであげる。そしたらきっと、抱っこしてもらえるからね」

「本当?」

「うん。だから、エディが学校から帰ってくるの、一緒に待っていようね」


 キャロルはこくりと頷いた。ベッドから飛び出して、窓にはりつく。シェリルもすぐ隣にやって来て、同じようにはりついた。

 桃色の小さな竜がふわふわのしっぽを揺らしながら、二人仲良く外を見る。


 しばらくすると、そのエディが帰ってきた。

 キャロルとシェリルは揃ってエディを出迎えに走った。ころころと転がるように廊下を駆けて、二人並んで玄関に座る。


「おかえりなさーい!」


 双子の可愛らしい声が揃った。その声に出迎えられたエディは、驚いて後ずさる。


「キャロル? シェリルも。何やってるんだ」

「エディを待ってたの!」

「抱っこしてもらうの、待ってたの!」


 キャロルはシェリルと一緒にぴょんぴょん跳ねる。熱のある体は少し重かったけれど、エディを前にすると、不思議と元気になれる気がする。

 エディは双子の竜をぽかんと見て、それから、ふうとひとつ息を吐いた。


「キャロル。熱があるんじゃないのか? 無茶したら駄目だろ」


 すっとキャロルを抱き上げ、心配そうに見つめるエディ。キャロルはぱちぱちと目を瞬かせる。


 キャロルとシェリルはよく似た、そっくりの双子だ。迷いなく「キャロル」の方を抱き上げてくれたことに、まず驚いた。父や母でさえ頻繁に間違えるというのに、よく分かったなと感心する。

 そして、熱があるとすぐに分かってくれたこと。キャロルはもふもふ竜なので、微妙な顔色の違いなんて、毛に覆われているため簡単には分からない。双子の姉のシェリルでさえ、なかなか熱があるとは気付かないのに。


(私のこと、こんなに分かってくれる人初めて! やっぱり、好きだな……)


 ぽーっとエディの顔を見つめていると、エディが苦笑した。


「ああ、もう! キャロルには(かな)わないな。こんなに可愛いキャロルが目の前にいるのにもふもふできないなんて、やっぱり俺には耐えられそうにないよ」

「……エディ?」


 キャロルがこてりと首を傾げると、エディはぎゅっとキャロルの体を優しく抱き締めた。


「いつか、キャロルは番を見つけて俺から離れていくんだよな。それが分かっているのに、これ以上仲良くなるなんて馬鹿みたいだって思った。別れるときに悲しい思いをするくらいなら、もうお互いに関わらない方が良いんじゃないかって……でも」


 エディがキャロルの背中をゆっくりと撫でる。


「キャロルのこのもふもふが忘れられなくて。ずっと悩んでたけど、今日のキャロルを見て、やっと決心がついた。俺、キャロルの番が見つかるまで、その代わりをするよ」

「代わり?」

「うん。キャロルのこと、もふれなくなるのはやっぱり嫌だから」


 エディの真剣な瞳が、キャロルにまっすぐ向けられた。


「俺は(つがい)じゃないけれど。キャロルのこと、全力で溺愛するから、もふらせて?」


 エディの言葉に、キャロルの体が小さく震える。それは歓喜の震えだった。

 キャロルはエディにべったりくっつくと、顔をぐりぐりと押し付けた。もふもふの手でエディの服を掴んで、お尻をぽんぽん跳ねさせる。ふわふわしっぽはかつてないほどの速さでぶんぶん振った。


 全身で喜びを表現するキャロルに、エディは微笑みを向ける。そして、キャロルの鼻の頭に唇を寄せた。


 この日、この瞬間から。

 エディの溺愛が始まった。



 *



「エディ、もうココア飲んでも良い?」

「ん? ちょっと待って……うん、これなら火傷(やけど)しないな」


 エディはキャロルを膝の上に乗せると、キャロルの前にカップを差し出す。キャロルはもふもふの手でカップを器用に持ち、少しずつココアを飲んだ。


「あったかーい!」


 キャロルはにこにこしながらエディを見上げる。キャロルの口元についたココアを、エディはハンカチで丁寧に拭ってくれた。

 それからブラシを手に取り、キャロルの体を丁寧に梳かしてくれる。毛が長めになっている足の付け根などは油断しているとすぐに毛玉ができてしまうので、こういうブラッシングは日課になっていた。


 明るい桃色の毛の根元を軽く持ち、絡まりかけている部分を梳かす。キャロルの毛は細いので、空中にふわふわと毛が舞った。他に毛玉がないかを確認しながら、エディはマッサージをするかのようにキャロルのブラッシングを続ける。


「キャロルは本当に可愛いな。ブラッシング、気持ち良い?」

「うん! エディ、上手なの! 私、眠くなってきたの……」

「寝ても良いよ。ごはんの時間になったら起こしてあげるから」


 ふわふわになったキャロルの体を愛おしそうに撫でて、エディは笑う。キャロルもエディの優しい笑顔に嬉しくなって、へにゃりと頬を緩めた。


 キャロルとエディが出逢ってから一ヶ月ほど。

 二人はまるでずっと前から一緒にいたのかというくらいに、仲良しでべったりになった。双子の姉シェリルが膨れっ面になるくらいの仲良しっぷりだ。


 毎朝、学校へ行くエディをお見送りして、また帰ってくる時にはお出迎えをする。ごはんもエディの膝の上で食べるようになったし、夜はエディのベッドに潜り込んで一緒に眠る。


 キャロルは毎日とても幸せだった。


「おやすみ、キャロル」


 エディの膝の上で丸くなったキャロルに、甘く優しい声が降ってきた。キャロルはもふもふの手でエディの服を掴んで、そっと目を閉じる。


 温かな手のひらに撫でてもらいながら、キャロルは夢の世界へ旅立った。

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