4:あと5年。「であい」(4)
エディは相当なもふもふ好きだったらしい。もふもふしても全くアレルギー症状が出ないことが判明した途端、キャロルのことを片時も離さないようになった。恍惚とした表情で、キャロルをもふっている。
キャロルも大好きなエディと一緒にいられるのは本望だったので、ずっとべったりになっていた。
何も問題がないように思われる中、ひとり、この状況に納得していない人がいた。
いや、人ではなく、竜だけど。
「ちょっと、エディ! キャロルは私の妹なの! 取らないでー!」
シェリルだ。キャロルにそっくりな桃色の小さな竜は、もふもふの手でエディの膝をてしてしと叩いた。エディは困惑顔をしながらも、キャロルを手放そうとはしない。
その様子を傍観していたパトリックが、笑いを堪えながら言う。
「エディ。キャロルだけじゃなくて、シェリルも抱っこしてあげなよ。可愛いもふもふ竜が二倍楽しめるよ?」
「いや、俺はキャロルがいてくれるだけで充分だから」
エディは微笑みながら、膝の上にいるキャロルの頭を撫でた。
キャロルとシェリルはよく似た双子であるにもかかわらず、なぜかエディはキャロルだけをかわいがってくれる。シェリルに触れてもアレルギー症状は出ないというのに、そこは頑なだった。
きゃあきゃあと騒いでいると、キャロルたちのいる居間に伯父がやって来た。
べったりとくっついているキャロルとエディを見た伯父は、感心したように言う。
「キャロルとエディはまるで番みたいだな」
「つがい?」
エディが不思議そうに首を傾げた。そんなエディに伯父は簡単に説明をする。
「番というのは、竜が生涯愛する唯一の存在のことだよ。人間でいうなら、恋人とか伴侶とかになるかな」
「へえ……」
エディは納得したように頷き、キャロルをじっと見つめた。キャロルも目をきらきらさせて、エディを見上げる。
見つめあう二人の間に、シェリルが割って入った。
「竜にとっての番って、それだけじゃないのよ! 生命力を高めることだってできるの!」
シェリルは得意げにエディに講釈する。
「キャロルはね、生まれた時から体が弱いけど、番と出逢うことさえできれば元気になれるって言われているの! その番が愛してくれたら、もっと元気になれるのよ! だから、とっても大事なの、番って」
エディはシェリルの話を素直に頷きながら聞いていた。でも、はっと何かに気付いたように目を見開く。
「番と出逢わなければ、キャロルは体が弱いまま、ということ?」
エディの疑問に、その場にいた全員が気まずそうに目を逸らした。
シェリルも、伯父も、パトリックも。触れられたくない話題だとでもいうような反応だった。
首を傾げるエディに、キャロルはへにゃりと眉を下げ、おずおずと口を開いた。
「あのね。私は番に出逢えなければ、あと五年くらいしか生きられないだろうってお医者さんに言われているの」
「……え?」
キャロルは体が弱い。生命力も極端に低い。熱を出して寝込む日も増えてきている。
あと五年という命の期限も決して冗談なんかじゃないというのは、キャロル自身、よく分かっていた。
エディは信じられないという目でキャロルを見た。
「嘘だろ? だって、今、キャロルはこんなに元気じゃないか……」
「エディ、そんな顔しないで。番に出逢えたら普通に長生きできるって言われているし、落ち込むことはないのよ? 大丈夫、大丈夫ー」
大好きなエディに悲しい顔をさせたくなくて、キャロルはわざと明るい声で言う。けれど、エディの顔は晴れてくれなかった。
「番がどこにいるか、分からないのか?」
「うん……。竜石はそういうの教えてくれないから……」
「竜石?」
「えっとね、番かどうかを教えてくれる石のことを、竜石っていうんだけど」
竜はその手にひとつの石を握った状態で生まれてくる。うずらの卵くらいの透明な石。それが「竜石」だ。
その竜石は、番と出逢うと色が変わる。番を一目見ただけでピンク色に染まり、その番が竜石に触れると真紅に染まる。
自分の番かどうかを教えてくれる便利な竜石。ただし、番の居場所までは教えてくれない。だから、番を見つけられない竜もいたりする。
「でも、エディとキャロルは不思議なくらい仲良しだから、もしかしたら本当に番なのかもしれないね。キャロル、竜石は確認してみた?」
横からパトリックが口を挟んできた。キャロルはふるふると首を振る。
「まだなの。忘れてたの」
「じゃあ今から確認してみよう。シェリル! キャロルの竜石を持ってきてくれる?」
パトリックの言葉にシェリルが頷き、居間を飛び出していった。そして、竜石が入った巾着袋を口にくわえて戻ってくる。
キャロルの名前が書かれたその袋を、エディが受け取った。そして、恐る恐るその袋を開いて、中にある石を取り出す。
「……透明だ」
エディがつまんだ石は、何色にも染まっておらず、透明だった。
「……うーん、違ったみたいだね。まあ、そんな都合の良い話、あるわけないか」
パトリックがため息まじりに呟いた。キャロルも俯いて、ため息をついてしまう。
「本当に、どこにいるんだろうね、番さん。あと五年以内に見つけることができるかなあ」
「なんとかなるよ。私も一緒に探してあげるからね!」
キャロルを不安にさせないように、シェリルがもふもふの手をぐっと握って答えた。その力強い言葉にキャロルは安心する。
ただ、エディだけは納得のいかない顔で眉を顰めた。
「なんでそんな、のんびりしていられるんだよ。キャロルの命がかかってるんだろ? 一刻も早く番を見つけないと駄目じゃないか」
険しい口調のエディに、パトリックがのんびりと笑いながら言う。
「まあまあ。五年もあるんだから、そう焦らなくても良いって。それに、番と出逢ってしまったら、たぶんキャロルはそいつに取られるよ」
「取られる……?」
キャロルを取られるのは想定外だったらしく、エディは複雑な顔で黙り込む。
キャロルの命を延ばすためにも、早く番が見つかれば良いという思い。
けれど、その番にキャロルを取られるのは嫌で、まだ見つからないでほしいという思い。
二つの相反する気持ちがエディの中でせめぎ合っているようだ。
黙ったままのエディの肩を、それまでずっと静観していた伯父が叩いた。
「エディがキャロルの番でなかったことは残念だった。でも、これからもキャロルと仲良くしてやってくれると嬉しい。あ、そうだ。番が見つかるまで、番の代わりにキャロルを溺愛するというのはどうだ? たとえ番でない者からだったとしても、竜は溺愛されることで少しは生命力が高まるというし」
「溺愛……?」
エディがぽつりと零して、キャロルを見つめた。キャロルは大好きなエディに見つめられたのが嬉しくて、ふわふわしっぽをぶんぶん振る。それからもふもふの手でしっかりとエディにしがみつき、べったりとくっついた。
(エディに溺愛してもらえたら、きっと私、すごく幸せ)
キャロルは目を輝かせてエディを見上げた。ところが、エディはふるふると頭を振って、キャロルの体を自分から引き離す。
そして一言、悲しそうに呟いた。
「ごめん、少し考えさせて」