38:おまけ。「おうじさま」(5)
うろこ竜は寒さにとても弱いらしい。なので、冷たい氷のブレスを吐くことができるシェリルは、みんなから一目置かれる存在となった。
なんと、でっぷりの王様から「うろこ竜の集落で最強の竜」という称号までもらってしまった。
その称号のおかげか、王子様の番としてみんなに認めてもらえるようになった。
あのゴルネッサも、もう邪魔をしてこない。
というか、シェリルは恐れられていた。この前ばったり彼女と会った時、「ひいっ! シェリル様! 冬眠させないでくださいませー!」と叫ばれた。
もうすぐ春なのに。冬眠ってなんだ。
「どうした、シェリル嬢。浮かない顔だな」
「……ヘルムート様」
シェリルは声を掛けてきた王子様を振り返った。
今はお城で開かれている舞踏会の真っ最中。人間の姿をしたシェリルは、豪華なドレスを着せてもらっていた。お姫様が着るみたいなキラキラの赤いドレスの裾が、ふわりと広がる。
「ちょっと考えごとをしていただけなの。たいしたことじゃないから、大丈夫!」
「そうか? ……それなら良いが」
王子様はシェリルに合わせて人間の姿をとっていた。ミントグリーンの髪をぴしりと撫で付け、上品な盛装をしている。仕草にも品があって、指先まで高貴な感じが漂っていた。
この場に集まっているどのうろこ竜よりも、かっこよくて素敵な王子様。
シェリルの頬がぽっと熱くなる。
その王子様、どうやらシェリルと踊りたいらしい。会場でくるくると踊っている竜たちを横目で見ながら、シェリルに手を差し出そうとしている。
「あ、あの、シェリル嬢。ぼくと一緒に、その……」
「あっ! 私、少し疲れちゃったの! 控え室で休んでくるのー!」
シェリルはわざと王子様の言葉を遮った。そして、唖然としている王子様を置いて、会場から逃げ出す。
ひんやりとした廊下に出て、ふうとひとつ息を吐く。
(危なかったの。ダンスに誘われたら、大変なことになるところだったの……)
うろこ竜の舞踏会に参加して、初めて知ったのだけど。シェリルは舞踏会にふさわしいダンスが全く分からなかった。
シェリルが踊れるのは、喜びの舞とか感謝の舞といった簡単なものだけだ。
こんなシェリルと一緒に踊ったら、大好きな王子様が恥をかいてしまう。
(今のままじゃ駄目。もっと頑張らないと……うう、悩みが尽きないの!)
少し項垂れた姿勢で控え室に入る。誰もいない控え室はとても静かで、窓から優しい月の光が差し込んでいた。
シェリルは明かりをつけることなく、その月の光を頼りにソファに腰掛ける。
(ヘルムート様の隣にいても大丈夫なくらい、立派な竜になりたいの……)
王子様の竜石を赤く染めても。
ブレスを吐けるようになっても。
シェリルはまだまだ王子様の番としての自信がなかった。
しょぼんと俯くと、ぽたりと涙の雫が落ちた。赤いドレスに涙の跡がじわりと広がる。
と、その時。控え室の扉が開き、王子様が入ってきた。
「……シェリル嬢? どうした、なぜ泣いている?」
「ヘルムート、様?」
シェリルはぽかんと口を開ける。王子様はそんなシェリルの頭を、慰めるように優しく撫でてくれた。
なんだか王子様が目覚めたばかりの頃に行われた祝宴を思い出す。あの時と今の状況、なんか似ている。
あの時は、すぐに王子様は会場に戻っていったけれど。今回はそうするつもりはないらしく、シェリルの隣に腰掛けてくる。
ふわり、と爽やかな青葉を思わせる香りがした。
「最近の君は、いつも暗い顔をしているな。……心配だから、エディとキャロル嬢に手紙で相談してみたのだが」
「え?」
「人間も、もふもふ竜も、優しいんだな。すぐにアドバイスをくれたよ」
王子様はシェリルの涙を優しく指で拭ってくれる。そして、頬をほんのりと染めたかと思うと、シェリルの目をまっすぐに見つめて口を開いた。
「シェリル嬢。ぼくは君のことが……す、すす、好きだ」
「へぷっ?」
シェリルは、むせた。いきなり何を言い出すのか。今までずっと、頑なに、そういう言葉は避けていたはずなのに。
「君の、その桃色のふわふわした髪とか、きらきらしている瞳とか。とてとて歩く姿や可愛らしい声も……だ、大好きだよ。君がぼくの番としてふさわしくなれるよう、密かに努力していることも知っている。そういう頑張り屋なところも、たまらなく、す、好きだ」
王子様の言葉に、シェリルは顔から火が出そうになる。
「ま、待って、ヘルムート様! き、急にそんなこと言われると、恥ずかしいの!」
「こ、こう言えば、シェリル嬢は絶対に喜ぶと、キャロル嬢が教えてくれたんだ!」
さすが双子の妹というべきか。これ以上ないほどの的確なアドバイスだ。
だって、王子様の「好き」の一言で、これまでの悩みが吹き飛んだから。王子様の番としての自信が、じわじわと湧いてきたから。
王子様はシェリルの表情が緩んだのを確認すると、今度は膝抱っこをしてきた。
大好きな番の膝の上に乗せられたシェリルは、驚いたのと恥ずかしいのとで、思わず口をぱくぱくさせてしまう。
頬を火照らせたシェリルの額に、王子様が軽くキスを落としてくる。熱くて柔らかな唇の感触に、シェリルの心臓が飛び跳ねた。
「こ、これはエディに教えてもらった! ど、どうだ!」
どうだって何なんだ。いや、嬉しいけれども。すごく、すごく、嬉しいけれども。
シェリルと王子様、二人とも真っ赤になる。お互い目を合わせられなくて、そっぽを向く。
照れ屋で恥ずかしがり屋の王子様が、正直ここまでやるとは思わなかった。シェリルは両手で顔を覆って悶える。
そんな風に二人して悶え合った後。不意に、王子様が聞いてきた。
「そういえば、どうやって君はぼくにかけられた眠りの呪いを解いたんだ? ゴルネッサの呪いは強力で、簡単には解けないと聞いたのだが」
「え、このタイミングでそれを聞くの?」
「え、駄目だったか?」
王子様がきょとんとした顔をする。本当に、何も知らないらしい。シェリルはふうとひとつため息をつくと、王子様を見つめて言った。
「……じゃあ、教えてあげるの。目、瞑って?」
王子様が不思議そうな顔をしながらも、素直に目を閉じる。
今夜の王子様は、照れ屋なくせにとても良く頑張ってくれた。慣れない言葉も一生懸命言ってくれた。だから、そのお礼も込めて。
シェリルは微笑み、大好きな番にそっと唇を寄せた。
*
春が来て、花が満開に咲く頃。
うろこ竜の王子様と、もふもふ竜の少女の婚約が発表された。
ずっと仲が悪かったうろこ竜ともふもふ竜だったけれど、この婚約を機に、交流を復活させることとなった。おまけに、人間との関係も改善していくことにしたらしい。
そのおかげで、うろこ竜の集落はどんどん明るく、賑やかになっていく。
王子様に溺愛されるもふもふな花嫁。
そして、それを祝うたくさんの竜と人の姿。
そんな光景が見られるのは、きっと、もうすぐのこと――……。
このお話は、これで完結です!
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました♪
ブックマークやお星さまに、元気をたくさんもらいました。
とても幸せで、このお話を書いて良かったなと思いました。
応援して下さったすべての方に、最大級の感謝を!




