表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/38

37:おまけ。「おうじさま」(4)

「シェリル嬢、まさか、君はぼくのことが嫌いなのか……?」


 王子様は端整な顔を青ざめさせ、シェリルに向かって震える手を伸ばしてくる。シェリルはびくりと体を跳ねさせ、その手を避けた。


「嫌いなわけないの! 私はヘルムート様のこと好きだもん。大好きだもん。そのミントグリーンの髪も、金色の瞳も、優しい声も、全部好き。竜の時のつやつやした鱗とか、しゅっとしたしっぽとかも、大好きでたまらないの……」


 初めて会った時から、シェリルは王子様のことが大好きだった。この王都で一緒に過ごすようになって、その気持ちは一層大きくなった。だって、集落にいた時と違って、今は積極的に優しくしてくれるから。その優しさに触れるたび、シェリルの胸はいつもきゅんきゅんしていた。


 一緒にいればいるほど、どんどん好きになってしまう。でも、だからこそ、「好き」といってもらえないことが不安でならなかった。


「私は、ヘルムート様が好き。でも、ヘルムート様は、私のことなんて……って、ええ?」


 シェリルはぽかんと口を開けた。なぜなら、目の前の王子様が、顔を真っ赤にして(うつむ)いていたから。


「え? ヘルムート様、なんでそんな真っ赤なお顔に?」

「ま、待ってくれ。うわ、まずい、なんだこれは。心臓が壊れそうだ」


 王子様が胸を押さえて(うずくま)った。真っ赤な顔を伏せて、小さく(うな)っている。

 耳まで赤くなった王子様に、シェリルは首を傾げてしまう。


(ま、まさか照れてるの? えっ、「好き」って聞いただけで?)


 もしかして、この王子様は極度の照れ屋さんなのだろうか。「好き」という言葉に免疫がなさすぎる。

 ――いや、そんな、まさか。


 シェリルはそっと王子様に近寄って、試しに耳元で囁いてみた。


「ヘルムート様、大好き」

「くっ!」


 王子様、照れすぎて身悶えしている。ちらりと一瞬見えた顔は、緩みまくっていた。


(「好き」って言ってくれないのは、ただ単に恥ずかしくて言えないだけ? 私のこと、心の中ではちゃんと好きでいてくれてるの?)


 シェリルは、今までのことを思い返してみる。


 息を切らしながら、王都にいるシェリルを迎えに来てくれたこと。

 エディにやきもちをやいていたこと。

 シェリルがさらわれないように、見守ってくれていたこと。


 ただ、番だからという理由だけで執着していたわけではなかったのか。王子様は「好き」といえない分、態度で示そうと思っていたのか。


 ふっと小さく笑みが零れる。照れ屋で不器用な王子様のことが、なんだかますます愛しくなってきてしまった。


 とりあえずシェリルは王子様に「好き」「大好き」と囁き続けてみる。やっぱり、王子様はすごく嬉しそうにしていた。シェリルのことが嫌いなら、こんな反応しないだろう。


 少しだけほっとしたシェリルは、その後もしばらく「好き」という言葉で彼を悶えさせてあげたのだった。




 冬も間近になった頃、シェリルは王子様と一緒に集落へと戻った。

 以前と違い、シェリルの傍にはいつも王子様がくっついている。


「シェリル嬢に悪い虫がつかないように見張っていなくては」


 王子様は金の瞳を鋭くして、周囲を警戒していた。シェリルはもふもふの自分の体を確かめる。悪い虫とは、ノミとかダニだろうと思って。


「ヘルムート様、ノミもダニもいないの」

「……そうか」


 なんだかちょっとだけ、残念な子を見る目をされた気がする。なぜ。


 シェリルと王子様は並んで集落の中を散歩する。小さなもふもふ竜と大きなうろこ竜が仲良く歩く姿に、周囲の竜たちは目を丸くしていた。

 もふもふ竜とうろこ竜の仲が悪いのは、みんなが知っていること。いくら番でも、そんな簡単に仲良くなれるわけがないと思われていたようだ。


 集落で一番大きな広場に足を踏み入れた時。後ろから女性の声が飛んできた。


「あら、シャロルさんではありませんの」

「シェリルだもん!」


 くるりと振り返ると、そこにはすらりとしたうろこ竜の女性ゴルネッサがいた。頬を膨らませるシェリルを(かば)うように、王子様がさっと前に出る。


「何の用だ、ゴルネッサ」

「ヘルムート様! こんな番かどうか分からないもふもふ竜は放っておいて、婚約者である私と散歩なさいませんこと?」

「……ゴルネッサ。君とは婚約なんてしていないと何度言ったら分かるんだ。それに、シェリル嬢はぼくの竜石を真紅に染めた。彼女はぼくの真の番だよ」

「な、なんですって……!」


 ゴルネッサがキィッと歯噛みする。

 そう、王子様は誰とも婚約なんてしていなかったらしい。婚約者というのはゴルネッサの虚言だった。


「こんなことなら竜石をお返しすべきではありませんでしたわ! ……仕方がありませんわね、最後の手段ですわ!」

「きゃあ?」


 ゴルネッサがひょいっとシェリルを持ち上げた。王子様が焦り、シェリルを取り戻そうと手を伸ばす。けれど、ゴルネッサはさっとそれを避け、高笑いをした。


「ほほほ! さあ、ヘルムート様。可愛い可愛い番ちゃんを返してほしければ、この私ゴルネッサと結婚すると(おっしゃ)ってくださいな! 私と結婚さえしてくだされば、この子に危害は加えませんわ!」

「な、なんだと……」


 王子様が端整な顔を歪ませ、悔しそうに唇を噛む。


(ヘルムート様が困ってる……。どうしよう、どうしようー!)


 シェリルは自分がピンチなことも忘れて、大好きな王子様のことを心配した。

 小さな頭を最大限に(ひね)り、打開策を考える。けれど、ゴルネッサがシェリルのお腹をつんつんしてくるので、上手く思考がまとまらない。


 王子様はお腹を(つつ)かれているシェリルを見ながら、絞り出すように声を出す。


「条件をのむしかないのか……! シェリル嬢……!」


 冷たい風の吹く広場で、王子様が頭を抱えた。ただならぬ気配に、周囲にいたうろこ竜たちが集まり始めた。軽く二十人くらいはいる。


(こんな大勢の前でゴルネッサさんと結婚するなんて言ったら……)


 さっと血の気が引く。シェリルは王子様のことが大好きで、ずっと一緒にいたいと思っている。ゴルネッサになんて、絶対取られたくなかった。

 けれど、王子様は負けそうになっている。


「……分かった、ゴルネッサ。ぼくは……」

「駄目ー!」


 ゴルネッサの腕の中でじたばたと暴れながら、シェリルは絶叫した。


 嫌だ。こんなことで大好きな番との未来を失くすなんて。絶対、絶対、嫌だ!


 大きく息を吸い込む。そして、(たかぶ)る気持ちもそのままに、思いきり息を吐き出した。

 ゴオオ、とすごい音が出た。


「あわわ……?」


 音だけではなく何か出た。何かキラキラした意味不明のものが。シェリルは自分の口から出た妙なものにぎょっとして、目を丸くした。

 これは、もしかして。


「ひ、広場が凍ってますの! ま、まさか、あなた、氷のブレスを……?」


 ゴルネッサが真っ青になって震える。周囲に集まっていた竜たちもガタガタと震え始めた。もちろん、生まれて初めてブレスを吐いてしまったシェリルも、一緒になってぷるぷる震えていた。


 凍りついた広場で、竜たちが揃って震える。冷たい風が、そんな竜たちを笑うかのように、ぴゅうと吹き抜けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ