33:それから。「はるのはな」(2)
のんびりとした馬車の旅を終えて、キャロルとエディは伯父の屋敷へと戻ってきた。なんだかすごく懐かしい。
屋敷の中に入ると、伯父や伯母、パトリックが笑顔で迎えてくれた。
「おかえり。エディ、キャロル。元気そうだね」
「お腹すいたでしょう? お料理、たくさんあるからどんどん食べてね」
エディとキャロルは促されるまま、夕食の席に着く。もちろんキャロルは迷うことなくエディの膝の上に座った。
「キャロル、もう十六歳なのに、まだエディの膝の上が良いの?」
パトリックが呆れ顔でキャロルを見てくる。キャロルはこくこくと頷いて、小さな胸を張った。
「これくらい番なら当然なの! パパとママもやってるの!」
「え、そうなんだ……」
「私はエディと離れたら生きていけないもん。普通の番よりもくっついていないと駄目なのよ。ね、エディ?」
キャロルが満面の笑みでエディに抱き着いた。相変わらず、というか、より仲良くなった二人のやり取りに伯父たちはたじたじとなる。
「あ、そういえば」
なんとか気を取り直したパトリックが、エディに意味ありげな視線を送る。
「エディ、知ってた? 村に新しく王国騎士団の支部ができるって。地方を守る騎士を育てるための養成施設も併設するらしいよ」
「なにそれ?」
「エディとキャロル、有名になりすぎたんだよ。王都を救った英雄でしょ。このままこんな田舎で放っておいてもらえるわけないよね。その騎士団で、騎士をやってほしいっていう話も来てるみたいだよ」
「ええっ」
エディもキャロルも全く寝耳に水で驚く。パトリックはくすくす笑った。
「エディは優秀だって聞いてるよ。騎士になるべき人間だって。それにさ、キャロルもかっこいい騎士のエディ、見たいんじゃない?」
「見たいの! あのね、騎士服ってとってもかっこいいのよ? それを着たエディは絶対にかっこいいの!」
キャロルは騎士服を着たエディを想像して、うっとりとした。頬にもふもふの手を当てて目をきらきらさせているキャロルを見て、エディは照れ臭そうに頷いた。
「……キャロルがそう言うなら。騎士として、頑張ってみようかな」
「やったー!」
その後も団らんは続き、楽しい時間はすぐに過ぎていくのだった。
翌日、キャロルはエディに誘われてお出掛けをすることになった。
せっかくなので人化して、伯母にも協力してもらいおしゃれをする。可愛いブラウスやひらひらのスカートに、キャロルは大興奮した。
明るい桃色の髪の毛も綺麗に結ってもらって、気分はもうお姫様だ。薄く化粧も施してもらい、鏡を見る。
そこには、恋する十六歳の少女の姿が映っていた。
「キャロル、準備できた? そろそろ……」
「あ、エディ! おまたせなのー!」
部屋の入口に立っていたエディの胸に飛び込む。エディは可憐な少女を難なく抱き留め、くすくすと笑った。
「今日はまた一段と可愛いね、キャロル。もう、このまま誰にも見られないように閉じ込めておきたいな」
「ふふー。でもそれじゃあお出掛けできないのー」
「そうだね。じゃ、行こうか」
エディの大きな手が、キャロルの手を優しく握ってくれた。
二人は仲良く手を繋ぎ、屋敷をあとにする。
しばらく春の小道を歩き、森の中へと入っていく。若葉が繁る木々の隙間から、光のかけらが零れ落ちている。柔らかな土の感触が気持ち良い。細い木がいくつも並んだその先に、ぽっかりと広場のような空間が広がっていた。
「わあ! 綺麗なの!」
一面に、淡い色の花が咲いていた。自然にできた花畑らしい。包み込むような温かい風が、花びらを空に舞い上がらせる。
遠くには竜の山が見えた。どっしりとした大きな山の頂には、キャロルの父や母がいるはずだ。二人とも、元気にしているだろうか。
ふと隣を見ると、エディが蕩けるような甘い瞳でキャロルを見つめていた。
「ここ、俺のお気に入りの場所なんだ。春になってキャロルが山に帰った後、よくここで時間を潰してた。この花畑をキャロルに見せてあげたいなとか、今頃竜の山でキャロルは何をしてるのかなとか、考えてた」
「そうだったの……」
「学校で嫌な思いをしても、ここに来れば癒されたんだ。あの山を見て、キャロルのこと想って。冬が、いつも待ち遠しかった」
エディが不意に表情を改めた。真剣な顔になり、キャロルを正面から見据えてくる。
「キャロルに伝えなきゃいけないことがあるって言ったの、覚えてる?」
「うん、覚えてる。なあに?」
「……俺さ」
エディの顔が、ぶわっと赤くなった。視線を逸らしながら俯いて、困ったように唇を噛む。
けれど、意を決したように顔を上げた。
「ずっと、キャロルの番に嫉妬してた。キャロルのこと、誰にも取られたくないって思ってた。だから、俺がキャロルの番だって分かった時、本当に驚いて」
「うん」
「ずっとキャロルの傍にいられると思ったら嬉しくて、俺、こんなに幸せで良いのかなって思った。キャロルに番だって認めてもらえて、すごく安心して。……えっと、だから」
エディは必死に言葉を絞り出す。
「キャロル! 俺、キャロルのことが好き。大好き。愛してる。だから俺と、結婚してください!」
ばっとエディが頭を下げて、手を差し伸べてきた。その手はふるふると震えている。
キャロルは目を瞠った。
(そんなの、答えは決まってるの!)
差し伸べられた手を迷いなく握る。それから、満面の笑みを浮かべてエディに擦り寄った。
「私もエディが好き。大好き。愛してる。私はエディと結婚するのー!」
「……キャロル」
エディがふわりと笑顔を見せた。そっと、キャロルの頬に指を滑らせてくる。
熱い吐息が頬に触れ、キャロルは目を閉じた。すると、熱を持った甘い唇が重ねられた。
青い空。舞い散る花びら。木漏れ日を思わせるような、落ち着いた優しい香り。
キャロルは大好きな番に愛されて、これからも元気に生きていく。
甘いキスに力が抜けて、キャロルはエディに寄りかかってしまう。エディはキャロルをまだまだ蕩けさせたいようで、熱っぽい瞳で見つめてきた。
「……エディ。恥ずかしいから、今日はこれくらいにしてほしいの……」
「駄目。まだまだキスし足りない。あ、帰ったら竜になってくれる? いっぱいもふりたいから」
「あわわ、あの、あの!」
慌てふためくキャロルの耳元で、エディが甘く囁いた。
「俺はキャロルの番だからね。キャロルのこと、全力で溺愛するから覚悟して?」
本編は、ここまでです♪
読んでくださって、ありがとうございました!
少しでも、ほのぼの、あまあまな気持ちが届けられていたら良いなあ……♪
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本当に、ありがとうございました!
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嬉しい感想をいただいたので、シェリルと竜の王子様の番外編を書くことにしました。
引き続き、お楽しみください♪




