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32:それから。「はるのはな」(1)

 王都を襲った魔物はあまりにも強く、膨大で、人々は絶望するしかない状況だった。地方に出ていた王都の騎士が慌てて戻ってきたけれど、それでも討伐が追いつかないくらいの魔物が押し寄せてくる。


 泣き叫ぶ子ども。怪我をして動けなくなってしまった男の人。魔物の影に怯え、心を閉ざす女の人。


 このまま王都は終わりを迎えるのかと、誰もが不安に(さいな)まれていた。


 そんな中、突然。

 綺麗なキラキラが、街中に降り注いだ。


「……なに、これ……」


 人々が呆然と呟く。そこに、騎士のような格好をした黒髪の青年が、桃色の小さな生き物を抱っこして走ってきた。

 キラキラは、その小さな生き物の口から出ているようだった。


 真っ黒な魔物が、綺麗なキラキラに包まれて、あっという間に消えていく。




 人々は幻想的なその光景に、ただただ圧倒された――……。



 *



 ――それから、一年後。


 魔物に襲われ、凄惨(せいさん)な状態だった王都も、少しずつ元気を取り戻していた。

 キャロルは活気のある商店街をとたとたと歩く。小型犬くらいの大きさのもふもふ竜を見て、パン屋のおじさんが声を掛けてくれた。


「キャロルちゃん! どこに行くんだい?」

「お花屋さんに行くの。お花を買うのよー」

「そうかい。気を付けてな!」


 エディが(つがい)だと分かってから、キャロルはエディと一緒に、この王都で暮らしている。王都の街にもよくお出掛けしているので、随分(ずいぶん)と顔見知りも増えた。


「あ! キラキラブレスのキャロルちゃんだー!」


 五歳くらいの男の子が、キャロルを指さしてにこにこ笑った。キャロルはその男の子に向かって、ぶんぶんともふもふの手を振ってあげる。男の子は目を丸くした後、嬉しそうに手を振り返してくれた。


 キャロルはこの街ではちょっとした有名人。魔物を王都から追い払った英雄だと言われている。

 騎士学校に通う黒髪の青年と桃色の小さな竜の恋のお話は絵本にもなって、今、とても人気らしい。


 ちなみにこの絵本を作ったのはラス。いつも適当にへらへら笑っているくせに、悔しくなるくらい多才な奴だった。


「キャロルちゃんじゃないの。お菓子、食べていく?」

「ううん、今日は止めておくの。お花を買うのよー」


 ふくよかなお菓子屋さんのおばさんに、元気よく返事をするキャロル。


「お花……? ああ、今日は騎士学校の卒業式だったね。エディくんにあげるのかい?」

「そうなの! 愛を込めて、お花をあげるのよー」


 キャロルは得意げに胸を張った。


 今日、エディは騎士学校を卒業する。キャロルはそのお祝いに、花を贈る予定だ。

 卒業生に花を渡しながら告白すると両想いになれる、なんて噂があると知ってしまったら、じっとしてなんかいられなかった。


 ラスに「もう両想いじゃん」と笑われたけれど、これはこれ、それはそれだ。

 大好きな気持ちは何度だって伝えたい。


 お花屋さんまで辿り着くと、キャロルは大きな声で言った。


「お花、くださいなのー」

「あら、キャロルちゃん!」


 お花屋さんのお姉さんが、空色のエプロンを(ひるがえ)して振り返った。キャロルはきょろきょろとお店の中を見て回る。そして、一番綺麗な白い花を指した。


「これ、くださいなの。エディにあげるのよー」

「騎士学校の卒業式だものね。ふふ、良い花を選んだわね。この花、『竜の心』っていう花なのよ」

「そうなの? ぴったりなのー!」


 キャロルは小さなリュックから財布を出して、花の代金を渡す。お姉さんは綺麗なリボンを結んだ花をキャロルに渡してくれた。


「ありがとうなのー」


 キャロルは花を大事に持って、とたとたと街を走った。急いで騎士学校へと向かう。

 学校に辿り着く頃、ちょうど卒業式が終わったようで、卒業生が会場から次々と出てきていた。


「あ、キャロルちゃん」

「エディならあっちにいたよ」

「キャロルちゃんともこれでお別れか。寂しいなあ」


 卒業生たちが、声を掛けてきてくれる。


 キャロルはこの一年、エディのいる騎士寮に置いてもらっていた。その間、この卒業生たちに何度も一緒に遊んでもらった。みんな、とても優しい人たちだった。

 キャロルは「ありがとう」の気持ちを込めて、もふもふの手を彼らに振る。


 灰色のざらざらした廊下を、はふはふ言いながら進む。そして、やっとエディの元に辿り着いた。


「エディ!」

「キャロル! ……ああ、良かった。このまま帰ってこないかと思った」

「もう! ちょっとお花屋さんまで行って来ただけなのに。エディは心配性だねー」


 エディがキャロルを抱き上げて、頭を優しく撫でてくれる。まるでおつかいが上手にできて偉いね、とでも言うように。

 これでもキャロルは一応、十六歳なのだけれど。


 エディはいつもキャロルを子ども扱いしている気がする。なんだか少し納得がいかない。

 十六歳といえば、結婚だってできる年齢なのに。


 キャロルは膨れっ面になりかけたけれど、優しい微笑みを浮かべるエディに負けた。

 ついつい釣られてへにゃりと笑ってしまう。


「あ、このお花、エディにあげるの。卒業、おめでとうなの!」

「ありがとう、キャロル」


 キャロルが差し出した花を、エディは笑顔で受け取ってくれた。あまりのかっこよさに、キャロルの呼吸が止まりそうになる。ドキドキする心臓と熱くなる頬に戸惑いながら、キャロルはエディに告白する。


「あ、あのね。私、エディのことが大好きです! これからもずっと、一緒にいてください!」

「俺もキャロルのことが大好きです。こちらこそ、ずっと一緒にいてください」


 間髪入れず、エディが答える。キャロルは瞳を輝かせて、エディに抱き着いた。


 キャロルとエディはこの後、伯父たちの待っている屋敷へと戻る。これからはその屋敷の近くに家を借りて、そこで一緒に暮らそうかという話になっていた。


 もちろん、この王都で暮らし続けることも考えた。騎士学校で優秀な成績をおさめ、騎士の試験にも合格していたエディを引き止める声は多かったから。このまま王都の騎士となって、キャロルと一緒に王都を守ってほしいといろんな人に頼まれてもいた。


 けれど、エディはそれを辞退した。理由は簡単。

 王都の騎士は忙しすぎて、キャロルと一緒にいる時間が少なくなってしまうから。


 竜のキャロルと同じくらい、番に対しての愛情が深いエディ。これからもいっぱい溺愛してもらえそうな感じがする。

 そんなエディが、ふと思いついたようにキャロルを見つめてくる。


「あ、そうだ、キャロル」

「なあに?」

「屋敷に帰ったら、俺、キャロルに伝えなきゃいけないことがある」

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