30:カウント、ゼロ。「つがい」(4)
キャロルのところに行くため、エディはすぐに旅立とうとした。けれど、それをラスが止める。
「気持ちはなんとなく分かるけど、今は魔物を倒さないと駄目だろ。老騎士さんにも話を通さないと」
「でも!」
「とりあえず、明日の朝になったら話をしてみよう。まあ、任せろって。俺が説得してやるからさ」
ラスがへらへら笑って、エディの肩を叩く。それからシェリルに色々と詳しい事情を聞きだし始めた。老騎士を説得するための情報を仕入れておきたいらしい。
エディはひとつため息をつくと、テントの中にごろりと横たわった。
そして、翌朝。
エディとラスは老騎士を説得しに行った。
魔物討伐から一旦抜けて、竜の集落に行きたいということ。竜のブレスは魔物に有効だということ。だから、竜を連れてくることさえできれば、魔物も一気に殲滅させることが可能だということ。
必死に二人で訴えた。
けれど、老騎士は険しい顔で首を振る。
「竜の集落に住むうろこ竜は、人嫌いで有名だ。どうやってその竜を連れてくるというんだ。お前たちはまだ若い。竜なんかと戦って、無駄死にさせるわけにはいかないんだ」
「そんな……」
エディは俯いて、唇を噛む。もう、許可なしで突っ走るしかないのか。
ところが、ラスが顎に手を当てて少し考え込んだ後、へらりと笑みを浮かべた。
「まあ、真面目な話は一旦置いておきましょうか。ここだけの話、エディがこんなことを言い出したのには、別の理由があるんですよ」
「別の理由?」
「はい。本当は、恋人を迎えに行きたいだけなんですよ」
老騎士がぽかんと口を開けてエディを見た。エディの頬が、一気に熱を持つ。
「本当なのか、エディ?」
「あ、いや、それは……」
間違ってはいないけれど。エディは目線を泳がせ、言葉に詰まった。そんなエディの隣で、ラスが満面の笑みで続ける。
「エディの恋人って、竜の女の子なんですけどね。その子、今、うろこ竜の王子に囚われているんです。塔に監禁されていて、毎日のようにエディの名を呼んでいるとか。エディのことを恋しがって、ついに、体調まで崩してしまったらしいのです!」
「なんと! そうか、エディ。お前、囚われのお姫様を救いに行くのだな!」
「え、そういう話でしたっけ……?」
なんだか、とんでもない話になっている気がする。
「うむうむ。それなら仕方がない。よし、ワシに任せろ。今すぐ上に許可をもらってきてやる。そして、すぐに出発しよう!」
「は、はい……」
老騎士はなぜか上機嫌で、上層部に許可をもらいに行ってしまった。唖然とするエディに、ラスが「良かったな」とへらへら笑った。
「エディの恋の話をすれば、いけると思ったんだよなー。あの老騎士さん、そういう話に弱いって聞いてたし」
「……ラス、お前、すごいな」
「お褒めにあずかり、光栄ですー」
こうしてエディは、ラスとシェリル、おまけに老騎士まで連れて、うろこ竜の集落へと向かうことになったのだった。
うろこ竜の集落に辿り着いた時、空はどんよりと暗く曇っていた。今にも雨が降りそうな感じの空模様に、舌打ちをしたくなってくる。
「エディ! こっち、こっちの塔なの!」
シェリルがとたとたと走って、エディたちを先導する。うろこ竜に見つかると面倒なことになりそうなので、建物の陰に隠れながら移動した。
「門番がいるな。倒すしかないか」
「でも、下手に騒いだらまずくないですか? こっちは戦えるの三人しかいないんですよ?」
「うーん」
老騎士とラスが険しい顔で唸る。エディは塔をじっと見上げ、どこか侵入できるところはないかと隅々まで観察していた。
塔の上の方にある小さな窓が目に入った。でも、人間が通り抜けるのは厳しいかと小さく首を振る。
その時、濃い灰色の雲の隙間から、眩しい太陽の光が射した。塔の上を見上げていたエディは、強い光に目を細める。
「あ……」
先程まで見ていた小さな窓に、桃色の毛玉が現れた。その毛玉は風に吹かれ、柔らかな毛をなびかせている。背中には紺色の布を背負っているようだ。
「キャロル!」
エディは我を忘れて駆けだした。窓の真下まで来ると、もう一度、大きな声で呼ぶ。
「キャロル!」
「……エディ?」
塔の上から可愛らしい声が返ってくる。ずっと聞きたかった声。エディは胸の奥に小さな温もりが灯った気がした。その熱は狂おしいほど体中を駆け巡る。
けれど、大声を出したせいで門番の竜に気付かれてしまった。鋭い目つきをしたうろこ竜が、どしんどしんと重い足音を響かせてこちらにやって来る。
「エディ、ここは任せろ!」
老騎士とラスが、そのうろこ竜へと向かって行く。エディは二人の後ろ姿に感謝しつつ、キャロルに呼び掛けた。
「キャロル! 俺と一緒に逃げよう! ほら、下りてきな!」
キャロルはエディをじっと見つめていた。けれど、悲しそうな顔でふるふると首を振る。エディは奥歯をギリッと噛み締めた。
「なんで? どうして来てくれないんだ、キャロル……」
「こ、恐くて、下りられないの……。ごめんね、エディ……」
キャロルがぐすぐす泣き始めた。
その瞬間、遠い過去の思い出がエディの脳裏に甦る。
あれは、キャロル十歳、エディ十二歳の時のこと。村へ散歩に出かけたキャロルが迷子になった。必死に探し回って、ようやく見つけたキャロルは、木の上で今と同じように泣いていた。
ふっと笑みが零れる。エディはキャロルに向かって両手を広げた。
「俺が受け止めてあげるから。おいで」
キャロルがぴたりと泣き止んだ。その後すぐ、ふわりとその身が投げ出される。
あの幼い日の光景とかぶった。明るい桃色の小さな竜が、まっすぐにエディの元へと落ちてくる。
ぽすん、とエディの腕の中にキャロルの体が無事におさまった。
「エディ」
「キャロル」
小さな愛らしい竜が、エディにしがみついてきた。エディもぎゅっとその小さな体を抱き締めて、何度も何度も名前を呼ぶ。
鼻をくすぐる甘い香り。温かな体温。今、確かにここにある、命の重み。
エディが狂おしいほど会いたかった女の子は、毛がぼさぼさになっていた。もふもふの手の先には血が滲んでいる。あまりの痛々しさに、エディは眉を顰めてしまう。
でも、やっと。やっと、手に入れた。
もう離さない。――俺の、番。




