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3:あと5年。「であい」(3)

 その日は珍しくキャロルの体調が良かった。なので、お出掛けでもしようかと、従兄パトリックが提案してくれた。

 これにはキャロルも、双子の姉シェリルも、飛び上がって喜ぶ。


「村に行ってみたいー!」

「お菓子屋さんに行きたいー!」


 パトリックは、双子の小さな竜を二人同時に抱き上げて笑った。


「分かった。じゃあ村まで散歩することにしよう。シェリルもキャロルも、はぐれないように良い子にできるかな?」

「できるー!」


 二人揃って、もふもふの手を上げる。パトリックは素直な双子にうんうんと頷いて、ゆっくりと歩きだした。廊下を進んでいると、エディがぼんやりと(たたず)んでいるのが見える。

 キャロルは大好きなエディに会えたのが嬉しくて、目をきらきらと輝かせた。


 パトリックとエディの通っている学校が冬休みに入ったので、こうして屋敷内で彼に会うことも増えた。キャロルはそのたび興奮して、しっぽをぶんぶん振ってしまう。


「エディ! エディも一緒に村に行こうー!」


 パトリックの腕の中から、キャロルは大きな声で呼び掛ける。エディがきょとんとした顔で振り返った。無駄にはしゃぐキャロルの代わりに、パトリックが事情を話してくれる。

 すると、エディは黙って頷き、村まで同行してくれることとなった。


 大好きなエディ、双子の姉シェリル、そして従兄パトリック。みんなで仲良く村までお散歩。

 キャロルは楽しくて楽しくてたまらなかった。


 慌ただしい年の暮れという時期。村は新しい年を迎えるための準備をしているようだった。窓を磨いたり、壁を直したり、村の人はみんな忙しそうにしている。店に並ぶ新年用の飾りなど、キャロルにとっては新鮮なものもたくさん目に入ってくる。


 パトリックに抱っこされたまま、キャロルはきょろきょろと周りを見回して歓声をあげる。同じように抱っこされているシェリルも一緒になって歓声をあげていた。

 そんな賑やかな双子の竜に、村の子どもたちが気付いた。


「なにあれ、変な犬。しゃべってる!」

「桃色の毛だ。気持ち悪ーい!」


 キャロルはぽかんとしてしまう。今まで出会ったのは優しい人間ばかりで、こんな風に悪意ある言葉をぶつけられたのは初めてだった。何を言われたのか上手く理解できなくて首を傾げる。

 ところが、パトリックとシェリルはその悪意に対して、すぐに反応した。じろりと村の子どもたちを睨みつける。


 睨まれた子どもたちは気まずそうに後ずさったけれど、エディのことに気が付くと、また悪意を口にする。


「エディじゃないか。領主様に取り入った女の息子」

「卑しくて、汚い奴!」


 領主様、というのは伯父のことだ。取り入るというのはよく分からなかったけれど、卑しくて汚いというのは悪口だと分かる。キャロルは、エディが悪く言われたのだということに、少し間があってから気が付いた。


 エディは暗い顔をして、黙って地面を見つめていた。かっとキャロルの頭に血が上る。


「エディをいじめちゃ駄目なのー!」


 ぴょこんとパトリックの腕から飛び下りたキャロルは、子どもたちに精一杯の威嚇(いかく)をしてみせた。子どもたちは驚いて、散り散りに逃げていく。


「待つの! エディに謝るのー!」


 完全に頭に血が上ってしまったキャロルは、子どもたちの後を追って駆けだした。

 パトリックの焦る声が後方から聞こえてきたけれど、無視して走る。


 まあ悲しいことに、キャロルには体力が(ろく)になかったので、子どもたちに追いつくことはできなかった。そのくせ、パトリックたちとは見事にはぐれて、立派な迷子になってしまった。


「あれ? エディ? パトリック兄様? シェリル……?」


 どこを見回しても、知っている人はいない。それどころか、周りには家もなく、ただ細い道が遠くに伸びているだけだ。どうやら夢中になって走りすぎたせいで、村の外まで出てしまったらしい。


 キャロルは慌てた。パトリックに「はぐれないように」と言われていたというのに、約束を破ってしまった。


「と、とにかくみんなを探すの!」


 あわあわしながら、すぐ近くにあった木に登る。高いところから見れば、なんとかなると思って。

 でも、結果としては失敗だった。たいして何も見つからなかった上に、恐くて下りられなくなってしまった。


「うえええん!」


 キャロルは泣いた。泣くことしかできなかった。だんだん日が暮れてきて、夕日が空を赤く染め始める。それでも、キャロルはひたすら泣くだけだった。


 どれくらいそうして泣いていただろうか。涙も枯れてきた頃。


「……キャロル!」


 木の下にエディが現れた。キャロルは突然現れた救世主に目を丸くする。


「エディ! エディだー!」

「何してるんだ、そんなところで。ほら、下りてきな」


 エディはキャロルを見上げて声を掛けてくる。額にはうっすら汗をかいているようだ。キャロルのことを捜して走り回っていたのだろう。息も少しあがっている。

 そんなエディの元へ、キャロルも帰りたいのはやまやまだった。でも、やはり恐くて下りられない。足が(すく)み、微動だにできなかった。


「こ、恐くて下りられないの……。ごめんね、エディ……」


 キャロルはまたもぐすぐす泣き始めた。エディは泣いている小さな竜をみて困った顔をしていたけれど、ふと決意したように真面目な顔つきになる。


「俺が受け止めてあげるから。おいで」


 エディが両手を広げた。その青の瞳は、まっすぐにキャロルを捕らえている。


「でも、エディはもふもふ駄目だって……」

「良いから。ほら、キャロル!」


 遠慮するキャロルへ優しく呼び掛けてくれるその姿に、小さな胸の奥が熱くなった。キャロルは(なか)ば無意識に木の枝から飛び下りる。


 ぽすん、とエディの腕の中にキャロルの体が無事におさまった。


「うわ、軽い! しかも、めちゃくちゃふわふわしてる……」


 エディが呆然として呟いた。キャロルもキャロルで、呆然としてエディの顔を見上げた。

 初めて触れた大好きな人の温もり。木漏れ日を思わせるような、落ち着いた優しい香り。今まで知らなかった種類の、幸せな気持ち。

 ずっと、こうして、抱っこされていたい。


 でも、エディはアレルギー体質だ。キャロルは慌ててエディの腕から下りようとする。


「あ、キャロル、待って」

「え?」


 下りようとするキャロルを止め、エディはゆっくりとキャロルの頭を撫でた。


「……平気だ」

「え? え?」


 キャロルとエディはじっと見つめ合う。冬の冷たい風が、傍を吹き抜けた。


 エディがもふもふの竜に対してはアレルギー症状が出ないと分かった、記念すべき瞬間だった。

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