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29:カウント、ゼロ。「つがい」(3)

 時は少し(さかのぼ)る。

 王都にある騎士学校。エディやラスをはじめとした大勢の生徒たちが、訓練場に集められていた。


「みんなも知っていると思うが、この王都に魔物が出た。生憎(あいにく)、王都の騎士団は地方の魔物の討伐に出ている。今、王都に残っている騎士だけでは戦力が足りないかもしれない。……ということで、騎士学校の生徒にも、戦いに参加するようにと要請が来た」


 固い表情をした先生が、生徒ひとりひとりの顔を見回していく。エディはごくりと喉を鳴らした。


「ベテラン騎士に数名の生徒がついて、チームになって戦闘を行うことになる。良いか、決して無理はするな。ベテラン騎士の指示を聞き、勝手な行動は(つつし)むこと。命は、大切にしろ」


 先生は、生徒たちを戦場になんて出したくないのだろう。まだまだ未熟な若者たちを危険な場所に送り出さなければならないことに、苦悩しているようだ。


「必ずみんな、生きて、無事に帰ってこい。良いな!」

「はい!」


 若者たちは真剣な顔で返事をする。もちろんエディも大きく声を張り上げた。


 魔物。人間を襲う、真っ黒な怪物。

 まだ話に聞くだけで、実際に目にしたことはない。エディの力がどれだけ通用するのか、全然見当もつかなかった。


 魔物から人々を守って散っていった父親のことを思い出す。優しく、強い騎士だった。大きな節くれ立った手のひらが、脳裏に(よみがえ)る。エディの手は、まだあの大きな手には到底及ばないけれど。一人でも、多くの命を守りたい。


 エディはラスと一緒に、白髪の老騎士につくことになった。年老いてはいても、鋭い目つきをしていて、覇気のある人だった。こういう人が、これまでこの国を守ってきてくれたのだと思うと、背筋が伸びる気がした。


 エディとラスは老騎士の指示に従い、戦場に出た。そこには真っ黒にうごめく怪物がいて、無力な街の人間に襲い掛かろうとしていた。


 無我夢中で剣を振るった。初めて持った銀に輝く剣は重く、怪物を斬るたび、鈍い感覚が手に伝わってくる。何度斬ってもなかなか倒れない怪物に、徐々に恐怖が湧き起こってきた。


 それでも、と歯を食いしばってエディは耐えた。そっと胸元のポケットに手を当てて、短く息を吐く。そこには、キャロルの白いレースのリボンを入れていた。


「キャロル」


 明るい桃色の可愛らしい竜。いつまで経っても小さな子どもみたいに無邪気で、エディにべったりだった女の子。

 (つがい)が見つかった、とパトリックからの手紙で知った。きっと今頃、キャロルは番と一緒に幸せに暮らしているのだと思う。


 キャロルが笑顔でいてくれるなら。キャロルが幸せでいてくれるなら。

 それだけで良いと思っていた。


 それなのに。


 真っ黒な怪物を、力任せに叩き斬る。また、鈍い感覚。


 悔しい。番なんかより、自分の方がキャロルのことをよく知っているというのに。

 番なんかより、自分の方がキャロルのことを愛しているというのに。


「キャロル、会いたい」


 別れの時、「待ってる」と言ったエディに、キャロルは頷いてくれた。でも、もう、会えないのだろう。


 本当に、悔しい。




 魔物の数は多かった。どんなに頑張っても、少しずつ押されてくる。


 急ごしらえの簡易テントで、つかの間の休憩をとる。エディもラスも疲れ果てて、テントの中でぐったりと横たわっていた。

 魔物が傍にいるような気がして落ち着かず、眠りたいのに全く眠れない。

 疲労は日を増すごとに膨れ上がっていくようだった。


 そんなエディとラスのテントに、突如、珍客が現れた。珍客は勢いよく飛び込んできて、エディの胸にはりつく。「うわっ」とエディとラスの声が揃った。


 よく見てみると、それは桃色の毛玉だった。


 いや、これはものすごく、心臓に悪い。ラスがまじまじと毛玉を見つめる。


「え? は? キャロルちゃん?」

「……違う、この子はシェリルだよ」


 エディは胸にはりついてきた小さな竜を、そっと引き()がす。すると、涙で顔をべしょべしょにしたシェリルの顔が(あら)わになった。口をへの字にしてぷるぷるしている小さな竜は、震える声を出す。


「……エディ。ごめんなさい」

「どうしたの、シェリル。何があった?」

「……私が、全部、悪いの」


 エディはわけが分からず、首を傾げてしまう。


 シェリルは自分のリュックから、小さな巾着袋を取り出した。そして、その袋の中からうずらの卵くらいの大きさの石を摘まみ出す。

 その石は、ピンク色に輝いていた。エディははっとして息を呑む。


「これは、竜石?」

「うん。これ、持ってみて、エディ」

「……分かった」


 いつか見た、キャロルの竜石とそっくりなその石を、エディは手のひらに乗せた。

 すると、竜石は手のひらの上で、鮮やかな真紅へとその色を変えていく。


「シェリル、どういうこと?」


 赤く輝く竜石を見つめ、エディはシェリルに尋ねた。シェリルはぐすぐす泣きながら、涙声で話し始める。


「これが本当のキャロルの竜石。キャロルの持っていた竜石は私のものなの」

「……は?」

「私とキャロルは双子で、一緒に生まれてきた。竜石もとってもよく似てた。だから、ママはどちらがどちらの竜石なのかを間違えないように、巾着袋に入れて管理しようと思ったらしいんだけど」


 シェリルの竜石を誤ってキャロルの袋に。キャロルの竜石を誤ってシェリルの袋に入れてしまった。もちろん、入れた母本人も間違いに気付いていなければ、シェリルとキャロルも気付かなかった。


「竜石が入れ替わってるんじゃないかって疑いを持ったのは、十二歳の時。偶然、巾着袋の中を見たら、竜石がピンクになってたの。だから、もしかしてって……」


 その時、シェリルは番に出逢った覚えなどまるでなかった。だから、ピンクに光る竜石がキャロルのものかもしれないと思ったという。


 でも、もし本当にピンクの竜石がキャロルのものだとしたら。これをエディに触れさせて、真紅に染まってしまったら。キャロルの番がエディだと、確定してしまったら。

 大切な妹が、エディに取られてしまう。


 キャロルと離れ離れになるのは嫌だった。十二歳のシェリルには、まだそんな覚悟はできなかった。

 シェリルは自分の手元にある竜石がキャロルのものかもしれないという疑惑を、一人で抱え込むことにした。


「もっと早く、本当のことを言うつもりだったの。でも、どのタイミングで言って良いのか、よく分からなくて」


 シェリルは涙をぐいっと拭う。


「私ね、キャロルの持っていた竜石が真紅に光った時、後悔した。だって、その竜の王子様のこと、一目で好きになっちゃったから。……だからこそ、もう、キャロルにどう話したら良いのか、分からなくなって。本当のこと、言えなくなっちゃって」


 竜の王子のことを好きになってしまったシェリルは、竜石が入れ替わっていると確信してしまった。それなのに、キャロルに嫌われるのが恐くて、どうしても言い出せなかった。


 でも、黙っているのもそろそろ限界になってきた。番である竜の王子と会いたくて会いたくてたまらなくなってきたから。だから、怒られるのも嫌われるのも覚悟して、ここに来た。


「この竜石は、キャロルのものなの。そして、キャロルの竜石を真紅に染めたエディは、キャロルの番なのよ」

「……そう、か」


 手の中の赤い竜石を、エディはぐっと握り締めた。なんと言ったら良いのか、分からない。


 ただ、今すぐキャロルの顔を見たくなった。

 あの、無邪気な笑顔に会いたい。


「……キャロルに、会いに行こう」

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