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28:カウント、ゼロ。「つがい」(2)

「王都へ行きたい? ……駄目だ」


 でっぷりとしたお腹を揺らして、うろこ竜の王様が首を振った。キャロルはぴょんと大きなお腹にぶら下がって、必死にお願いをする。


「王都にはエディがいるの! 魔物に襲われたら大変だよ、怪我しちゃうよ! 私が守りに行くのー!」

「キャロル嬢。君のような小さな竜に何ができる? しかも、熱を出してふらふらしているというのに」

「大丈夫なの! ブレスでやっつけるの! 熱だってへっちゃらだもん!」


 キャロルは一生懸命訴えた。けれど、王様は首を縦に振ってくれない。


「キャロル嬢に何かあっては困る。我が息子ヘルムートだって、そんなことは望まないだろう」

「でも、私はエディを助けに行きたいの!」

「……駄目と言ったら駄目なんだ。話は終わり。ヘルムートの元へ帰りなさい」


 王様が軽く手を振ると、さっと侍女が寄ってきて、王様のお腹からキャロルを引き()がした。そして、お城から追い出され、あっけなく塔へと戻される。


「嫌なの! 王都へ行くのー!」


 ばたばた暴れるキャロルを逃がさないよう、門番や侍女が外から鍵をかけてしまった。ガチャリと無機質な音が響き、部屋の中には眠る王子とキャロルだけになる。


 キャロルはちらりと王子に目を遣った。王子は初めて会った時と何も変わらず、規則正しい呼吸音を奏で続けている。もう一年ほどは眠ったままのはずだけれど、うろこはつやつやで、やっぱり美しい顔をしていた。


 王子の胸元には、キャロルが持ってきた竜石が赤く輝いている。キャロルはその赤い輝きから目を逸らした。


(どうして眠ったままの王子様が、私の(つがい)なの……?)


 王子様のことは、美しいし綺麗だから、嫌いではない。でも、好きというわけでもない。

 キャロルが好きなのはエディだけだ。番と出逢った今でも、その気持ちは変わらない。


 エディに会いたい。エディに撫でてもらいたい。抱っこもしてもらいたいし、たくさんおしゃべりもしたい。


「エディ……」


 くらりと眩暈(めまい)がして、キャロルはふらふらと床に倒れ込んだ。冷たい石の床の上に、ころりと転がる小さな体。

 起き上がる気力もなく、キャロルは意識を手放した。




 それからというもの、何日もキャロルは寝込んだ。

 (ろく)に食べることもしないため、その小さな体はどんどん衰弱していく。侍女はとても心配して、いろいろと世話を焼いてくれていた。


「キャロルお嬢様、甘い果物ですよ。食べさせてあげますね、はい、あーん」

「……いらないの」

「ひ、一口だけでも!」

「……いらないの」


 キャロルはふるふると力なく首を振って、エディのシャツにくるまった。目を(つむ)り、すぐにうとうと眠り始める。


「キャロルお嬢様……」


 侍女は大きな体をくるりと丸め、しょんぼりと部屋を出ていく。


 キャロルの体は、毛玉だらけになっていた。可愛らしい小さな羽もぼさぼさだ。ぴんと元気に立っていた耳も、今はくたりと倒れてしまっている。目元には涙やけの跡が残っていた。


 塔の中の部屋は、眠る竜が二人、寝息を響かせるだけの場所となる。

 時々降る雨の音がまじるだけの、静かな静かな部屋だった。




 夢と現実を行ったり来たりしながら、キャロルは考えていた。どうやったら、エディの元に行くことができるのか。


 すぐ傍の壁に触ってみる。ひんやりとした石の感触がした。四角い形の石をいくつも積み重ねて作られているらしく、でこぼことした壁面だった。


 部屋の天井は高く、上の方に明かり取りだろうか、小さな窓がある。

 キャロルの小さな体なら、なんとか通り抜けられそうなくらいの窓だ。もしかしたら、あそこから脱出できるかもしれない。


(エディに会うためだもん! 私、頑張る!)


 キャロルはエディのシャツを自分の体にくくりつけて、壁にもふもふの手をかけた。姉シェリルのように羽で飛ぶことさえできれば良かったのだけれど、キャロルにはまだまだ無理だった。飛べない小さな竜は、地道に壁を登るしかない。


 ぼさぼさの体は重たくて、思うように動いてはくれない。キャロルは何度も落っこちた。ころころと床の上を転がっては、また立ち上がり、壁に手をかける。


 窓までは、とても遠かった。半分くらいの高さまでくると、手がしびれてくる。足も言うことを聞いてくれなくなった。視界は(にじ)み、息が荒くなる。


 何度目かの挑戦の後、とうとう起き上がることすらできなくなって、キャロルはそのまま意識を飛ばした。




「キャロルお嬢様! ああ、良かった……!」


 目覚めると、キャロルは侍女の腕の中にいた。涙目で見下ろす侍女の顔が思ったより近くて仰天する。


「侍女さん……?」

「また倒れていらっしゃったのですよ。どこか痛いところはございませんか?」

「……大丈夫、なの」


 本当は腕も背中も痛かった。でも、それを言ってしまうと、キャロルが脱出しようとしていることが露見(ろけん)してしまう。だから、言えなかった。


 キャロルは侍女や門番に見つからないよう、その後も彼女らがいない時にひたすら壁に挑んだ。

 体調はどんどん悪化していく。それでも、キャロルは諦めなかった。


 ただ、早くエディに会いたかった。


 エディが溺愛してくれるのは、番が見つかるまで。そういう約束だった。番の代わりに溺愛するのだと、いつも言ってくれていた。


 だから、番が見つかってしまった今。

 会いに行っても、エディはもう溺愛なんてしてくれないかもしれない。番に溺愛してもらえば良いと、突き放されるかもしれない。


 キャロルではない、他の誰かを好きになって、キャロルになんてもう興味がなくなっているかもしれない。

 エディは人間だ。竜と違って、自由に恋愛ができる。


 でも、それでもかまわない、とキャロルは壁に挑む。


 溺愛してくれるから、エディのことが好きなわけじゃない。たとえエディがキャロルのことを何とも思っていなくても、キャロルはエディが好きだった。


 初めて会ったあの時からずっと。

 優しそうな雰囲気に。落ち着いた香りに。温かな言葉に。

 エディが生み出す全てのものに。キャロルは心惹かれ続けているから。


(あと、少しなの……)


 もふもふの手で必死に石の壁を掴み、登り続ける。体にくくりつけたエディのシャツはとても重かったけれど、絶対に手放したくなかったので、死にものぐるいで頑張った。


 とうとう、小さな窓に手が届いた。眩しい光に、キャロルは思わず目を(つむ)る。窓から入る風が、キャロルの明るい桃色の毛を、ふわりと踊らせていった。


 手の爪は割れて、血が(にじ)んでいた。足もギシギシと悲鳴をあげている。

 それでも、キャロルは微笑んだ。


 ――さあ、大好きなエディに、会いに行こう。

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