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26:あと1年。「ひみつ」(5)

 うろこ竜の王様は、堂々とした態度でもふもふ親子を迎えてくれた。集落に着いた時に会った偉そうなうろこ竜とは違って、温和な感じの王様だった。


「結局、(つがい)は見つからなかったのだな」

「はい。長らくお世話になりました。本日、出立しようと思っております」


 王様と父が話すのを、キャロルとシェリルはぴったりとくっついて眺めた。王様よりも父の方が立派で凛々しいと、双子は思う。王様はでっぷりと丸くて、ころころしていたから。


「そういえば、私の息子であるヘルムートには会ったかな?」

「いえ。ヘルムート王子とはお会いする機会がなくて」

「そうだったか。ヘルムートもまだ番がいなくてな。どうせなら一度、会っておかないか?」


 キャロルとシェリルは顔を見合わせて、目をぱちぱちさせた。王子もでっぷりでころころなのだろうか。ちょっと興味がある。

 せっかくなので、王子に会ってから旅立つことに決めた。


「王子は今、あの一番高い塔にいる。わけあって、王子の竜石は行方知れずになっているんだが……まあ、その娘の竜石があれば番かどうかは分かるだろう」


 王様はそう言って、大きなお腹を揺らして笑った。


 言われた通り、一番高い石造りの塔に向かう。三階建ての建物くらいの高さがあるその塔は、近くで見ると圧迫感がすごい。

 門番のうろこ竜にぺこりとお辞儀をして、案内役の竜と一緒に塔の中に入る。入るとすぐに、ひんやりとした石の階段が見えた。らせん状に続くその階段を、親子はゆっくりと登っていく。


「こちらに王子がいらっしゃいます」


 案内をしてくれた竜がそう告げて、ささっと下がった。豪華な装飾のついた扉が目の前にある。父が扉をノックして、ゆっくりと開けた。


 そこには大きなベッドが置いてあった。肌触りの良さそうな真っ白なシーツの上で、つやつやなうろこ竜がひとり、静かに眠っているのが見える。規則正しいリズムを刻んで呼吸をする音が聞こえてきた。


「……この竜が、王子様?」


 王様と違って、スマートな体型をした竜だった。キャロルはとたとた歩いて、眠る王子の顔を覗き込んだ。

 この集落で見たどのうろこ竜よりも凛々しい顔をしている。うろこ竜の美醜なんて正直よく分からないキャロルにも、なんとなくこの竜は美しいんだろうなと思えた。

 でも、なんでこの王子、寝ているのだろう。


 父も同じことを考えたようで、案内役のうろこ竜に尋ねる。


「なぜ王子はこんな時間から眠っていらっしゃるのですか? 体の具合でも悪いのですか?」

「……いえ、実は春頃からずっと眠ったままでして」


 王子が眠りについた原因は不明だという。番がいれば生命力が高まって目を覚ますことができるかもしれないけれど、その番がどこにいるのか分からない。今、王子の竜石は行方知れずになっているらしく、番を探すことすら不可能。どうするべきかと、王様も頭を悩ませているのだそうだ。


 キャロルは竜石と聞いて、慌ててリュックを探った。一応、自分の竜石を確認しておかなければ。

 巾着袋から竜石を取り出す。そして、はっと目を(みは)った。


「……色、が」


 ずっと透明だった竜石が、淡くピンク色に光っていた。


「……番さん、なの?」


 キャロルの手から、竜石が滑り落ちた。石の床に転がった竜石は、ピンク色の光を零し続ける。


 竜石は番と出逢うと色が変わる。番を一目見ただけでピンク色に染まり、その番が竜石に触れると、真紅に染まる。


 父が床に転がる竜石を拾って、眠る王子の手に触れさせた。


「……やっぱり、そうか」


 ピンク色の竜石が王子に触れた途端、真紅に染まった。


 キャロルはぺたんとその場に座り込んだ。頭の中でいろんなことがぐるぐる巡る。

 とうとう見つかった番。キャロルの命を延ばしてくれる、大切な存在。運命の相手。


 竜は生涯一人の相手しか愛せない。番に出逢った竜は、他の誰も見えなくなるくらいその番を愛してしまう。

 キャロルは、この竜の王子を、愛してしまうのか。


(エディ)


 キャロルは心の中で、そう呟いた。

 大丈夫、まだ番に心を奪われてはいない。キャロルの一番大事な人は、まだ、エディのままだ。少しだけ安心する。


 キャロルの心はエディのもの。エディだけにあげる。


 もふもふの手を祈るように合わせ、ベッドの上の王子を見つめる。王子はそんなキャロルに気付くわけもなく、ただ規則正しい呼吸音を奏でるだけだった。




 王子の番だと判明したキャロルは、そのまま王子と一緒に塔で暮らすことになった。

 父とシェリルが猛反対したけれど、竜の王の命令で強制的にそうなってしまった。


「キャロル、ごめんね……」


 シェリルが涙をぼろぼろ零しながら、キャロルを抱き締めた。うろこ竜ともふもふ竜は仲が悪いので、父とシェリルがここに長くいるのは許してもらえない。キャロルがひとり、このうろこ竜の集落に置いていかれることになる。


 生まれてからずっと一緒にいたシェリル。そんな双子の姉を、キャロルもぎゅっと抱き締め返す。


「シェリル、泣かないで。これで私も長生きできるの。嬉しいことなのよ?」


 キャロルは泣き続けるシェリルの背中をぽんぽんする。いつもはキャロルの方がぽんぽんされているので、少し妙な感じがした。


「じゃあキャロル。……元気でな」


 父が泣いているシェリルを抱き上げて、ばさりと羽を広げた。キャロルはこくりと頷くと、元気いっぱいにもふもふの手を振った。シェリルがきゅーん、と鳴き声を上げる。


 どんよりと濃い灰色の雲が広がる空に、真っ白な竜が消えていく。その白い影が見えなくなるまで、キャロルはもふもふの手を振り続けた。


「さあ、キャロルお嬢様。王子の元へまいりましょう」


 侍女だといううろこ竜のお姉さんが、キャロルに声を掛けてきた。キャロルよりもずっと大きな体をしているその侍女は、軽々とキャロルの体を抱き上げる。


 王子の眠る部屋の隅には、キャロルの小さな寝床が作られていた。使い慣れた枕やクッションが置いてある。もちろん、濃紺色のエディのシャツもそこにあった。

 侍女はキャロルをクッションの上に下ろす。そして、エディのシャツをつまみあげた。


「このシャツ、随分(ずいぶん)と毛だらけになっていますね。洗いましょうか」


 まるで汚いものであるかのような扱いに、キャロルは不機嫌になる。


「大丈夫なの。返してほしいの」

「……分かりました」


 呆れたため息とともに、侍女はエディのシャツを返した。キャロルはエディのシャツをぎゅっと抱き締めて、そこに顔を(うず)める。

 エディの優しい香りは、日が経つごとに薄れていく。それでもまだ、(かす)かに香りは残っていた。洗われてしまったら、その残った香りも完全に消えてしまうだろう。


 キャロルはエディのシャツを握り締めたまま、クッションの上に丸くなる。

 孤独な日々の始まりだった。

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