25:あと1年。「ひみつ」(4)
うろこ竜の集落は、人間が遠い昔に作りあげた遺跡の中にあった。
石でできた建物がいくつも集まっていて、そこにうろこ竜は住んでいる。
ぐるりと集落を囲む灰色の石の壁。水が湧き出す小さな泉。集落の真ん中には大きなお城のようなものが建っていて、その隣の高くそびえる塔がキャロルたちを見下ろしていた。
「来たな、もふもふ竜よ」
偉そうな感じのうろこ竜が、キャロルたちを迎えた。ギョロギョロした目が恐い。固そうな鱗は日の光を浴びて、ギラギラと光っている。牙も大きく、爪も見るからに鋭い。しっぽもしゅっと長くて、ぴしっぴしっと素早く動く。
同じ竜だとは思えなかった。父が言っていた通り、羽の形も全然違う。これはもう別の生き物じゃないか、と双子は怯えた。
「番探しが終わったら、すぐに帰るように。我らの王は心優しい竜であるから今回は特別に許したが、うろこ竜ともふもふ竜の間には深く険しい溝があるのだ。馴れ合うわけにはいかぬ」
「分かっています。……ほら、シェリル、キャロル。さっそく番探しをしよう!」
父はキャロルの竜石をリュックから取り出すと、キャロルの手にしっかりと握らせた。透明な竜石をもふもふの手でぎゅっと握って、キャロルは歩きだす。
うろこ竜の体はキャロルよりもずっと大きかった。父よりも大きい竜が多い。踏み潰されないように、シェリルとぴったりくっつきながら集落の中を歩く。
「あ、キャロル。石でできた人形があるよ」
「え? あ、本当だー」
集落には石像がいくつも並んでいた。人の形をしているものもあれば、うろこ竜の形をしたものもある。人と竜が仲良く並び立っているものもあった。
この遺跡はきっと、昔は人と竜が共に暮らす場所だったのだろう。今はなぜか竜しかいないようだけど。
奥の方には石でできた立派な祭壇があった。キャロルとシェリルは「番さんに会えますように」と祈りを捧げた。
集落はとても広く、一日で回りきれる広さではなかった。なので、キャロルたちは小さな石造りの家を借り、そこに泊めてさせてもらうことにした。ここに拠点を置いて、しばらくの間番探しに勤しむことにする。
夜になって、親子は話し合いを始めた。
「キャロル。体の調子はどうだい?」
「うん、元気なの。でも、たくさん歩いたから、ちょっと疲れたの」
「そうか。じゃあ今日はゆっくり眠らないとね。竜石に何か反応はあった?」
「なかったの」
キャロルは父に竜石を見せる。相変わらず透明なまま何の色もない竜石に、父はがっくりと肩を落とした。
シェリルがそんな父にぴったりくっついて励ます。
「まだまだ始まったばかりでしょ。番が見つかっていないうろこ竜さんはいっぱいいるみたいだし、これからだよー」
「うん……そうだな。シェリルの言う通りだ」
父は大きく頷くと、気を取り直して寝床を整え始めた。シェリルは鼻歌を歌いながら、荷物の中からあれこれ取り出す。
枕やクッション、着替えに毛布。慣れ親しんだものが広げられ、小さな家はどんどん落ち着ける空間へと変わっていく。
「あ! これ!」
キャロルはぴんと耳を立てて、一枚の着替えに飛びついた。濃紺色のシャツだ。父のものではない。もちろんシェリルのものでもなければ、キャロルのものでもない。
「これ、エディの服なのー!」
キャロルはエディのシャツをぎゅっと抱き締めて、しっぽをぶんぶん振った。エディの優しい香りがして、キャロルの顔がふにゃりと緩む。
「あれ、本当だ。間違って持ってきちゃったかな。エディくんに悪いことをした」
しっぽを振って喜ぶキャロルの後ろに、困り顔の父が立つ。そんな父を、つんつんとシェリルが突いた。
「パパ、間違いじゃないの。実は、エディに頼んで貸してもらったの」
「えっ?」
父とキャロルが同時に声をあげて、シェリルを振り返る。シェリルは小さな胸を張り、得意げな顔でふふんと笑った。
「エディは喜んで貸してくれたの。代わりにキャロルのリボンを置いてきたから、問題はないのよ!」
「え、リボン?」
キャロルが慌てて自分の荷物を確認してみると、確かに白いレースのリボンがひとつ、なくなっていた。シェリルはもふもふの手を腰に当て、えっへんと胸を反らす。
「エディの服があれば、少しは寂しさが紛れるでしょ? それ、キャロルが自由に使って良いからね」
「本当? やったー!」
エディのシャツにくるまって、キャロルは部屋をころころ転がった。まるでエディに抱っこしてもらっているみたいだ。優しい香りと柔らかい感触に、心がふんわりとしてくる。
にこにこと満面の笑みを浮かべてはしゃぐキャロルに、父とシェリルが顔を見合わせてくすくすと笑った。
うろこ竜の集落での番探し。しっかり頑張ろうと、キャロルは改めて決意するのだった。
うろこ竜の集落のある地方は、どうやら雨が多いらしい。翌日は朝からどんよりとした雲が広がり、昼頃からはざあざあと土砂降りの雨が降ってきた。
うろこ竜は雨に濡れても平気なようで、ぷるぷると身を震わせて雨粒を落とす。キャロルたちもふもふ竜にはできない芸当だ。
「どうする? 雨の中、番探しする?」
シェリルが心配そうにキャロルに尋ねてきた。外は大きな水たまりができていて、雨が落ちるたびにぴちゃんぴちゃんと音がする。無理に外出して濡れたりしたら、体の弱いキャロルはきっと熱を出して寝込んでしまうだろう。
透明な竜石を両手で大事に包み込み、戸口に立って空を見上げる。雨は止みそうにない。キャロルの鼻先に、冷たい雫が一粒、落っこちてきた。
「今日はもう止めておくの。また倒れたら大変だから」
「……分かった。じゃあ今日はもうゆっくり休むのよ、キャロル」
お姉さんぶって、シェリルがぽふぽふとクッションを叩く。ここで寝なさいと言うことだろう。キャロルはまだ眠くはなかったけれど、シェリルに従ってクッションの上に丸くなった。
シェリルが毛布の代わりに、エディのシャツをかけてくれる。
「ふふー。エディの匂いなのー」
エディのシャツを頬に擦り付けて、にこにことキャロルは笑う。キャロルの明るい桃色の毛が、たくさん濃紺のシャツにくっついた。むふーと大きく息をして、ゆっくりと目を閉じる。
(エディに会いたいな……)
番探しなんてさっさと終わらせて、早くエディに会いに行きたかった。シャツを貸してくれてありがとうと言って、お礼のキスを贈りたかった。
キャロルは心地良い雨音に耳を澄ませながら、眠りに落ちていく。
雨の降る日はそんな風に家で過ごし、晴れた日に番探しを頑張った。そうして、うろこ竜の集落を一通り巡り終えたのは、約二週間後のこと。
番はやはり見つからなかった。もふもふ親子はしょんぼりしながら荷物をまとめ、お城にいる竜の王にお別れの挨拶をしに行く。
ところが。
このお城で、事態は急展開を迎えることになる。




