22:あと1年。「ひみつ」(1)
また春が来て、竜の山に戻ったキャロル。待っていたのは厳しい現実だった。
いつものように、母やシェリルと春のお散歩を楽しんでいた時のこと。急な眩暈に襲われ、キャロルは倒れた。ベッドから起き上がれなくなり、横になっていても時々苦しくなって、吐き気がするようになる。
「……かなり弱っています。このままでは、この子はあと半年も持たないでしょう」
キャロルを診てくれたお医者さんが、力なく首を振る。父が焦ったようにお医者さんに掴みかかった。
「そんな! あと一年は猶予があるはずじゃ……」
「思ったよりも衰弱するのが早いのです。この状態のキャロルちゃんが生き延びるためには、やっぱり番に頼るしかないと思います」
番に会って、生命力を高めてもらうこと。家族からどんなに溺愛されても、それは焼け石に水なのだと、お医者さんは言う。
父も、母も、シェリルも、ショックを隠し切れない。
キャロルはぼんやりとした頭で、天井を見つめていた。お腹の中がぐるぐるしていて気持ちが悪い。起き上がろうとすると、天と地が逆さまになるような感覚に陥り、すぐに力が抜けてしまう。
苦しかった。このまま永遠に眠ってしまえば、楽になれるのだろうか。
でも。
大好きなエディに会えなくなると思うと恐かった。もう二度と撫でてもらえないと思うと、胸の奥が引きちぎられるように痛んだ。
だから、キャロルは小さな声で囁く。
「……番さんを、探すの。私、まだ、生きていたいの」
番と出逢ってしまったら、エディのことを忘れて、番のことばかり考えるようになるかもしれない。正直に言うと、それが恐い。今だって、本当は番なんてどうでも良いと思っている。
だけど、生きるために必要だというのなら。
運命の恋人だとか、最愛の伴侶だとか。竜にとっての番とはそういうものなんだって、そんなことは知っている。知っているけれど、それでも、キャロルは誓う。
番に求めるのは、生命力を高めてもらうことだけ。
キャロルの心はエディのもの。他の誰にも、あげたりしない。
「……番さんに、会うの。……生きるの」
朦朧とする意識の中、キャロルは生にしがみつく。
夏が来て、父がキャロルに言った。
「実は、南の方に、うろこ竜の集落があるんだ。そこの集落の竜は、まだ番が見つかっていないものが多いと聞いている。一度、行ってみないか?」
「……うろこ竜、さん?」
「そう。パパやシェリル、キャロルみたいにもふもふじゃない竜だよ。冷たくて固いつやつやな鱗に全身が覆われていてね。背中の羽もまるで蝙蝠みたいなんだ。その昔、もふもふとつやつや、どちらが素晴らしいかで争いがあってね。それ以来、仲が悪くて交流もなかったんだけど」
キャロルの命を救いたくて、父はそのうろこ竜に番探しをさせてくれと頼み込んだらしい。うろこ竜はかなり渋ったようだけれど、必死の懇願に「一度だけなら」と許可してくれたという。
「キャロルの具合が良くないということは分かっている。でも、頑張ってほしい。最初で最後のチャンスだと思うから」
「……分かったの。行くの」
ベッドに寝ているだけでは、事態は何も変わらない。キャロルはしっかりと頷き、うろこ竜の集落へと向かうことに決めた。
父はシェリルとキャロルを腕に抱いて、うろこ竜の集落まで飛ぶことにした。
竜の山を出発して、すいすいと青い空を泳ぐように飛んでいく。村を越え、街を越え、どんどん南へ向かって行く。
「あ、王都だよ、キャロル」
すぐ隣にいるシェリルが、キャロルの肩をぽふぽふ叩く。でも、キャロルは頭がぼんやりしていて、上手く反応できなかった。きゅう、と小さく鳴いて、目を閉じるしかできない。夏の暑い空気に、肺が焼けそうだ。口を開けてはあはあと息を吐く。
そんなキャロルの様子を見たシェリルが、父に向かって訴えた。
「パパ! キャロルが辛そうなの! 王都で休むの!」
「ええ?」
父が怪訝な顔で双子を見つめる。一刻も早くうろこ竜の集落に行きたいのに何を言っているんだと、小さく首を振る。
けれど、くったりしているキャロルが小声で父にお願いした。
「王都にいるエディに、ごあいさつしたいな……」
弱っている娘の言うことには逆らえなかったらしい。父は王都の端に降り立つと、物陰に隠れて人化する。荷物の中から服を取り出して着替えると、双子竜を大切そうに抱き上げた。
シェリルが道案内をして、エディのいる騎士学校まで辿り着く。中に入れてもらえるかどうか少し心配だったけれど、キャロルのことを覚えていてくれた先生がいて、快く迎え入れてくれた。
優しい先生に手を振って、父と双子竜はエディの元へと急ぐ。エディは寮の部屋にいると聞いて、まっすぐに寮へと向かった。
「エディ!」
扉を開けると、まずシェリルが駆け出した。部屋の中にはエディとラス、二人の少年がいる。
シェリルは二人の少年の間に、ずざっと勢いよく滑り込んだ。
「うわあ!」
突然現れた小さな竜に、エディもラスも目を丸くする。特にラスは大きな声をあげて、のけぞって驚いていた。
「え? 何? キャロルちゃん?」
「……いや、この子はシェリルだよ。キャロルの双子のお姉さん」
エディは冷静にそう言うと、扉のところに立っている父竜と、その腕の中でくったりしているキャロルに気付き立ち上がった。
人化している状態の父竜に初めて会ったエディは、改めて礼儀正しく綺麗な礼をする。
「キャロルとシェリルのお父様ですよね。……お久しぶりです」
「エディくん……また少し、大きくなったみたいだな」
父は腕の中にいるキャロルを、そっとエディに託す。キャロルは大好きなエディに抱っこされると、ふにゃりと締まりのない顔をした。
「エディだ……ふふっ」
「何笑ってるの。急に来たら驚くだろ? まあ、来てくれて嬉しいけどさ」
エディの温かな手が、キャロルの頭を優しく撫でた。すごく気持ちが良くて、キャロルはうとうとしてしまう。
「……キャロル、眠いの? 少し寝る?」
「うん……」
キャロルは小さく頷いて、そのまま目を閉じて眠ってしまった。
気が付いたのは、翌朝になってからだった。
シェリルが具合の悪いキャロルをそれはもう心配して、ここでもっと休憩をするのだと言い張った。父も、キャロルの様子を見てそうした方が良いだろうと判断し、少しの間お世話になることに決めたようだった。
そんなわけで、エディとラスの部屋には、白いもふもふ竜と桃色の双子竜が居座ることになった。
ラスが「すごい、もふもふパラダイスだ」と密かに喜んでいたことは、誰も知らない。
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