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21:あと2年。「おでかけ」(5)

 三日後にパトリックとシェリルが迎えに来る、という知らせが来た。思ったよりも早く迎えが来ることに、キャロルは落胆する。


(もっとエディと一緒にいられると思ったのに! たった三日しかないなんて!)


 これはもうエディと一瞬たりとも離れるわけにはいかないと考え、学校に行くエディの背中にはりついた。ラスに盛大に笑われてしまったけれど、背に腹は替えられない。一番大事なことは、エディと少しでも多くの時間を共にすることなのだから。


 騎士学校の先生たちは、キャロルを見て驚いていた。キャロルは一生懸命、先生たちにお願いをする。エディと一緒にいさせてください、と。

 幸い優しい先生たちばかりだったので、お許しが出た。キャロルは嬉しくて喜びの舞を舞う。可愛らしい竜の踊りに、先生たちは顔を緩めていた。




「さて、今日の実技訓練では試合を行うぞ。冬休みの間もきちんと鍛錬していたかどうか、すぐに分かるからな。腕が鈍っている奴は特訓コースだぞ!」


 筋肉ムキムキの大きな男の先生が大声を出す。キャロルはその太いガラガラ声にびっくりして、ぴゃっと飛び上がった。すると、ムキムキ先生が申し訳なさそうな顔でキャロルを見た。驚かせるつもりはなかったらしい。


 広い訓練場で、実技訓練が始まった。一対一で、生徒同士が模擬戦をする。キャロルは、ムキムキ先生の隣でその試合を観戦することになった。


「先生、エディは強いのー?」

「エディ……エドワードのことか? うーん、クラスの中では真ん中くらいかな」


 ムキムキ先生、話してみると意外と普通だった。キャロルは少しほっとする。


「先生、エディの試合はまだなのー?」

「順番だからな。もう少し後になるぞ」


 キャロルは暇だったので、ムキムキ先生の腕の筋肉を触らせてもらった。あまりに固いその筋肉に、ムキムキ先生は本当に人間なのかな、とキャロルは首を傾げる。

 そうやって遊んでいると、とうとうエディの試合の時間になった。対戦相手はラスのようだ。


「エディ! 頑張ってー!」


 キャロルはぴょんぴょん跳ねながら応援する。いつもへらへら笑っている失礼なラスなんかに負けてほしくなかった。

 試合で使うのは木の剣らしい。「はじめ」の合図で、木と木がぶつかる音がはじける。


 エディとラスはどちらも同じくらいの力量に思えた。エディの方がラスよりもわずかに強めの攻撃をしているように見える。けれど、ラスはすばしっこく、的確に急所を狙って返してくる。


「あー!」


 最後、エディがバランスを崩した隙を逃さず、ラスが会心の一撃を入れた。そこで試合は終了。エディはラスに負けてしまった。

 ムキムキ先生が顎に手を当てて、うーんと(うな)る。


「エドワードはいつも最後が甘いんだよな。自分に自信がないような感じで、すぐに諦めてしまうというか」

「自信? エディは自信がないの?」

「そう。どんなに鍛錬をしていても、このままでは騎士になれるかどうか……」


 キャロルはあわあわと慌てた。騎士になりたいと語っていたエディの横顔を思い出す。エディには夢を叶えてもらいたい。


「先生、私ができることってあるかな? エディのために、何かしてあげたいの!」

「うーん、そうだな……。試合に勝つ経験をもっと積めば、自信がつくかな。まあ、まずは試合に勝ってみせるという執念を持たせないと」

「どうすれば良いの?」

「試合に勝ったらごほうびをあげるとか。ほら、よくあるだろ? 勝者に美女がキスを贈る、とかさ」


 ふむふむ、とキャロルは神妙に頷いた。キャロルは美女ではないけれど、キスを贈るくらいならできそうな気がする。

 試合を終えたエディの元に駆け寄り、キャロルはさっそく提案してみた。


「エディ、あのね! 試合に勝ったらごほうびをあげるね!」

「ん? なに、急に」

「あのね、先生がエディはもっと自信をつければ良いって言ってたの。そのためには試合に勝つと良いんだって。だから、試合に勝ったらキスするのー!」

「……は? キス?」


 ぽかんと口を開けたエディにキャロルは畳みかける。


「そうなの! だから、エディ。次は絶対勝ってね! 私も頑張る!」


 キャロルが意気込んで宣言すると、後ろからラスが笑う声がした。むっと(しか)めっ面になって振り返ると、ラスがやれやれと肩を(すく)める動作をしていた。


「竜のぬいぐるみからのキスで、やる気が出るかな? やっぱりそういうのは人間の女の子からもらいたいよな、エディ?」

「え、俺は……」


 エディの困ったような視線を受けて、キャロルはすっと立ち上がった。ふんっと鼻息を荒くして、とたとたと寮の部屋に戻る。そして、久しぶりに人化をする。


 ぽんっと間抜けな音がして、視界が高くなる。手や足がぐっと伸びて、背中の羽が消える。キャロルは明るい桃色の髪をふるふると振って、無事に人間の体になれたことに安心した。

 服はエディのものを借りることにして、いそいそと着替える。エディの服は大きくてぶかぶかだったけれど、キャロルは満足げに頷いた。


(これで、人間の女の子なの。エディに喜んでもらうんだから!)


 寮の部屋を出て、エディたちのいる訓練場まで走って戻る。訓練場に着くと、生徒たちが目を丸くしてこっちに注目してきた。


「……キャロル? なんで人化してるの?」


 キャロルの元にエディが駆け寄ってきた。狼狽した様子で、キャロルを他人から見られないように隠す。


「しかも、その服、俺のだろ。どうして、こんな」

「人間の女の子からのキスなら良いんでしょ? だから、人化したの!」


 ぎゅっとエディに抱き着くと、エディは大きくため息をついた。それから、キャロルの背中をぽんぽんと優しく叩いてくれる。

 そこに、ラスが近寄ってきた。人化したキャロルをみて、ぽかんと口を開ける。


「え、何、この美少女。エディ、どういうこと?」

「この子はキャロルだよ。竜のキャロル」

「ええー!」


 ラスは大袈裟(おおげさ)に驚いた後、キャロルの頬をつんつんと(つつ)いてきた。キャロルはぺちりとその手を(はた)き落とす。ラスはどこまでも失礼な奴だった。


「あー、びっくりだな。この美少女キャロルちゃんにならキスされたい! そうだ、今日の試合、俺勝ったじゃん。キスちょうだい」


 調子の良いことを言ってへらへら笑うラスを、キャロルは涙目で睨む。絶対ラスになんか、ごほうびをあげたりしない。


 ところが、キャロル以上にエディが怒ってしまったようだった。静かに暗いオーラを(かも)し出している。隠すようにキャロルを抱き込み、ラスを睥睨(へいげい)した。


「キャロルは俺の大事な子だから。絶対、渡さない」


 エディの本気に、ラスはもちろん周囲もぴしりと固まった。




 キャロルのお迎えが来るまでの三日間、エディはキャロルを守り続けた。あまりの必死さに、周囲の人たちは言葉を失っていたという。


 残念ながら、エディがその三日間で試合に勝つことはなかったため、キスはお預けになってしまったのだけれど。また、機会があれば良いなと思う。


 こうしてキャロルの楽しい旅は、あっという間に幕を閉じたのだった。

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