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2:あと5年。「であい」(2)

 キャロルがエディと出逢ったのは、今から一ヶ月ほど前。これから本格的な冬が始まるだろうという、十二月のある寒い日のことだった。




 いつもは北の方にある竜の山で暮らしているキャロルなのだけれど、冬の間だけは、人間の伯父のところに滞在することにしている。なぜかというと、竜の山は特に寒さが厳しく、体の弱いキャロルには耐えられないからだった。


 毎年、双子の姉シェリルと共に、竜である父に連れられて伯父の屋敷を訪れる。伯父はいつも笑顔でキャロルたちを迎えてくれていた。この伯父はキャロルたちの母の兄にあたる人だ。


「待っていたよ、シェリル、キャロル。二人とも、大きくなったな」


 伯父は双子の竜の頭を順番に撫でてくれる。シェリルもキャロルもにこにこと笑って、伯父との再会を喜んだ。


「ああ、そういえば」


 ひとしきり再会を喜び合った後、思い出したように伯父が言う。


「伯父さんな、実は再婚したんだよ」

「さいこん?」


 キャロルはこてりと首を傾げた。隣にいる姉シェリルも同じように首を傾げている。そっくりの桃色竜がふたり同じ行動をしているのを見て、伯父が笑った。


「簡単に言うと、お前たちに新しい伯母さんができたってことだよ」


 七年ほど前に、妻を病気で亡くした伯父。その妻との間には息子が一人いて、伯父はずっと男手ひとつでその息子を育ててきた。

 そんな頑張り屋の伯父が再婚。キャロルとシェリルは顔を見合わせてぱちぱちと目を瞬かせていたけれど、喜ばしいことだと気付いた途端、歓声をあげた。


「伯父様、おめでとうー!」

「新しい伯母様ってどんな人? 会いたいなー!」


 きゃあきゃあ騒ぎながら伯父にまとわりつくと、伯父は照れ臭そうに鼻の頭を()いた。


 すぐに、キャロルとシェリルは新しい伯母と対面させてもらえることになった。新しい伯母は三十代くらいの優しそうな女性で、双子にふわりと微笑みかけてくれる。こんな素敵な女性が伯母になってくれるなんて嬉しい、と双子の竜は揃ってぴょんぴょん跳ねた。


 新しい伯母には連れ子がいるということも教えてもらって、双子はさらに喜んだ。

 その子は十二歳の男の子だという。双子よりも二歳年上だ。年が近い従兄が増えるのが嬉しくて、双子はくるくると喜びの舞を舞った。


「ねえねえ、その子はどこにいるの? 会いたいなー!」

「そろそろ学校から帰ってくるよ。帰ってきたら紹介してあげよう」

「やったー!」


 桃色の竜は二人仲良く窓にはりつき、新しい従兄を待ち構えることにした。伯父と伯母は、そんな二人の後ろ姿を見て微笑み合う。


 しばらくすると、窓の向こうに二人の少年が帰ってきたのが見えた。双子の竜のふわふわしっぽがぶんぶん揺れる。二人の少年のうち、片方はよく見知った従兄パトリックの顔。そして、もう片方は初めて見る顔だった。


(か、かっこいい人……!)


 キャロルはその少年が目に入った瞬間、胸の奥に小さな温もりが灯った気がした。その温もりは、少年が近付いてくるにつれて、だんだん熱を増してくる。そして、少年が部屋に入ってくると、その熱は体中を駆け巡った。


「紹介しよう。お前たちの新しい従兄エドワードだよ。愛称はエディ。エディ、この子たちが私の姪っ子の双子竜、シェリルとキャロルだ」


 伯父がエディを紹介し、エディにもキャロルたちを紹介してくれる。キャロルはその紹介が終わるやいなや、エディに向かって突進した。


「はじめまして、キャロルです! 会えて嬉しいのー!」


 ぴょんと飛び跳ねて、エディに抱き着こうとするキャロル。けれども、キャロルは空中で、よく見知った方の従兄に捕まってしまった。


「駄目だよ、キャロル。エディはもふもふな動物に(さわ)れないんだ。触るとアレルギー症状が出てしまうからね。近付くの禁止」

「ええっ! うそー! パトリック兄様がエディを独り占めしたいだけじゃないのー?」


 キャロルの半泣きの訴えに、従兄パトリックはゆるゆると首を振った。それから、キャロルを大事そうに抱っこし直して、頭をぽんぽんと撫でる。キャロルは膨れっ面をしたまま、小さく鼻をすすった。


 その隙をついて、双子の姉シェリルがエディに向かって突進した。


「あ、こら、シェリル!」


 パトリックが焦った声を出す。シェリルはその従兄の脇をするりと抜けると、エディの胸元目掛けて飛び上がった。


「あっ!」


 伯父も、伯母も、パトリックも。冷や汗をかきながら、桃色の小さな竜を止めようと手を伸ばす。

 でも、誰の手も届かない。


 そんな中、エディだけは冷静だった。飛びついてこようとする竜を、さっと避けた。シェリルは飛びつく対象を見失い、ころころと床を転がっていく。


「あーあ……」


 パトリックのため息と同時に、シェリルがぴーぴー泣き始めた。キャロルも床に転がっているシェリルを見ているとなんだか悲しくなってきて、釣られて泣き始める。

 ぴーぴー泣く双子の竜。気まずそうな顔をしているエディ。


 なんとも情けないことだけれど、これがキャロルとエディの出逢いだった。




 エディと仲良くなるのに失敗したキャロルは、それから一週間、ショックで寝込んだ。高熱が出てしまい、ずっとベッドでうなされることになった。

 ちなみに、双子の姉シェリルは気持ちの切り替えが早いタイプなので、エディのことなんてすっかり忘れて元気に過ごしていた。


(エディと仲良くなりたいな……)


 キャロルはベッドの中でそればかり考えていた。でも、キャロルがもふもふである限り、きっとエディには近付かせてもらえない。もふもふの手で顔を覆って、しくしくと泣いた。


(毛を刈って、もふもふじゃなくなったら、大丈夫かな……)


 キャロルはエディとどうしても仲良くなりたかった。一目見た時から、自分でも不思議に思うくらい、大好きで大好きでたまらなくなってしまったから。

 なので、同じ屋敷にいるのに話すらまともにさせてもらえない状態というのが、我慢できなかった。


 キャロルはきゅんきゅん鳴き声をあげた。それは、小さな竜が寂しい時に出す声だった。


 その声を聞きつけたからなのか、部屋の扉がそっと開いた。キャロルは扉の方を見て、潤んだ瞳を丸くする。


「……あっ!」


 遠慮がちに顔を出したのはエディだった。ぱあっとキャロルの顔が明るくなる。


「エディ! 来てくれたの? 嬉しいー!」

「……俺のせいで寝込んだって聞いたから。えっと、これ、お見舞い」


 エディはそう言って、小さな野花を差し出した。冬のこの時期に咲く花なんてほとんどないのに、わざわざ探して摘んできてくれたのだろうか。

 キャロルは嬉しくなって思わずエディに飛びつきそうになったけれど、「近付くの禁止」というのを思い出して()(とど)まった。


 エディは、変な格好でぴたりと止まったキャロルを見て噴き出した。




 その日から少しずつ、キャロルとエディの心の距離は近付いていった。伯父たちも仲良くなっていく二人を静かに見守ってくれる。

 穏やかな日常が過ぎていく。


 そんなある日。キャロルとエディを急接近させる出来事が起こった。

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