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19:あと2年。「おでかけ」(3)

 エディがいてくれる一週間、キャロルはひたすらエディに尽くした。役に立つ竜だと思ってもらいたくて、一生懸命頑張った。


 今まではエディに甘えてばかりだったけれど、今回は甘えるのもほどほどにエディを支えることに集中した。エディが庭で鍛錬している時の、お茶とタオルの差し入れとか。夜寝る前の、もふもふマッサージとか。とにかく、キャロルにできることを精一杯やった。


 エディは、とても喜んでくれた。


 けれど、あっという間に時は過ぎて。エディが騎士学校に戻る日がやって来た。


(もうお別れだなんて、早すぎるよ。もっとエディと一緒にいたいのに)


 エディの部屋の隅には、もう荷物がまとめられていた。この荷物は、エディと一緒に旅立っていく。キャロルはなんだか荷物が羨ましくなった。


 まだ夜も明けないうちから、キャロルは動きだした。隣で寝ているエディに頬擦りをして、そっとベッドを抜け出す。そして、鞄をごそごそと確認し始めた。

 なんだか難しそうな本。使い込まれた地図。着替えに、ふかふかのタオル。


 キャロルはうんとひとつ頷くと、鞄の中身をぎゅうぎゅうと片側に寄せた。そうしてできた隙間に、キャロルの小さなリュックを詰め込む。それから自分の体を滑り込ませた。


(……狭いの!)


 あまりの窮屈さに驚きながらも、なんとか全身を入れることに成功する。ふかふかのタオルを体の上に乗せ、くるりと丸くなると安堵(あんど)の息を吐いた。


 これで、エディと一緒にいられる。


 すぐ傍にあるエディの着替えから、エディの香りがする。とても居心地が良い。ふわあ、と小さくあくびが出てしまう。


(もう少し、眠ることにするの……)


 キャロルは顔を緩ませ、そっと目を閉じた。



 朝になり、伯父の屋敷は大騒ぎになった。

 エディと一緒に寝ていたはずのキャロルがいなくなっていたからだ。


「どこに行ったんだ、キャロルは!」

「エディが王都に戻ってしまうの、そんなに嫌だったのかな……」


 伯父とパトリックが必死で屋敷の中を探し回る。けれど、キャロルは見つからない。当たり前だ。キャロルはエディの荷物の中なのだから。


「……そろそろ、行かないと」


 エディが時計を気にしながら、伯父たちを振り返る。伯父もパトリックも眉を下げて、しょんぼりと項垂(うなだ)れた。


「ごめんな、エディ。ちゃんとキャロルにも見送りさせたかったんだが」

「大丈夫。父様もパトリックも、キャロルのこと怒らないでやって。あ、心配だから、見つかったら手紙か何かで教えてほしい」

「ああ、分かった。……気を付けてな」


 伯父とパトリックが並んでエディを見送ってくれる。エディは鞄が前より随分重くなったような気がしたけれど、時間が迫っていたこともあり、そのまま出発することにした。

 そこにシェリルが転がるように走ってきて、エディの足をぺしりと叩いた。


「シェリル?」

「……キャロルなら大丈夫。でも、泣かせないでね。お願いだから」

「え?」


 わけが分からないという顔をするエディの足を、シェリルは更にぺしぺしする。シェリルはキャロルがどこにいるのか、予想がついているようだった。


「ほら、馬車が来ちゃうんじゃないの? 早く行って!」

「ああ、うん」

「いってらっしゃい!」


 シェリルは雑にもふもふの手を振ると、あっさりと(きびす)を返した。


「……いってきます」


 小さくエディは呟いて、屋敷を後にする。重い鞄を握り締め、小道をひとり歩いていく。

 空には濃い灰色の雲が広がっていた。気温もかなり低く、吐く息は白い。目指す王都をまっすぐ見据え、エディは背筋を伸ばし、足を速めた。




 キャロルの目が覚めたのは、その日の夕方だった。意外と鞄の中は快適で、ぐっすりと眠れた。自分でもびっくりするくらいの快眠っぷりだった。


「んんー?」


 キャロルは寝ぼけて間抜けな声を出してしまう。体の上に乗っているふかふかのタオルから、顔を出してみる。すると、唖然とした表情をしているエディと目が合った。


「……キャロル?」

「……エディ?」


 そこは馬車の中だった。鞄から顔を出すと、馬車に乗っている人々の姿がよく見える。人々は目を丸くしてこちらを見ているようだ。エディが慌ててキャロルを隠す。


「え、なんでキャロルがここに」

「エディと離れたくなかったから、鞄の中に入ってみたの。大成功なのー!」


 もふもふの両手を上げて喜ぶキャロル。馬車の乗客の視線が、またもキャロルに集まる。エディは顔を赤くして、あたふたと慌てた。


「いや、大成功って……」


 キャロルは、困惑顔をしているエディの膝の上に移動する。そして、お行儀よくちょこんと座り、馬車の中をくるりと見回してみた。

 十人乗りくらいの大きめの馬車。座席には薄いクッションのようなものが敷かれている。窓は大きめで、外の景色がよく見えた。


 夕暮れの赤に染まった街並みが目に入る。カラカラと車輪が回る音がリズミカルに聞こえ、そのたび振動が伝わってきた。それはとても心地良い揺れで、キャロルはなんだかワクワクしてしまう。


「旅をしているって感じだねー!」


 目をきらきらさせてエディを仰ぎ見ると、エディは片手で目を覆ってしまった。

 首を傾げながら、キャロルは馬車の乗客の様子をじっくりと観察する。旅姿の男の人もいれば、商人みたいな格好の人もいる。ふくよかな婦人もいれば、小さな子どももいた。


 みんなぽかんとした顔で、明るい桃色のもふもふ竜であるキャロルを見つめている。


「……エディ! みんな、ずっとこっち見てる!」

「うん、そうだね。こんなところに普通、竜なんていないからね」


 ため息まじりに答えるエディ。まだ顔は赤いままだ。キャロルはちょっと心配になってしまう。何かまずいことでもしてしまっただろうか。


 とりあえず、人間に敵意を持っていないことをアピールしてみることにする。キャロルはこっちを凝視しているおじさんに向かって、もふもふの手を振ってみた。おじさんが「くふっ」と笑いを(こら)えながらそっぽを向いた。


 めげずに今度は隣のおばさんに手を振ってみる。すると、おばさんは手を振り返してくれた。キャロルはぱあっと顔を輝かせる。嬉しくなって、馬車の中にいる人みんなに両手をぶんぶん振ることにした。


 馬車の中の空気が一気に和む。楽しい珍道中の始まりだった。

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