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15:あと3年。「かくしごと」(4)

 人化できるようになったキャロルのことを、エディはますます溺愛してくれるようになった。

 手を繋いで一緒に散歩してくれたり、髪を梳いて結ってくれたり。額や鼻の頭に落としてくれるキスの回数も、ぐんと増した気がする。


 それは、良いのだけれど。


 キャロルは悩んでいた。今度は竜化ができなくなった。つまり、もふもふしてもらえない。エディはもふもふ好きで、キャロルをもふもふすることに喜びを見出していたはず。このままでは、「もふれないから、溺愛するのは止める!」とか言われてしまうかもしれない。


 さあっと青ざめてしまう。


 冬休みが終わったエディは、また学校に行くようになっている。エディ不在の昼間が勝負だ。とにかく、この時に竜へ戻る練習をするしかない。


「シェリル! 竜への戻り方を教えてほしいのー!」


 半泣きでシェリルに頼み込むと、シェリルはお姉さんの顔をして頷いてくれた。シェリルは自由自在に竜と人の変身ができる。なんて頼りになるお姉さんなのだろう。


「こう、小さくなるイメージをするの。ぎゅっと力を体の中心に集める感じ」

「ぎゅうう!」


 キャロルはシェリルの真似をする。けれど、まるで効果はない。というか、説明が適当すぎる。


「もっと詳しく教えてほしいの……」

「ええ……?」


 シェリルも困り顔になる。シェリルは特に苦労することなく竜に戻れるようになったので、詳しくと言われても、どこをどう説明すればよいのかが分からないようだ。

 双子は揃って首を傾げ、同じタイミングでしょぼんと項垂(うなだ)れた。




 悪いこと、というのは重なるものらしい。


 その日、学校から帰ってきたエディは怪我をしていた。青い顔をしたパトリックが、エディを支えながら屋敷に帰ってきた。


「何があったの?」


 キャロルはエディの頬に指でそっと触れようとした。エディは視線を逸らし、その指から逃れる。


 エディの髪はぼさぼさで、土まみれになっていた。口の端が切れたのか、血が(にじ)んでいる。腕や足にもアザができているようで、一歩進むのにも痛みで顔を歪めさせていた。脇腹を押さえているので、どうやらそこも痛みがあるらしい。


 使用人のメイドが慌てて伯父に報告し、伯父は急いで医者を呼んだ。

 キャロルはずっと、エディの傍で手を握る。


 パトリックの話によると、エディに怪我をさせたのは村の子どもたちらしい。同じ学校に通うクラスメイトなのだそう。いつか村に行ったときに、エディに向かって悪口を言っていた、あの子どもたちだ。


 そこで、キャロルは初めて知った。エディが学校でどんな扱いを受けていたか。いつもいつも「卑しい」「汚い」と言われていたこと。「領主様に取り入った女の息子」と非難され、意地悪をされていたこと。


 なるべくパトリックがエディの傍にいて、そういうものを阻止していたのだけれど、今日は間に合わなかったらしい。エディは(うつむ)き、暗い顔をしている。


「……ごめん、俺……」


 エディの涙声。その声を聞いた途端、キャロルの中で何かがぷつんと切れた。


(エディをいじめちゃ駄目なの! こんなの、許さないんだからー!)


 キャロルは勢いよく屋敷を飛び出した。けれど、玄関を一歩出たところで、何もないのに転んでしまう。人間の体にまだ慣れていないせいだった。

 膝を強く打ってしまい、キャロルは涙目になる。


 竜の姿なら、こんなに情けないことにはならなかったのに。

 キャロルは心の底から竜に戻りたい、と願った。


 すると。ぽんっと間抜けな音がして、視界が低くなった。


「えっ?」


 手のひらを見ると、もふもふになっていた。足ももふもふ。ぴょんぴょんと飛び跳ねてみる。馴染んだ竜の体の感覚だった。


(これなら、エディをいじめた悪い子たちのところへ行けるの!)


 キャロルはしっかりと大地を踏みしめ、仁王立ちをする。小さなもふもふ竜の、精一杯の威厳ある姿だった。


 エディは優しくてかっこいい素敵な人だ。もう絶対に馬鹿になんてさせるもんか、とキャロルは大きく息を吸い込んだ。そして。

 (たかぶ)る気持ちもそのままに、大きく息を吐く。ゴオオ、とすごい音が出た。


「あわわ……?」


 音だけではなく、何か出た。何か、キラキラした意味不明のものが。そのキラキラは庭の芝生の上に降り注ぎ、芝生をカチコチに凍らせた。

 キャロルは自分の口から出た妙なものにぎょっとして、腰を抜かした。


 そこに、シェリルとパトリックがやって来た。二人は庭の惨状を()の当たりにして、ぽかんと口を開ける。


「え、これって」

「竜の、ブレス?」


 キャロルは口を覆って、涙目でぶんぶん首を振った。こんな恐ろしいもの、自分の口から出たとか認めたくない。庭をパキパキに凍らせるような、そんな恐ろしいブレス。


「い、言わないで! エディに、私がこんなことしたって言わないで!」


 キャロルはおろおろしながら、シェリルとパトリックに懇願した。


「え、なんで? ブレスを吐けるようになったなんて、素晴らしいじゃないか。エディもきっと喜ぶと思うけど」


 パトリックはきょとんとした顔で言う。シェリルも目をぱちぱちさせている。


「駄目なの! これはやりすぎなの! 恥ずかしいのー!」


 キャロルはもふもふの体をこれでもかと縮こまらせた。その姿は明るい桃色のもふもふ毛玉にしか見えない。パトリックは毛玉キャロルをひょいと抱き上げると、シェリルを連れて屋敷の中に戻る。


「うーん、隠しても無駄だと思うけどな。エディはキャロルのこと何でも分かってる気がするし」

「パトリック兄様、お願いなの! 私、可愛い竜でいたいのー!」


 パトリックの腕の中で、毛玉キャロルは必死に訴えた。エディはいつも「可愛い」と褒めてくれる。その言葉が聞けなくなるかもしれない。もう、抱っこだってしてもらえなくなるかも。考えが悪い方向にばかり向かってしまう。


「……分かったよ。エディには内緒にする」

「ありがとうー!」

「その代わり、エディの怪我が治るまで、ちゃんと傍についていてあげること。……しばらくは学校にも行けないと思うから、話し相手になってあげて」

「分かったの! 任せて!」


 ぴょんとパトリックの腕から飛び出すと、エディの元へと走りだす。エディはベッドに横になっていて、時折痛みに顔を歪めていた。けれど、竜の姿になったキャロルを見ると、ほんの少し微笑んでくれる。


 キャロルはエディの怪我に気をつけながら、そっとベッドに潜り込み、ぴたっとエディにくっついた。エディの木漏れ日を思わせるような、落ち着いた香り。

 キャロルは目を閉じて、変わらないその香りにほっとするのだった。

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