14:あと3年。「かくしごと」(3)
青い空に、白い息が吸い込まれて消えていく。庭の草木はもうすっかり冬の姿で、ちらちらと降る雪でうっすらと白く覆われていた。
「今日は寒いねー」
「キャロル、そろそろ家の中に入ろう。あんまり無理したら駄目だろ。また倒れる」
「分かってるの。でも、あと少しだけ!」
がおーと口を開けて、息を吐く。キャロルの口からは、またも白い息が吐きだされ、それが空へと消えていく。
今、キャロルは竜のブレスを吐く練習をしている。エディが守りたいと言ってくれたことはすごく嬉しかったのだけれど、それに甘えるばかりでは駄目な気がしたからだ。
エディは複雑な顔をしながらも、キャロルの練習に律儀に付き合ってくれていた。
「……ふっ」
「エディ? 今、笑った?」
「いや、笑ってないよ。……くくっ」
「笑ってる!」
キャロルはもふもふの手で、ぽかぽかとエディを叩く。エディは堪えきれない笑みを浮かべたまま、キャロルを抱っこした。
「だって、がおーって可愛すぎるし。ふ、くくっ。しかも、そのポーズ、勇ましいどころか愛らしすぎるし」
「愛らしい……?」
「うん。すごく可愛い。キャロルは何をしても可愛い」
エディがキャロルの鼻の頭に軽くキスをする。怒っていたはずのキャロルは、それだけでふにゃりと顔が緩み、ご機嫌になった。にこにこ笑うキャロルの額に、エディが額をこつんとくっつけてくる。
「家の中に入ろうか。俺、キャロルと一緒に何か温かいものでも飲みたいな」
「うん!」
エディはいつもキャロルを気遣ってくれていた。そんなエディのおかげで、この冬は体調を崩すことなく毎日元気に過ごせている。
キャロルが無理をしていないか、いつも優しく見守ってくれるエディ。キャロルはしっぽを振って、感謝の気持ちを表すのだった。
その日の夜。
お風呂から出て、体がぽかぽかと温まっていた時。急に体の中が、不思議な感じにざわめいた。
「……えっ?」
それは突然だった。ぽんっと間抜けな音がしたかと思うと、キャロルの視界がぐんと高くなった。
「え? え?」
「キャロル、人化してるー!」
シェリルの叫びにびっくりして自分の手を見ると、いつものもふもふではなく、人間の手のひらが見えた。
「ええー?」
びっくりしすぎてひっくり返る。人化ってこんな突然できるようになるものなのか。知らなかった。
慌てたシェリルが人間に変身して、キャロルを支えてくれる。キャロルは、自分の足の先も人間のものになっていることに気付いて、ぽかんと口を開けた。
騒ぎを聞きつけた伯母が、飛んできた。
「まあ! シェリルちゃん、キャロルちゃん! 二人とも大きくなっちゃって!」
伯母は可愛らしい人間の少女二人を前に、目を輝かせた。そして、双子にぴったりの服を準備してくれる。
キャロルには天使みたいにふわふわした白い寝巻き、シェリルには小悪魔みたいにきゅっとした赤い寝巻き。どちらもとても可愛いデザインだった。服を着るのが上手くできないキャロルは、伯母に手伝ってもらいながら着替えた。
キャロルはシェリルと一緒に、大きな鏡の前に立つ。そこには明るい桃色の髪をした人間の少女が二人、そっくりの顔で映っていた。肩よりも少し長いくらいの髪は、ふんわりとしている。紅い瞳は竜の時と同じ色。
「良かったね、キャロル。ひとつ、大人に近付いたね!」
「うん! 嬉しいの!」
双子がきゃっきゃっとはしゃいでいるところに、従兄パトリックがやって来た。見たことのない少女たちの姿に、一瞬びくりと後ずさる。
「……もしかして、シェリルとキャロル?」
「そうなのー!」
双子の声が揃う。パトリックは感嘆のため息を漏らした。
「うわあ、竜の時もそっくりだったけど、人になってもそっくりなんだね。どっちがシェリルで、どっちがキャロルか、全然見分けがつかない」
「うふふー」
伯母とパトリックがそっくりの双子を見つめて、違いを見出そうとする。そこに、今度はエディがやって来た。エディもお風呂上がりらしく、少し髪が濡れている。
「……キャロル?」
双子が同時に振り返る。エディは目を丸くして二人の少女の顔を交互に見ていたけれど、ぴたりと片方に視線を定めた。そして、みるみるうちに顔を赤くする。
「キャロル、可愛い……」
エディは正確にキャロルを見つけ、甘く蕩ける視線で絡めとっていた。これにはキャロルも驚いた。人の姿を見せるのは初めてのはずなのに、どうしてすぐに「キャロル」が分かったのだろう。
伯母とパトリックも言葉を失っている。シェリルも不思議そうに首を傾げた。
「私とキャロル、こんなに似てるのに、どうして一発で分かるの?」
「え?」
シェリルの疑問に、エディが目を瞬かせる。
「キャロルとシェリルは全然違うだろ?」
「え?」
今度はシェリルが目を瞬かせた。エディはそんなシェリルを気にせず、キャロルに向かって両手を広げる。
「キャロル、おいで」
優しいエディの声に、キャロルの体が熱く火照る。満面の笑みでエディの胸に飛び込むと、ぎゅっと抱き締められた。
いつもより視線が高めで、エディと顔が近い。透き通る青の瞳が間近に見えて、胸がどきどきと高鳴った。
(わあ、人間の姿ってすごい! 竜の時と違って、私もエディをしっかり抱き締められる……!)
短いもふもふの手では、エディにはりつくくらいしかできなかった。けれど、人間の姿のキャロルは、エディをちゃんと抱き締めることができる。それが嬉しくて、むぎゅむぎゅとエディに抱き着いた。
エディはキャロルよりも少し身長が高かった。そして、少しだけ手のひらも大きい。体もしっかりとしていて、キャロルのふにふにの体とは違っていた。
男の子、ということを意識してしまう。
「エディ……かっこいい。大好き」
「俺も、キャロルのことが大好き。人間の姿も、とっても可愛いよ」
キャロルの額にエディが軽くキスを落とす。キャロルはへにゃりと微笑んだ。そんな二人を見て、パトリックが苦笑する。
「キャロルが人化したら、相当いちゃいちゃしてるように見えるとは思ったけど。……想像以上だな、これ」