11:あと4年。「だいすき」(5)
「キャロル……大好きだよ。キャロルのこと、誰にも渡したくない。それがたとえ番だったとしても」
「エディ……」
「だから、山にも帰ってほしくない。ずっと、俺の傍にいて? そしたら、毎日一緒にいられるよ。キャロルの望むこと、なんだってやってあげるから」
エディが甘く微笑み、キャロルの瞳を覗き込んでくる。
エディと伯父の微妙な距離が、普通の親子のように縮まったあの時から。キャロルに対するエディの溺愛は更に深みを増した。キャロルは嬉しいやら恥ずかしいやらで、いつもわたわたしている。
「あの、エディ? 私、番さんが見つからないと命が……」
「分かってる。でも俺、本気なんだ。本気でキャロルのこと、渡したくないんだ……」
エディの青い瞳に切なさが走る。キャロルの胸がきゅんと鳴った。二人はじっと見つめ合う。甘さと切なさが混じり合い、春の風に溶けていく。
「……もう良いでしょ! はい、おしまいー!」
シェリルがぴょんと跳んで、エディの背中に頭突きした。
三月。今日はキャロルとシェリルが竜の山へ帰る日。
一年前と同じように、父が竜の姿で迎えに来た。春の風が温かく吹き抜けていく庭で、今、エディとキャロルは別れを惜しんでいるところだった。
ただ、一年前と違ってエディがキャロルを全く離そうとしない。
キャロルもキャロルで甘いエディに見惚れてしまい、全く離れようという気が起きない。エディに抱っこされたキャロルのふわふわしっぽは、ぐるんぐるんと回っている。
(今日のエディは特別優しいの! もう、帰りたくないよー!)
シェリルに頭突きされても、エディは全く動じていない。優しい太陽の光に照らされたエディの微笑みは、キャロルの心をがっちりと捕らえて離してくれなかった。
「キャロル……」
これでもかというほど甘く名前を呼ばれて、キャロルはふるふると震えてしまう。
「エディ! 私もエディが大好きなの! だから、帰らないことにするー!」
むぎゅっとエディにしがみつくと、エディが幸せそうに笑った。そっとキャロルに頬擦りをして、背中を撫でてくれる。ほわほわと温かい気持ちになって、キャロルはうっとりと目を閉じた。
ところが。
「いや、駄目だからね?」
もっふりとした白い手が、キャロルの首根っこを捕まえた。そして、遠慮なしにエディから引き剥がす。
「あっ」
キャロルはあっという間に父竜の腕の中に捕らえられた。つい膨れっ面になって父を見上げると、父は難しい顔でエディを見ていた。
「エディくん。キャロルのことを大切に思ってくれているのは嬉しいけどね。竜は番のみを愛するもの。番でない君の存在は、キャロルを困らせ、惑わせる。だから、あまりそういうのは……」
「パパのいじわるー!」
父がエディに小言を言うのが耐えられなくて、キャロルはぺしぺしと父の腕を叩いた。すると父は困った顔で、キャロルを抱き直した。
「いや、パパはね、キャロルのためを思って……」
「いじわるなパパは嫌いなのー!」
「えっ!」
愛娘の「嫌い」発言に、父は固まった。そんな父に双子の姉シェリルがもふっと寄り添った。
「パパ? 私はパパのこと好きよ?」
「シェリル……ありがとう……」
父は涙目になりながら、シェリルを抱き上げる。双子竜を二人とも腕の中に大事に抱え、父は白い翼をぱたぱたと揺らした。
庭に見送りに出てきていた伯父、伯母、パトリックがひらひらと手を振る。
今回もこれでお別れ。また、次の冬に会えると信じて。
「キャロル!」
エディが芝生の上を駆け、キャロルの元へ近付こうとする。キャロルもエディに向かって、もふもふの手を伸ばした。エディの指先が、キャロルの手に触れそうになる。
ばさり、と父の白い翼が大きく音を立てた。
二人の手は触れることなく、離れていく。キャロルはきゅんきゅんと鳴いた。
「次の冬も待ってるから! だから、絶対、会いに来て!」
懇願するようなエディの声。何度も何度もキャロルは頷いた。父竜はそんな二人を引き裂くように、ぐんぐんと空に上昇していく。
キャロルはまた、きゅーんと鳴いた。隣のシェリルが慰めるようにぽふぽふと頭を撫でてくれる。
こうして、この冬のエディとキャロルの時間は終わったのだった。
さて、竜の山に無事、辿り着いたキャロルたち。笑顔の母に迎えられて、その夜はとても賑やかで楽しい夕食になる予定だったのだけれど。
「キャロル、そろそろ機嫌を直しても良いんじゃないかな……?」
父がおずおずと、キャロルの好きなデザートを差し出してくる。それをキャロルはぷいっとそっぽを向いて拒否した。
(パパ、ひどいの。あと一回くらい、エディに撫でてもらえそうだったのに!)
キャロルは怒っていた。今度の冬までエディとは会えない日が続くというのに、あのお別れはない。無理矢理引き裂かれたようなものだ。
「キャロルは、なんでそんなにエディくんのことが好きなんだろうなあ。まるで本当の番みたいな反応だよ。……もう一度、竜石を確認してみた方が良いんじゃないかなあ?」
父が困り果てた顔をして言う。「番なら何も問題ないのに」と。
キャロルはそれを聞いて、リュックの中から自分の竜石が入っている巾着袋を取り出した。祈るような気持ちで、竜石を掴む。
もふもふの手の中にあるのは、うずらの卵くらいの大きさの透明な石。どんなに角度を変えてみても、その色は透明なまま。少しくらいピンク色になってくれていても良いのに、とキャロルは項垂れた。
竜石は、キャロルがまだ番と出逢っていないと教えてくれている。この竜石がピンク色に染まる時、キャロルの心はどうなってしまうのか。少しだけ、恐くなる。
番と出逢った竜は、他の誰も見えなくなるくらい、その番を愛してしまうという。キャロルもエディのことを忘れ、その番のことだけしか見えなくなってしまうのだろうか。
大好きで大好きでたまらない、エディとの思い出を全て消して。
そんな風になってしまったら、エディはどんな顔をするんだろう。エディもキャロルのことなんか忘れて、誰か他の人を愛するようになるのかもしれない。
きゅーん、とキャロルは鳴く。
あと四年。それがキャロルに残された命の期限。その時が来るまでに、番に出逢わなくてはいけないのに。
エディへの想いと、自分の命。どちらも犠牲になんてしたくないのに。キャロルは涙を堪え、クッションの上で丸くなるのだった。




