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10:あと4年。「だいすき」(4)

「ええーっ?」


 キャロルの叫び声に、エディがびくっと体を震わせた。キャロルのこの反応は予想外だったらしい。けれど、キャロルは普通に驚いていた。伯父がエディのことを嫌っているようには見えなかったから。


「伯父様はエディのこと好きだよ? エディのこと嫌いな人なんていないよ?」

「……いやいや、俺のことが嫌いな奴は結構いるよ。村の奴ら、とか」

「ええー? 信じられない! エディはすごく優しいのに! 私、世界で一番エディのこと大好きだよ?」

「あ、ありがとう?」


 エディの頬がほんのりと赤く染まる。キャロルはその頬にふわふわのほっぺたをすり寄せた。もふもふ好きのエディはそれが嬉しかったのか、楽しそうな笑い声をあげる。

 その明るい声にほっとして、キャロルはエディを改めて見つめた。


「どうして伯父様に嫌われてるなんて思ったの?」


 キャロルの真剣な瞳に、エディが少し気まずそうな顔をする。


「……俺さ、領主様に叱られたことがないんだよ」

「……うん?」

「今日さ、キャロルが倒れただろ? それを見て、領主様はパトリックを叱ったんだ。『キャロルが倒れる前に、どうして気付いてやれなかった?』って。でも、俺の方がキャロルの傍にいたんだから、それは俺が責められるべきことだと思ったんだ。だから、俺、領主様に謝ったんだよ」


 ところが、伯父はエディを叱るどころか、逆に慰めてきたという。


「実の親子じゃないからかな。いつも、どこか距離を置かれている気がするんだ。叱らないってことは、なんか、俺のことなんてどうでも良いと思っているからなのかなって、そんな気がして」

「そんなことない!」


 キャロルはエディの膝の上で、ぽんぽん跳ねて訴える。


「伯父様はエディが大事なの! きっと、伯父様もエディに嫌われるのが恐いだけなの! だから、そんな悲しいこと言わないで……」


 キャロルの視界がじわりと滲んだ。キャロルは伯父がとても優しい人だということを知っている。伯父がエディを見る時の瞳はとても温かいということを知っている。

 このもどかしさを、どうやってエディに伝えたら良いのだろう。


「ああ、キャロル。泣かないで」


 エディがキャロルの頭を撫でてくれる。それでも、キャロルの瞳からはぽろぽろと雫が零れ落ちた。エディの指が、その雫を丁寧に拭う。


「ごめん、キャロル。でも俺、領主様とどう接して良いのか分からなくてさ。キャロルの言ってくれた通り、大事だって思ってもらえてたら嬉しいんだけど、自信なくて。だから、今日もこんな風に逃げちゃってさ……」


 嫌われているかもと不安になり、顔を合わせるのが恐くなった、とエディは呟いた。


「もう、頭の中ぐちゃぐちゃでさ。……キャロル、俺、どうしたら良いかな?」


 エディの震える声に、キャロルの胸がずきんと痛む。エディの痛みは、キャロルの痛みでもあった。


(エディが困ってる……。どうしよう、どうしようー!)


 キャロルは小さな頭を最大限に(ひね)って考えた。そして、ぽんともふもふの手を打つ。


「あのね、『領主様』じゃなくて、『パパ』って呼んだらどうかな?」

「……パパ?」

「うん! だって、伯父様はエディのパパになったんだよね? いつまでも『領主様』って呼ぶのは寂しいと思うの!」


 エディは真顔で考え込む。


「そういえば、パトリックは母さんのこと『母様』って呼んでるな……。いや、でも連れ子の俺なんかに、そんな資格あるか……?」

「あるよ! 伯父様、絶対喜ぶよ! 踊っちゃうよ!」


 キャロルが毛布から飛び出して喜びの舞を見せてあげると、エディが噴き出した。それから、どこか吹っ切れた顔で明るく微笑む。


「うん、そうだな。『パパ』はちょっと恥ずかしいから『父様』でも良いかな?」

「良いと思うのー!」


 キャロルはぴょんと跳ねて、エディに抱き着いた。エディもキャロルのことをぎゅっと強く抱き締めてくれる。


「俺、本当にキャロルのこと好きだよ。世界で一番、キャロルのことが大好き。ありがとう、こんな俺なんかの傍にいてくれて」


 甘く(とろ)けるような優しい声。キャロルは恥ずかしくなって、全身が熱くなってしまう。ぷるぷる震えるキャロルの額に、エディは軽くキスを落とした。


 そのまま仲良く寄り添って、二人は小屋の隅で丸くなって眠ったのだった。




 翌朝。

 キャロルとエディは屋敷へと戻った。屋敷では伯母とシェリルはもちろん、使用人たちも二人を待ってくれていたようだった。みんな疲れた顔をしている。特にシェリルの顔はひどく、涙でべしょべしょになって、顔の毛がかぴかぴになっていた。


 二人が帰ってきたという連絡を受けて、伯父とパトリックが戻ってきた。伯父はげっそりとした顔をして、キャロルとエディをじっと見つめてくる。


「……エディ、キャロル」


 伯父の声は低く響いた。エディも、彼に抱っこされていたキャロルも、揃ってびくりと体を揺らす。伯父は鋭い視線のまま、拳を強く握り締めた。


「二人とも、怪我はしてないんだな? 無事だったんだな?」

「はい」

「そうか、それなら……」


 伯父は一瞬、安堵(あんど)の表情を浮かべた。けれど、すぐに目に(かど)を立て、眉間に深い皺を寄せる。そして、大きな声で怒り始めた。


「この馬鹿! どれだけ心配したと思っている! エディ、何も言わずいなくなったりしたら駄目だろう! それにキャロル、なんでお前まで勝手にいなくなっているんだ!」


 エディとキャロルは伯父の怒りに驚いて、ぎゅっと抱き締め合ってしまう。

 でも、ここでキャロルはあることに気が付いた。


「……エディ。伯父様、普通にエディのこと叱ってるよ?」

「……うん。叱ってるな」


 キャロルとエディの視線が絡む。どちらからともなく、ふふっと笑いが漏れた。ほのぼのと笑い合うキャロルとエディを見て、伯父が(しか)めっ面になる。


「二人とも、聞いているのか? 今は笑うところじゃないだろう」

「……うん。ごめん、()()


 エディが少し頬を赤らめながら、上目遣いで謝った。伯父はなおも何か言い募ろうと息を吸い込んだけれど、ぴたりとその動きを止める。


「父様……? エディ、今、そう言ったのか?」

「はい。あの、そう呼んだら駄目、かな?」

「良いに決まっている!」


 伯父は怒っているのか喜んでいるのか微妙な顔で、珍妙な動きを始めた。あまりに突然のことで動揺してしまったようだ。その様子に伯母や使用人、パトリックが噴き出した。


 とりあえずキャロルはシェリルと一緒に喜びの舞を舞った。可愛らしい双子竜の舞に、伯父とエディも揃って笑い声をあげたのだった。

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