表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/38

1:あと5年。「であい」(1)

 青い空に、わたあめみたいな雲がぷかぷかと浮かんでいる。遠くに見える山の頭は白く、周囲の木々は冬の寒さに凍えるように葉を落としていた。


 そんな冬の景色が広がっている田舎の片隅。古いけれど、大きくて立派な屋敷が堂々と建っていた。庭も広く、ふかふかの芝生がきちんと整えられている。その芝生の上で、小さなひとりの竜がそわそわと歩き回っていた。


「まだかな、まだかなー」


 わくわくした声で呟くその竜の体は、固い(うろこ)などではなく、柔らかいもふもふの毛で覆われていた。明るい桃色をしたその毛は、風に揺れてふわふわと揺れる。大きさは小型犬くらい。まだまだ子どもの竜だった。


 額には小さな角があるけれど、今はもふもふの毛の下に隠れている。耳はぴんと立っており、周囲の音を拾うたび、ぴこぴこと動く。背中には鳥の翼みたいな、小さな可愛らしい羽が生えていた。


 この小さな桃色の竜の名前はキャロル。十歳になったばかりの、少し甘えっこな女の子だ。


「……あっ! 帰ってきた!」


 木の柵の向こう側。長く続く小道の先に、一人の少年が現れた。

 キャロルはその少年に向かって、もふもふの手をぶんぶん振った。すると、その少年も片手を上げて、それに応えてくれる。


 短い黒髪に青い瞳を持つその少年は、まっすぐにキャロルのところへ歩いてくる。そして、キャロルに向けて笑顔で両手を広げた。

 キャロルはぱあっと顔を輝かせ、ぴょんと跳ねて、少年の腕の中に飛び込んだ。


「おかえりなさーい!」

「ただいま、キャロル」


 少年はキャロルをぎゅっと抱き締めると、くすくす笑った。キャロルも釣られて、にこにこ笑う。


「キャロル、良い子にしてたか?」


 少年がキャロルの紅い瞳を見つめて聞いてくる。キャロルはこくこくと頷いた。

 そんなキャロルを(とろ)けそうなほど甘い視線で絡めとり、少年はキャロルの頭を撫でる。それから、キャロルの鼻の頭に小さくキスを落とした。


「本当、可愛いなあ、キャロルは」


 そう言って、少年はもう一度、キャロルをぎゅっと抱き締めた。


 キャロルにひたすら甘いこの少年の名前はエドワード。愛称エディ。十二歳の、人間の男の子だ。

 もふもふした動物を撫でるのがとても好きなのだけれど、残念ながら動物アレルギー持ち。犬や猫などのもふもふ動物を、なかなかもふもふできずに悲しんでいた。


 ところが、なぜかもふもふの竜にはこのアレルギーが出なかった。思う存分、もふもふできることが判明した途端、彼はキャロルにメロメロになった。

 キャロルの方も、一目見た時からエディのことが大好き。なので、二人は今や相思相愛の仲だった。


「ずっと外で待ってたのか? 寒かっただろ?」

「大丈夫! エディに早く会いたかったし、これくらいなんともないの!」

「キャロルはすぐに大丈夫っていうけどな……」


 エディは心配そうに眉を(ひそ)めて、キャロルの額に自分の額をくっつけた。


「うーん、少し熱があるんじゃないか? 目も潤んでるみたいだし。体はだるくない?」

「平気なの。エディは心配性だねー」


 くっついたままの額に嬉しくなり、キャロルはくすくす笑った。額の(つの)がぐりぐりとエディの額に当たる。


「でも、キャロルは体が弱いんだろ。慎重にもなるよ」


 キャロルの角のせいで、エディの額の真ん中が少し赤くなってしまった。けれど、エディはそんなことには気付かず、キャロルの心配を続ける。


 そう。キャロルは生まれた時から体が弱かった。すぐに熱を出して寝込み、生死の境を彷徨(さまよ)ってしまう。命の危機に(おちい)ったことも、一度や二度ではなかった。

 あまりの弱さに、お医者さんにも「この子は大人になれずに命を落とすだろう」と、さじを投げられたくらいだ。


 純血種の竜であれば、ここまで病弱にはならないという。ただ、キャロルは竜と人間の間に生まれたハーフだった。人の血が混じったせいなのか、本来竜が持っているはずの強い生命力がほとんどない。


 もちろん、ハーフがみんな体が弱いというわけではない。(げん)に、キャロルと一緒に生まれてきた双子の姉シェリルは健康優良児だ。


「とにかく、部屋に入ろう。それから、温かい飲み物でも飲もうか」

「うん!」


 エディがキャロルをしっかりと抱き直して、屋敷の方へと歩きだした。キャロルはエディにべったりとくっついて、ご機嫌に体を揺らす。

 屋敷の中に入ると、ふわりと温かい空気に包まれた。


 廊下を抜けて、キャロルにあてがわれた部屋に着く。扉を開けると、女の子らしい空間が現れた。

 白いカーテン。丸い木のテーブル。ピンク色のふかふか絨毯(じゅうたん)。戸棚には小さな花の細工がなされている。お姫様が使っているみたいな天蓋(てんがい)付きの可愛らしいベッドには、手触りの良いクッションが数個並んでいた。


 キャロルはテーブルの前に置いてある柔らかい毛布の上に下ろされた。


「待ってて。今、飲み物を持ってくるから」


 エディがそう言いつつ、キャロルの体を毛布でくるんでくれる。もふもふの体が、ふわふわの毛布にすっぽりとおさまった。ふんわりとした温かさに包まれて、キャロルはへにゃりと頬を緩める。

 そんなキャロルに甘い微笑みを残し、エディが部屋を出ていく。キャロルはその背中をちょっぴり切ない気持ちで見送った。


(もっと、エディと一緒にいられたら良いのにな……)


 キャロルは目を(つむ)り、大きくため息をついた。

 体の弱いキャロルと違って、エディは元気な普通の男の子。いろいろとやらなければならないことが多いようだ。学校にも行かなくてはならないみたいだし、屋敷に帰ってからも忙しくしている。


 本当はもっともっとエディの傍で、ずっとずっとくっついていたいのだけれど。

 そんなことを言ったら、きっとエディに()(まま)な子だと思われてしまう。エディには嫌われたくない。キャロルは、とにかく良い子で待つしかなかった。


 ほどなくして、エディが戻ってきた。


「ほら、ココアだよ。まだ熱いから、少し冷ましてから飲もうな」


 ココアの入ったカップをテーブルに置く。ココアの甘い香りが部屋中に広がった。

 キャロルはエディが帰ってきてくれたことが嬉しくて、ふわふわのしっぽをぶんぶんと振る。


「……キャロル、可愛すぎ」


 エディは困ったように微笑みながら、キャロルを抱き上げた。体を包んでいた毛布が、ぱさりと床に落ちる。

 キャロルはエディに擦り寄って甘えた。エディもそんなキャロルをぎゅっと抱き締めて応えてくれる。


「……キャロルのこと、誰にも渡したくないな」

「私もエディと離れたくないの。でも……」

「分かってる。(つがい)が見つかるまで、なんだよな」


 エディが悔しそうに呟いた。キャロルは何も言えず、エディの肩に顔を(うず)める。


 竜は生涯ひとりの相手しか愛せない。その運命の相手のことを「(つがい)」という。番に出逢った竜は他の誰も見えなくなるくらい、その番のことを愛してしまうらしい。

 キャロルもいつか番に出逢うのだろう。そして、きっと、その相手を愛してしまう。


 その相手は、悲しいけれど、エディではない。

 切ない恋心を抱き、キャロルは瞳を潤ませた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ