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混んでるとお一人様は並びにくい15

 それからしばらく、世間話というか、ルルさんの持っている宝剣の逸話について聞いていた。

 非常に丈夫で手入れいらずなその剣で、ルルさんは一度にクマを最高三頭仕留めたことがあるらしい。


「クマいるんだね。いや三頭ってすごい。規模がわからないけど」

「ノドアカグマでしたので、大きさは……ちょうどリオ二人分くらいでしょうか。幅もありますね」

「めっちゃでかいやつじゃん。それ三頭ってすごくない?」

「ええ、少し時間はかかりましたが、どれもとても美味しかったです」

「おい……しい……?」


 ルルさんは思い返すようににっこりと微笑んでいる。

 どうしよう。かつてないほどにルルさんとの距離を感じる。

 クマ、食べたのルルさん。


「リオは食べたことありませんか?」

「うん、一度もないと断言できるよ」

「それはもったいないことです。いつか、一緒に食べに行きましょう。きっと気に入りますよ」


 食べに行く、がお店に連れて行ってくれるって意味に聞こえないのは何故なんだろう。行くのか、森に。狩るのか、自分で。

 ルルさんは剣で仕留められるくらいだから、狩るのはまあわかるとして、そこからどうするんですか。ある日森の中くまさんに出会ってバーベキューなんですか。怖い。


「う、うー……ん……。あっ! ほ、ほらルルさん見て。ニャニまた泳いでる」


 モモ肉が云々と言い始めたルルさんを半ば遮るように、私は手すりの下を指差した。渡り廊下の下、奥神殿を囲む水面に、ニャニのお腹が出ている。


「泳いでる……よね?」

「流されていますね。声をかけてみては?」

「えっ、聞こえるかな。ニャニー、生きてるー?」


 あんまり大声で呼んでこっちに来られても困るので、かなりやる気のない音量でニャニを呼ぶ。するとグルンと回転して色の濃い背中側になったニャニが、キランと目を光らせた。こっち見てるなこれは。


「来なくていいからね……仰向けになりすぎて溺れないようにね」


 やや尻尾の方を沈ませるようにして浮いていたニャニは、しばらくしてからダバダバと泳ぎ始めた。渡り廊下の下をくぐって行き、しばらくすると反対側から水しぶきを上げて戻ってくる。割と早い。


「あれ後ろから泳いできたら死ぬほど怖そう」


 ネジ巻き式でお風呂を泳がせるおもちゃの100倍くらい怖いバージョンになったニャニを眺めていると、不意にその背中の青色が輝いた。


「ん?」

「リオ、少し中へ」


 きらめいたのはニャニの青色だけではない。水面も、草も、中央神殿の壁もきらきらと光っている。それに気付いたのと同時に、ごろごろと遠くで雷が鳴った。

 ルルさんに促されて手すりから離れたのと同時に、ザッと大きな音を立てて雨が降り始めた。手すりで跳ねた水しぶきを、ルルさんが自分のマントで覆うように防いでくれる。


「うわ、いきなり」

「濡れませんでしたか?」

「平気だけど、今まで晴れてたのに……あれ?」


 見上げても、空に雲はない。どこまでも青い空がそのまま液体となって落ちてきているように、雨が降り注いでいた。そのせいで太陽は遮られず、雨粒が輝いてきらめく。

 それがまるで流れ星のよう地面に降り注いでいた。草に当たった雨が、その揺れでまた弾け、さらにきらきらと踊っている。細かく弾けて霧のようになった雨が、風景をぼんやりと薄く幻想的に光らせていた。


「すごい、綺麗」

「救世主が祈ると、こうして雨が降ります。おそらくアマンダ様でしょう」

「アマンダさんが歌ってるってこと?」

「ええ。リオが歌っているときも同じことが起きますから」

「へえ」


 雨が降ったり草が伸びたりするのは知ってたけど、普通に雨雲が出るのだと思っていた。

 私がカラオケルームで楽しく歌っている間に、こんなにファンタジーっぽい風景になっているとは。そりゃ救世主様として崇められるわけだ。

 陽の光できらめく雨が降り、奥神殿近くに生えているフコの木が大きく揺れる。みるみるうちに葉が伸びていた。ダバダバと泳ぎ回っているニャニも、心なしか速度が上がっているように感じる。


「ああ……、神の御力が強く降り注いでいますね」


 遠く見上げるように空を眺めたルルさんが、目を細めて呟く。

 その眼差しは、私に出会った頃のそれに似ている気がした。


 歌によって神様とこの世界を繋ぐ。

 アマンダさんは、この世界に存在するもう一人の救世主となった。






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