混んでるとお一人様は並びにくい14
奥神殿のカラオケルームもとい祈りの間の前から、渡り廊下まで降りてくる。奥神殿から出る扉は開けているので、アマンダさんが出てきても気が付いてくれるだろう。
どこもかしこも白い石でできた渡り廊下は、両側を挟む手すりまで磨かれているようだ。手すりはお腹くらいまでの高さで壁のように廊下を挟んでいて、内側には細かい彫刻が彫ってある。その上に渡された屋根のために左右5本ずつ立っている柱ごとに、彫刻が変わっているのに気付いたのは最近のことだ。
ルルさんによると、この奥神殿はかなり昔に造られた建物らしい。
何人の異世界人がここを通ったのだろうか。
「アマンダさんのね、」
並んで広がる景色を見下ろしながら呟くと、隣にいるルルさんがこちらを向いた気配がした。
「あの様子を見ててさ、たぶんあれが正しい反応なんだよなーって」
「正しいとは?」
「いきなり異世界に来てよくわからなくて、家族が恋しくて泣く感じの」
もしも、ジュシスカさんが許可を出すほどにシーリースがアマンダさんに親切だったとしても、きっとアマンダさんの悲しみ具合はそれほど変わらなかったのではないだろうか。
全く知らない言葉を話している人たちに、見たことない景色。家族も友達もいない場所。
「今更すぎるけど、私、そういえば帰る方法なんて気にしてなかったんだよね」
ルルさんをはじめここの人たちがとても親切で、あと衣食住も保障されたということもあるけれど、それにしたって帰りたいと一度も思わなかったというのは我ながら普通のことではなかったと思う。
「会社もなくなっちゃったし、家賃もどうすればいいかわかんないし、仕送りも滞ったら大変だからどんな仕事でも働かないといけないんだとか、なんかそういうのから逃げられたから、ここに来たのがなんか渡りに船だったというか、ラッキーだなーくらいに思ってたけど、よく考えると私普通に薄情者だなと思った」
今まで生まれてからずっと過ごしてきた地球というか日本で、積み上げてきた思い出や経験や、人間関係を捨てることに何も後悔を抱かなかったのだと思うと、ちょっと自分でもぞっとする。
もしかしたら、今まで親しい間柄の人を作れなかったのは、私が冷たい人だったせいかもしれないなと思うとちょっと切ない。自覚なかったけど私かなり問題のある人間だったのでは。
「リオ……」
「今まで親切にしてくれた人もいたし、仲良かった友達もいたんだよね。初めてもらったお給料で買った冷蔵庫とか、そこそこ気に入ってたし。でも、別にどうやっても戻りたいとか思わないの、ほんと薄情だなーと」
へへっと笑って誤魔化すと、いきなりルルさんの胸板に鼻を押し付けられた。腕の力が強いのでちょっと苦しい。ルルさん、胸板しっかりしてて硬いんだよね。
「誰かという曖昧な相手と比べて、自分を貶めないでください」
「いや、貶めているというか、普通はもっと悲しむんだろうなーってね」
「感じることに普通など存在しません。例えあなたと全く同じ人生を歩んだ者がいたとして、その者と違う感情を抱いていたとしても、あなたが自分を責める必要はない」
「いや苦しっ」
めっちゃ強い騎士の腕力、めっちゃ強い。
苦しいくらいに抱きしめられて、それから腕が緩む。大きく息を吸っていると、ルルさんが私の頬を手で挟んだ。顔が上に向けられて、ルルさんの青い目と視線がかち合う。
ルルさんが心配そうな顔ではなく、悲しそうな顔をしていたことに驚いた。
「……その昔、私はある子供を救えなかった。虐げられていたその子は、それに慣れ過ぎて自分の境遇になんとも思っていなかったのです。もっと苦しんでいるものがいるから、悲しんではいけないのだと」
「それは……えっと……」
「私は今よりも未熟で、自由もなかった。助けられるよう自らを鍛え、神殿にも掛け合いましたが、間に合わなかった。亡骸すら見つからず、探し回った末に見つかったのはこの剣だけでした」
ルルさんが、悲しそうに腰にある剣に触れた。
前に聞いた、宝剣を渡した相手というのがその子なのだろう。ルルさんは、救えなかったことをとても悔やんでいるようだ。
「リオは、少しあの子に似ている」
「いやいや私はそんな大変な境遇じゃないし」
「そうやって、自らの悲しみを軽く見るところが似ています。どうか、他のことなどと比べて自分を軽んじないでください。いえ」
剣の柄をなぞった手が、私の頬に戻ってきた。
青い目が、優しく細められる。
「リオが自分をどう思っていてもいい。自分が薄情だと思うなら、幾年かけてもそうではないと私が教えます。私がきっとあなたを護りますから、それだけは忘れないでください」
「えっと……うん」
頷くと、ルルさんが微笑んで私を抱きしめた。今度は強い力でなく、優しくあったかい。ルルさんの思いやりと同じくらいあったかい。
でもちょっとモヤモヤしたので、私はルルさんの背中にちょっと手を回しながら呟いた。
「ルルさん、たぶん私がその子に似てるから心配なんだろうね」
「次は悔やまぬように、という気持ちは確かにあります。しかし、面影まで重ねているわけではありません。私が酒を交わしたいと願うのはあなただけです」
「本当かなあ」
「本当ですよ。そもそも、その子供は男の子でしたから」
「あっそうなんだ」
「安心しましたか?」
上から降ってくる声がちょっと笑っている気がしたので、私は聞こえないフリをした。




