混んでるとお一人様は並びにくい6
長いことわんわん泣いた赤毛の女性は、そのまま泣き疲れて眠ってしまった。ジュシスカさんが抱き上げた彼女に寄り添って屋上から中へと戻り、用意してあった部屋まで付いていく。
彼女の様子が心配だったというのもあったけれど、袖をしっかりと握られたままなので離れられなかったという理由も大きい。眠っているのにその握力が緩みそうにないので、私も一緒に彼女の寝室へと付いていったのだった。
私の部屋より少し狭い寝室は、壁をくりぬいて作ったベッドは同じ、用意されている家具も大体同じようなものである。大きなベッドに寝かされた女性の顔はとても疲れているように見えた。片手を伸ばして草や土で汚れたスニーカーを脱がせてあげる。
「召喚されてからずっと、警戒のあまり深く眠ることができなかったのでしょう。野宿も心休まるものではありませんし」
掛け布団をそっと肩まで掛けたジュシスカさんは、じっと彼女を見ながら呟く。この憂い顔は生まれつきだからというばかりではないようだ。
「……ジュシスカさん、髪切った?」
こんな時になんだけど、ジュシスカさんの長い金髪がやや短くなっていることに気付いてつい口に出してしまった。一つに結んでいるけれど、背中まで流れていた絹のような髪が結んだ場所から数センチほどまでにしかなくなっている。ジュシスカさんがその結び目を解くと、随分とざんばらな切り方なことに気がついた。
「うわ、どうしたのそれ」
「シーリースで少々。まあおかげで戻れたのですから安いものです」
何があったのだろうか。
表情を変えることなく言ったジュシスカさんは特に気にしていないようだけれど、キューティクル抜群のブロンドロングヘアが肩に掛かるかどうかの長さになってしまったのはちょっともったいない気がした。
「リオ、そろそろ手を離しましょうか? ずっと立っているのは辛いでしょう」
「もうちょっとここにいていいかな」
ルルさんが私の袖を握る女性の手を外そうとするのを制して、私は寝台の端に腰掛けた。
女性がこの世界に来てから大体2週間くらい。その間よく眠れていなかったのであれば、もう少し安心させておいてあげたい。無理に手を外させようとして起きてしまったら可哀想だ。
「寝返りとかで離してくれるかもしれないし、もしトイレ行きたくなったりとかしたらお願いするから」
「リオがそう望むのであれば」
明かりで起きてしまわないように寝台と部屋を区切る布を垂らして、私は腕だけを布の中に入れて座っている。ジュシスカさんは近くに運んだ椅子に座り、ルルさんが渡したサンドイッチを食べている。上品に食べているけれどお腹が空いているのか、皿の上に盛られているものを途切れなく手に取っていた。
ルルさんは私にも飲み物を渡し、飲んだ後のコップを受け取ってからそのまま近くに立ってジュシスカさんを見る。
「未完成の術が発動しかけていたため、シーリースにいたエルフの神官と共にそこへ乗り込み、間に落ちかけた彼女をこちらへと運びました。それから数日は共に王宮に滞在しました」
救世主の召喚を成功させたのだという功績を盾に、ジュシスカさんは堂々と滞在を申し出たらしい。腕の立つ人だし、堂々としていれば逆に手を出しづらいと踏んだようだけれど、なかなか度胸がある行動だ。
「しばらくシーリース側の扱いを見ていましたが、待遇が良いとはいえず……」
「ひどい扱いをされたの?」
「彼女が我々の言葉を理解していないということもあったでしょうが、彼女はシーリースの用意した神殿で祈ることがありませんでした。無理に祈らせようとすればするほど拒絶するので……待遇の改善も訴えましたが効果なく、一部の人間が彼女に危害を加えようとしたため救出を決断しました」
「そりゃわかんないよねえ……」
この世界の人たちが行う祈りは、かなり独創的な現代舞踊のように見える。踊ると鼻歌をアドリブで繰り返しているように見えるので、それを見せて同じようにやれと言われても、もし言葉が通じたとしても難しいはずだ。
全く知らない人たちに、理解できない言葉でよくわからないことを強要されるのは混乱しただろう。ジュシスカさんは言わないけれど、優しくされていた様子もないのかもしれない。
「王宮なんてとこにいたんだね。無理に出てきたんなら、警備とか大変だったんじゃない?」
「ええまあ、しかし我々にも味方がいないわけではありませんから」
「そうなの?」
訊ねると、新しいサンドイッチに手をつけたジュシスカさんがチラッとルルさんを見た。ルルさんに目を移すと、今度はルルさんが口を開く。
「リオにサカサヒカゲソウを増やすよう頼んだシーリース人は、現王政の打倒を目指す民を率いている者でした。王宮内にも伝手があると言っていたので、連絡を取らせたのです」
「そ、そんなドラマティックなことが」
革命家的な感じだろうか。民の病のために薬を求めて自ら他国へ赴くようなリーダー、なんか頼もしい。
そう思った私の思考を読んだらしく、ルルさんが釘を刺してきた。
「卑怯なことは嫌う人物のようですが、彼も可能ならリオや救世主にシーリースを救ってほしいと考えています。会おうとは思わないように」
「あ、はい。大丈夫です」
ルルさんセキュリティ発動。
とはいえ、この話もおそらくセキュリティ的判断で黙っていたものなのだろう。話してくれたということは、ちょっとはセキュリティを緩めてくれたのかもしれない。
「薬草の礼と称して面会を求めていますが、彼は武術の心得があります。リオが望もうと許可はしません」
「そ、そっか。まあ別にお礼されるようなことでもないし、用事もないから会おうとは思わないよ」
特にそんなことはなかったようだ。
私がしっかり頷くと、セキュリティの鬼も納得したように頷いてくれた。




