混んでるとお一人様は並びにくい5
身支度を整えて廊下に出ると、青いギザギザのあるウロコをピカピカ光らせたニャニがピスクさんに対して片手を上げていた。ピスクさんが持っている布で磨いてもらったらしい。尻尾を小刻みに揺らしているのは、そわそわしているからのようだ。
「どうしようルルさん、ニャニが挨拶する気満々なんだけど」
「神獣ニャニは優しい性格ですから、リオのように仲良くなってくださると良いですね」
「全然仲良くないからね。超他人行儀だから」
念を押しつつも、私もそわそわしている。ニャニにくれぐれも突進しないようにと念を押してから、ルルさんに促されて屋上へと急いだ。
「リオ、風に気を付けて」
「大丈夫」
中央神殿の屋上は広い。私たちの他にも神殿騎士が多いのは、前に鳥に乗った襲撃があったということもあるし、今ジュシスカさんに追っ手がかかっているかもしれないというのもあるだろう。先に屋上に行っていたフィデジアさんも弓を手に持っているし、私たちの後ろを付いてきたルイドー君も大きな木剣を腰に付けている。
「来ました」
ルルさんが教えてくれる前に、こちらへと羽ばたいてくる大きな二つの影に気付いた。
クチバシを大きく開けて激しく鳴いている鳥の背中に人影が見える。ぐんぐん近付いてきたので、やや奥を飛ぶ鳥に乗っているのがジュシスカさん、その手前に座っているのが女性だとわかった。
大きな鳥は、近付くと翼を一直線にして中央神殿へと近付いてきた。ルルさんに少し場所を移動させられ、その鳥たちから庇うように背中で隠されたのでその後の様子はしっかりとは見れなかったけれど、バサバサと羽ばたく音と鳴き声が激しく聞こえる。
「ルルさん、もう着いた?」
「ええ、今ジュシスカが女性を下ろしています」
ルルさんの後ろから出て鳥たちの方を見ると、ルルさんのいう通りジュシスカさんが鳥に付けられた鞍の上から女性を下ろしていた。抱き上げるようにして下された女性は、屋上に立とうとして少しよろける。けれど倒れることはなく、ジュシスカさんが危なげなく支えた。体を立て直すと、女性がジュシスカさんから離れる。
人を下ろした鳥たちはお互いに身を寄せ合い、ピーピーと鳴き交わしていた。ジュシスカさんが撫でようとするとケェーッ!! と威嚇している。
私たちとの距離は10メートルほどだけれど、それでもはっきりわかった。
白い肌に赤い髪、そばかすの散った高い鼻と彫りの深い目元。胸元の開いたシャツにジーンズ、その上からマントを着ている。
外国の人だ。日本人じゃない。
「リオ、大丈夫ですか?」
「あ、うん」
女性の表情は暗く、顔色もあまり良くないように見える。シーリースから強行軍でやってきたせいか服装も少し乱れていることもあって、なんだか心配になるような感じである。
先にフィデジアさんがジュシスカさんたちに近寄り、何か話をしている。女性はフィデジアさんともジュシスカさんとも顔を合わせず、少し肩を丸めて視線を斜めに落としていた。腕を組んでいるのが、自分を守っているように見える。
「ルルさん、挨拶しに行ってもいいかな」
「……リオが望むなら」
よく知らない相手なので、ルルさんはあまり乗り気ではないようだ。並んで歩きながら近付くと、赤い髪の女性は警戒するような顔で一歩下がる。素早く私たちの顔を見てから、逃げ場を探すように周囲を見回したのが少し痛々しかった。
「は……ハロー」
一歩進んでみるとルルさんに制されたので少し離れた位置から、片手を上げて女性に挨拶する。
「グッドアフタヌーン。マイネーム、イズ、リオ。アイムフロムジャパン」
私のひどい発音でも、一応通じたらしい。視線を横に向けていたその人が、ハッと組んでいた腕を緩めてこちらを見た。
見開いてこちらを凝視している緑色の目が綺麗だ。英語っぽい言葉を何か呟いた女性の縋るような目と見つめ合い、私はゆっくり頷いた。
「アイ ライト……じゃないな、えーっと、アイ、ロート、レター、フォーユー」
スピーキングの自信がないので、ボディーランゲージも交えて説明する。左右の人差し指で空中に長方形を描き、書く真似をしてからジュシスカさんを指差し、そして女性へとその指を移した。すると女性がジーンズのポケットから紙を取り出す。少しよれているけれど、私がジュシスカさんに渡したメモだった。
それそれと頷くと、いきなり女性が何かを叫びながら近付いてきた。
予想していた通り、早口だと全然聞き取れない。私に対して伸ばされた腕は、ルルさんに防がれてしまう。それを拒絶と取ったのか、女性は余計に声を大きくした。
「ルルさん」
「リオ、下がって」
「大丈夫だから、お願い」
ルルさんの腕を引っ張ってどいてもらい、女性に近付く。
何かを言っていた女性は、やがて涙を零し、大声で泣き始めた。その人にすがられて、一緒に座り込む。
「ユーアーセーフ」
今ほど、英語をもっと真剣にやればよかったと思ったことはない。
私は通じますようにと願いながら同じ言葉を何度も繰り返して、女性の背中をひたすら撫でた。




