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混んでるとお一人様は並びにくい2

 固い糸で編まれた布に座り、水面に足を入れると、ひんやりとしてすごく気持ちよかった。革の袋に入れた水も泉で冷やして、見た目はキュウリ、味はレモンに似た果物のスライスを入れて飲む。

 涼しい気配をすかさず察知してやってきたヌーちゃんは泉に飛び込んで私に救出されたあと、左隣でフコフコと眠っている。右隣にいるのはルルさんだ。ニャニは水面からじっとこっちを見ている。


「ルルさんは足つけなくていいの?」

「ここにいるだけでも涼しいですよ」


 ルルさんは片膝を立てるように座って同じ飲み物を飲んでいるけれど、いつも通りの服装で靴を脱ごうともしていなかった。草刈りをしたので少し前に汗を拭っていたけれど、今は暑そうな様子もない。

 すぐ手に取れるように、剣も手の近くに置かれていた。


「前みたいに、襲ってくる人がいるかもしれないから? それとも溺れると困るから?」


 訊くと、ルルさんはちょっと眉尻を下げながら微笑んだ。


「ええ、どちらも起こりうる事態です。私が溺れれば、リオに助けて貰うことになりますし」

「頑張るね」

「頼もしいですが、男としては避けたい姿ですね。それにもし襲撃があれば、リオを抱き上げて奥神殿を登ることになりかねませんから」

「めっちゃ大変そう」


 足を水で濡らしたままの私を担いで、手すりのない吹き抜け螺旋階段を登るルルさん。危ないし体力使いそうだし、それに何より怖そうだ。私が。


「そういえば、この前ここが穢れた的なこと言ってたけど、もう大丈夫なの?」

「ええ。リオが毎日祈ってくださるおかげか、綺麗に清められていますよ」

「そうなんだ」


 相変わらず実感がないけれど、私のカラオケは今でもそこそこいい仕事をしているようだ。前に行ったフコの木があるあたりを眺めていると、ルルさんがぽんと肩を叩く。


「一応言っておきますが、リオの祈りに清めの力があるからと言って、シーリースの地を元通りにすることは難しいですからね」

「わかってるから。行かないから」


 そしてまだ何も言ってないから。

 ルルさんが相変わらず私の心変わりを心配しているのは、昨日、中央神殿へジュシスカさんから連絡が入ったからかもしれない。


 シーリースはやっぱり異世界人を召喚してしまった。

 そして、ジュシスカさんはその異世界人をマキルカへと連れてくるらしい。


 もしシーリースで人道的な扱いをされていて、召喚された異世界人が不満を感じていないならば、ジュシスカさんはしばらく見守ってからそのまま戻ってくる予定だった。

 そうではなかったということは、あまり良い状況だったとはいえないのだろう。


 もしもルルさんたちエルフの介入がなければ、その立場にいるのは私だったかもしれない。だから、シーリースの反発があっても召喚された人をここに連れてくることは、私としては応援したいことだ。ジュシスカさんは理屈が合わない言動はしないし、この国はまともな考えをする人たちで作られている。


 けれど、シーリースの人たちからすると、やっぱりそれは救世主をマキルカが奪ったということになるし、救世主がシーリースを見捨てたように思えるかもしれない。

 一度ならず二度までも、と思わなければいいけれど、無理かもしれないなあ。


「シーリースて、どれくらい大変なのかな。あのーアレとか出るの? 魔物?」

「魔物の話をどこで?」

「ルイドー君が言ってた」


 眉を顰めたルルさんが小さく舌打ちをしていたので、私は心の中でルイドー君に詫びた。またスパルタ鍛錬されたらごめんよ。


「あの、サラッと言ってただけだから。魔物は死なないし人を食べたりするめっちゃ怖いやつ的なことくらいしか教えてもらってないから」


 言い訳すると、ますますルルさんがしかめっ面になってしまった。


「……確かに死にませんし危険な存在ですが、神のお力に近いこの街には全くといっていいほど現れません。万が一の事態があっても私は魔物を退けることができます」

「そうらしいね。ルイドー君が自慢してた」

「ええ。ですからリオが知る必要のない存在ですよ。無闇に不安になる必要はありません」

「ルルさんは心配性だよねえ」


 もしルイドー君が言わなかったら、私は魔物という存在も知らないままでずっと暮らしていたかもしれないなと思った。もしかしたら同じようにして知らないままでいることもまだあるかもしれない。ルルさんのセキュリティフィルターで漉された情報が。


「あのさ、一応私も社会人なわけで、あれこれ知ったからって眠れないほどビビったりとか、突拍子もない危険な行動とかに出ることはないと思うんだよね」

「ええ」

「知らないからこそ起こる危険もあるわけだし。だから、変に心配性過ぎて私に教えないことがあるのはどうかと思うんですが」


 例えば毒のある生き物がいたとして、その外見がフワフワだったりメルヘンみたいなゆめかわビジュアルだったとしたら、知らないとうっかり撫でてしまうかもしれない。

 と思って気付いた。もしそんな状況だったら絶対ルルさんが触らせないだろうな。

 ルルさんフィルター最強説……?


「リオの言うことも最もですが、私はリオの安全を考えてそうしているわけでもありません」

「じゃあなんで?」

「あなたにいつも穏やかな気分でいてほしいからです。こうしてのんびり暮らして、できたらずっと幸せなままでいてほしい」


 ルルさんがじっと私を見ながら、柔らかく微笑んだ。

 なんで急になんかそんなイケメンを垂れ流した表情をするのか。


「あなたの幸福を守りたいのは悪いことでしょうか?」

「いや、そういうことじゃなくてさ」

「リオ、顔が赤いですが、暑いですか?」

「近い近い」


 やたらと近付いてきたルルさんから距離をとろうとしていると、私に押されたヌーちゃんがキッと抗議した。ニャニは水面からじっとこっちを見ていた。


「リオ、もう少し近くに来ていただけませんか?」

「充分近い、充分近いから」






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