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混んでるとお一人様は並びにくい1

「あっっっついねえ……」


 衝撃のお酒事件から二週間。世の中はあっという間に夏になった。

 湿度がそれほど高くないせいか中央神殿の白い石で作られた壁が分厚いせいか、屋内にいると耐えられないほどの暑さではない。寝室なんかは特にひんやりしているので、今でも掛け布団をしっかり被って寝るくらいである。


 でも外は暑い。日差しがもう強い。渡り廊下で差し込む太陽に当たるだけでも日焼けしそうなほど暑くなっていた。ニャニなど暑いからか口を微妙に開けていることが多くなって、それがなんかニヤァ……と笑っているようでますます迫力が増して怖い。ヌーちゃんはもはや涼しい場所にしか出てこない。


 今日の分のカラオケを終え、ルルさんとそれぞれカゴを背負って渡り廊下を渡る。私はサカサヒカゲソウがいっぱい入った小さめのカゴ、ルルさんはフコの実と苗がいっぱい入った大きいカゴである。


「リオ、冷たい水に足を浸しますか?」

「なにそれ涼しそう」

「奥神殿を取り巻く泉は、水の温度が一定なのだそうです。なので冬は温かく、今の時期は冷たく感じるのだとか」

「へええ」

「日避けの幌を張れば日差しも防げます」


 私が渡り廊下を渡るたびに暑い暑いと言っていたので、ルルさんが気遣ってくれたらしい。軟弱で申し訳ないけどありがたい。

 中央神殿に一旦戻って収穫物をピスクさんたちに託し、ルルさんは引き換えに道具を持ってまた奥神殿へと戻る。


 手を差し出されたので、握ってしまった。暑いのに。

 ルルさんと私の関係は、変わらないような変わったような。いつも通りに過ごせるようになったけれど、ルルさんとたまに昼寝するようになった。毎度爆睡である。


「リオは夏が苦手ですか?」

「めちゃくちゃ苦手ってわけじゃないけど、暑いより涼しい方がいいなあ……寒いのも嫌だけど……ほどほどがいいよね」


 就職して一人暮らしを始めて嬉しかったのは、クーラーが備え付けだったことだ。ひとりだと誰にも怒られずに好きな温度設定ができるし、自分で電気代を払うから好きなだけ使えるのが最高だった。会社は冷房が効きすぎて寒かったりしたけれど長時間炎天下にさらされることはなかったし、通勤も歩いている時間より電車に乗る時間の方が長かったので夏の暑さを感じるのはなんだか久しぶりな感じがする。


「ルルさんは暑いの平気なの? あんまり暑くなさそう」

「暑いですが、今年はリオのお陰で熱風も随分涼しいので……それに、旅をしていたときは影も水もないところを数日歩いたこともありますから」

「ものすごくヤバそうな体験だねえ……」


 この世界にも砂漠のようなところがあるらしい。そういう場所では日中は砂を掘って布を被り、夜に植物を噛みながら移動するのだとルルさんが教えてくれた。

 世界一使いたくない知識、新着1位。


「植物もないときは獣の血を啜るのが一番なのですが、種によっては危険なので見極めが重要です」

「わかった。大丈夫。そんなヤバ気な経験はしないから大丈夫。もうわかったから作業に集中して」


 あれこれおしゃべりしながら、ルルさんはテキパキと草を刈り、布を張って屋根を作るために棒を突き立てていく。相変わらず手際がいい。


 屋根に使うための布を被りながら作業を眺めている私から3メートルほど離れたところで、ニャニがずる……ずる……と這いずって出てきた。緩慢な動きのまま、水面へとランディングする。きらきら光る水面に鮮やかな青が眩しい。


「……ルルさん」

「もう少しお待ちください」

「ニャニ、裏返っちゃったんだけどあれ大丈夫なの?」


 青くてギザギザのある背中側とは違い、お腹の部分は少し色が薄く水色だということを初めて知った。特に必要なかった知識、新着1位。

 腹ばいで歩く時の体勢のままくるりと半回転したニャニは、手も足も仰向けになってプカリプカリと水面を漂っている。風の流れで、ややこっちに近づいてきた。自力で動いている様子もない。


「ねえ? 浮いてるんだけど? 死んでない? 暑さで死んでないこれ?」

「神獣ですから、暑さで死ぬということはないかと。水が気持ちいいので楽しんでいるのではないでしょうか」

「本当に? 息継ぎとか大丈夫?」


 ルルさんが刈った細めの木を手に、ぷかぷかと岸に近付いてきたニャニを恐る恐るつつく。

 反応がない。怖っ。

 木の先を沈めてニャニの背中側へ入れ、よいしょとひっくり返してみた。鮮やかな青色が上になって、そこに乗っている金色の目がきろりとこっちを向く。怖っ。


「うわ生きてた」


 短い手足で水を掻き、ニャニがニヤァ……と口を開ける。そのまましばらく浮いてやや岸から離れると、またニャニは裏返った。


「……」


 今度こそ死んでたら嫌なので、流れで岸に近付くとまた木を使って裏返す。それを3回くらい繰り返したあと、ルルさんが私の被っていた布を使って屋根を完成させた。


「随分と仲良しになりましたね」

「いやなってないから。全然。1ミリも」


 私が屋根の下に入りながら冷静に丁寧に否定したのと同時に、ニャニはダバダバと水しぶきを上げてドーナツ状の泉を周回し始めた。

 夏バテしてるのかと思ったら思いっきり元気である。なんか心配した分損した気分になった。






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