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曲の合間に漏れ聞こえる歌を何と無く聴いちゃう27

「リオ、お茶が熱いですか?」


 目覚ましに入れてくれたお茶を飲みながら、私は黙って首を振った。

 私がひたすらフーフーしていたのはお茶が熱過ぎたせいではない。自分についてちょっとショックを受けていたからだ。


 めっちゃ昼寝してしまった。ここ最近で一番頭がスッキリしている。

 それはまあいい。

 とても質のいい睡眠の中で、私は一度起きた。目を開けると寝台のカーテンが閉められていて、薄布の向こうに小さい光があるだけのぼんやりした空間だった。

 そのぼんやりした空間で、私はルルさんにしがみついた体勢だった。横向きになり、上側の腕をルルさんの背中に回していた。


 どういうことなのか。

 混乱して一瞬で目が覚めたものの、ルルさんの腕もまた私の背中に回っており、更に薄い掛け布団が掛かっている。その上、ルルさんはすやすや寝ていた。私の顔の少し上で、金色の睫毛を閉じて。

 なので迂闊に動くこともできず、布団は温かく、ルルさんの寝息は一定のリズムで繰り返されていて、なんかちょっといい匂いもするし、どうしようどうしようと思っているうちに焦っているはずの気持ちがなぜか落ち着いてきて、なんともう一度寝てしまったのである。

 それはもうぐっすりと。


 結局、再び目覚めたのはルルさんがそっと起こしてくれたからであり、起きるときに寝返りを打ったりなんやかんやで抱きついていたことはうやむやになった。

 いや、あんな状況で寝るか普通? 自分で自分の肝の太さに呆れてしまう。


「すみませんリオ、まだ眠いですか? でもこれ以上眠ると夜眠れなくなりますから……」


 お茶を啜りつつ首を振る。ルルさんが微笑んで、私の髪を少し撫でた。

 そう、ソファでお茶を飲んでいて、なぜかルルさんが隣に座っている。ちょっと動けばお互いに触れるくらいすぐ隣に。もう色々とよくわからない。頭はとても冴えているのによくわからない。


 よくわかったのは、ルルさんの腕に包まれて寝るのはものすごく安心するということだけだった。これは別にわかりたくなかった。

 なぜなのか。リラックスさせる微弱な超音波でも出しているのだろうか。眠くなる匂いでも焚いていたのか。魔術の一種か。


「夕食までに、少し体を動かしますか? 散歩はいかがです?」


 お茶を飲み干しながら、もう一度首を横に振った。


「う、歌ってくる」

「また奥神殿へ?」

「今度は本当に歌ってくる。シャウトしてくる」


 引きこもるために奥神殿カラオケルームを利用していたせいで、ルルさんは片眉を上げてまた逃げるのかというように聞き返してきた。今度は純粋に歌いたい気分なので許してほしい。


「あまり遅くならないように約束してくださるのなら」

「するする」

「では行きましょうか。風が出てきたようですから、上着を掛けていきましょう」


 お茶を小さいテーブルに置いて、ルルさんが立ち上がる。薄く軽い生地でできたマントを広げ、腕を私の背中に回してそのまま肩にかける。首元のリボンを留めたルルさんが、また片眉を上げて微笑んだ。


「今回は自分でやると言わないのですか?」

「……言ってもルルさんがやるし」


 腕を回されたときに、昼寝のときのいい匂いがちょっと香ったせいでボーッとしてしまった。慌てて言い返すと、ルルさんは微笑んだだけで私の手を繋ぐ。

 扉の外で待機していたフィデジアさんとルイドー君に奥神殿へ行くと挨拶して、階段のところにいるピスクさんにも手を振ってから歩き始めた。


 奥神殿へは慣れた道だ。

 白い石で作られた渡り廊下は、傾いてきた日でほんのすこしオレンジ色になっていた。手摺に近寄って外を見下ろすと、水面と草が風で揺れている。

 それを眺めながらあるいて奥神殿の中へと入り、螺旋階段を上るとルルさんが少し笑った。


「随分と大人しくなられましたね。これから毎日昼寝をしましょうか」

「生活リズムすごい乱れそうだからやめとく」

「共に眠るのが嫌だからではないのですね」


 白い扉の前で、ルルさんが腕を広げてその中に私を入れた。

 少し前まではウギャーッと逃げ出したくなっていたはずなのに、今はなんか感情が凪いでいるというかふわふわしているというか、とにかく昼寝前とは変わっている。

 ルルさんの腕の中はやっぱり温かくて、なんか眠くなった。


 ジッとしていると、ルルさんが片手を私の頬に当てた。それにつられて顔を上げると、ルルさんが眉尻を下げながら微笑んでいるのが見える。


「本当に昼寝が効いたようですね」

「すんごい寝た」

「ええ、深く眠っていましたね。……夜も一緒に眠りますか?」


 頷いたルルさんが、最後だけほんの少し囁くように目を細めていった。いつもより低い声で、急に恥ずかしくなってルルさんを押すようにして離れる。


「お断りします。行ってきます。2時間くらいで帰ってきます」


 それだけ告げて、私は扉の向こうに引き篭もる。顔が熱いし気持ちが混乱している。

 私の感情、落ち着きがなさ過ぎやしないだろうか。


「……歌うしかない」


 とにかくこういうときは歌って落ち着くべきだ。

 円周率はなんの役にも立たなかった。歌だ。歌をくれ。

 私は全てを振り払うようにマイクを握った。






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