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曲の合間に漏れ聞こえる歌を何と無く聴いちゃう24

 こういう状況になって気付いた。

 毎日死ぬほど残業していたあの日々は、私にとってはデメリットだけじゃなかったのだ。


 声出しの曲と勢いのある一曲を歌ってみたけど、やっぱり歌う気分じゃない。マイクを置いて、代わりにテーブルに置いてあった布包みを開いた。中には薄くて平たい円型のパンに具材を入れて二つ折りにしたものと、しょっぱい系のビスケットみたいなのと、ピンポン球くらいの皮を剥いて食べる果物。

 私が朝イチでここに逃げ込むことを予測していたルルさんが、渡してくれた軽食である。


 食べ物の匂いを嗅ぎつけて、ヌーちゃんが私の袖から出てきた。キッと鳴いてパンを齧ろうとするヌーちゃんから布包みを遠ざけて、代わりに戸棚に置かれているポテチをとってくる。袋の口を開けて一枚取り出してあげると、知らない食べ物にふんふんふんふんと小さい鼻を揺らしたヌーちゃんが、パリッとポテチにかぶりついた。

 それと同時に、ヌーちゃんの黒いふわふわの毛と羽根がぶわーっと逆立ち、つぶらな目がキラキラと輝く。サクサクサクサクと音を立てながら、ヌーちゃんはみるみるうちにポテチを口の中に入れた。


「ヌーちゃん、ポテチ好き? 食べ過ぎちゃダメだよ」


 頬張ったものをもぐもぐ飲み込みながら、次のポテチを引き寄せている。キキッと鳴いてはサクサク食べているところをみると、相当気に入ったようだ。顔を袋に突っ込んで、見えているお尻が揺れている。

 ガサゴソ騒がしい音を聞きながら、私もパンに噛り付いた。


 非常に悔しいことに、ルルさんに指摘された通り私はルルさんのことが嫌いではない。真っ暗なところから助けてくれた人だし、慣れない暮らしを少しでも過ごしやすくしようとしてくれた人だし、私の好みの食べ物を覚えて出してくれる人だし、何かあったらすぐに守ってくれる人だ。


 でも、恋愛対象として見れるかというと、わからない。

 そもそも、私は恋愛なんて遠い出来事だと思っていた。ドラマや漫画や、誰かの出来事としては受け入れていたけれど、わが身に起こることだとは思っていなかった。


 もともと一人でいても寂しさを感じることがないタイプだからかもしれない。誰かと恋愛したいと思ったことがなかった。中高生の頃は憧れた先輩がいた気がするけれど、それだってどうにかなろうと思っていたわけではなかった。自分には関係のないことだとすら思っていたかもしれない。

 冷静に考えると、それはどうなんだろう。


「えっ……私の人生、寂し過ぎ……?」


 私の呟きに、ヌーちゃんがポテチのカスまみれの顔で一瞬こっちを向いたものの、すぐに興味を失ったようにまた袋に顔を突っ込み始めた。


 その現状を特に問題とも思っていなかったこと自体が、問題なのでは。

 誰かに結婚しないのとか言われるたびに、「今は仕事で手一杯で〜」と返していた。実際には手一杯どころかいっぱいいっぱいで、出会いすら探せない状況だったけれども。でもそれは、私にとっても都合がよかった。

 薄給だから、毎日働きまくっていても仕方がない。忙しければ、恋人や結婚の気配がなくても世間は納得する。誰かと関わることなく、毎日働いて終わる毎日をずっと続けておけば、勝手に人生は過ぎていくのだ。そうやって適当に仕事をして、適当に暮らして、老後までずっと一人で生きていくものだと思っていたし、それに違和感も抱かなかった。


 誰かと関わることがなければ楽しいこともないけど、こんなに感情が振り回されることもない。傷付くこともない。

 中学でも高校でも、勉強だなんだと理由をつけて忙しいフリをしていたのではないだろうか。社会人になってからも、肉体的にはかなりキツかった仕事だけど、だからこそ得られるメリットも無意識で気付いていたのかもしれない。


 そうやって生きるのは簡単だったけど、だからこそ、私は誰かと近い関係になった経験がないし、それが難しいことに思える。

 いざ恋愛だの何だのと考えると、かなり落ち着かないし、混乱するし、しかもなぜかちょっと悲しくなる。

 ルルさんは、なんでこんな私を好きになったのだろうか。




「おかえりなさい、リオ」


 開けた扉の向こうで微笑むルルさんをじっと見上げる。いつものように手を差し出されたけれど、今日はそれに手を乗せずに「ただいまルルさん」とだけ返事をした。

 ルルさんは片眉を上げたけれど、何も言わずにそのまま近付いてきて私に抱きついた。


「えっなんで?!」

「いえ、リオがなんだか寂しそうな顔をしていたので」

「ものすごく気のせいだから」


 大丈夫ですよと背中を優しく叩かれると居心地が悪い。

 抜け出して文句を言ったけれど、ルルさんはにっこりと微笑んだだけだった。






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