曲の合間に漏れ聞こえる歌を何と無く聴いちゃう23
もちろん歌なんか歌えるわけなかった。
ツルツルのソファに体育座りした状態のまま横たわり、それからずっとボーッとしている。座っていられないのだ。判明した事実が重すぎて。
「…………」
夢かな。
夢か。
だよね。
顔も良くて強くて気遣いもすごいルルさんが私を好きとかそういう訳ないもんな。ちょっと疲れていたから強めの幻覚を見たんだろうな。あーよかったびっくりした。酒は別に特に意味を持たないし、ルルさんも何の感情も抱いてないし、私もいつも通り生きていけばいいんだ。なんだそうか。
そう思いなおして晴れ晴れとした顔でカラオケルームから出ると、ルルさんがじっと私を見てから言った。
「念のために言っておきますが、気のせいだったとかでなかったことにしようとしていませんか?」
なぜわかったし。
「顔に出ていますよ」
とっさに左手で顔の上半分、右手で下半分を隠す。隙間から見えたニャニが片手を上げていた。これは別に挨拶じゃないから。
この状態のまま部屋に帰って閉じ籠ろうと思っていたら、両手首が掴まれて勝手に開けられた。
「リオ、なかったことにされると困るので言っておきますね」
「い、いい、言わないでいい」
「私はあなたのことが好きです。どうか酒を交わしてほしいと思っています。あなたが認めようが認めまいが私は出会ってからあなたのことをずっと想っていました」
「いいって言ったのにー!」
何を言い出すんだこの人は。ニャニもいるというのに。人が一生懸命気にしないようにしているのに。
「なんでいきなりそんなこと言うの?! そんなこと、考えてる場合じゃないのに! そんなこと全然見せなかったのに!」
「何もしなければ、リオはこのまま誰も好きにならず、誰の好意も受け取らずに生きていきそうだと思ったので」
「別にそんなことないけど仮にそうだとしても別にいいでしょ! 多様性社会でしょ!」
「ダメです」
「ウッ」
手首を引っ張られて、よろめいたところを捕まえられた。腕がしっかり背中を抑えていて抜け出せない。脇腹を叩いているのにルルさんはギブを許してくれなかった。
「私はあなたがものすごく甘えてきて、些細なことでも文句を言って、心配になる程気を抜いて暮らせるように、全力で幸せにすると決めているのでダメです」
「何その例おかしくない?! あとそういうのは一人で決めるものじゃなくない怖い」
「リオが決めそうにないので私が決めておきました」
「なんでちょっと得意げな感じで言うの? とりあえず離して。ニャニ、シャーってしてルルさんを追い払って!」
腕で拘束されつつ自由になる腕でニャニを手招きすると、青ワニ的なニャニはにじり寄ってきてから口を開けた。しかし、やっぱり勢いのないシャー……である。もっと気合い入れて追い払わんかい。こちとらいっぱいいっぱいなんだぞ。
「余裕がないなら応えなくていいって言ったのに! 余裕ないからこういうのやめて! 余裕全然ないから!」
「その割には逃げる判断はできるようですから。誰も入れない場所でおひとり歌いもせず閉じこもっているのは楽しかったですか?」
私が歌う、つまり祈ると雨が降ったり植物が伸びたりするので、サボっていることは割とすぐわかる。歌ってくると言いながら歌ってこなかったことを暗に責められて私はますます気まずくなった。
「リオ、シーリースの件であなたが悩む必要はありません。あなたの祈りでこの世界は随分と潤いましたし、あなたに降りかかる危険は私が全て斬り捨てます。何も思い悩むことは他にないと思いませんか」
「……思いません!!」
全力で否定すると、ルルさんが無言で腕力を強めて私は締め上げられた。騎士の腕力やばい。ニャニもシャシャッと反応したレベルである。
「そうですか。リオがそう思っているのであればそれでもかまいません」
「言葉と腕力が比例してないよルルさん」
「あなたが嫌だと思わない程度に私も好きにします」
「えっ聞いてた? 私の話聞いてた? やめてって言ってたんだけど聞いてたかな?」
グイグイと踏ん張ると、ルルさんがようやく私を解放してくれた。その顔はにっこりと微笑んでいる。
「リオ、もし本当に嫌な相手であれば、前からもっと拒否しているはずです。受け入れがたい相手であれば、触れられるのも耐えがたいとは思いませんか?」
「……思いません!!」
全力でダッシュしたけど、5秒で捕獲された。ニャニがダバダバ追いかけてきて怖かっただけで、騎士に足で勝つなどそれこそ幻想だった。
捕獲されたまま夕食の場まで運ばれ、気まずい食事をこなし、逃げるように寝る。
ルルさん、本当にいきなりどうしちゃったというのか。
そして私の平穏はどこへ。




