歌ってる途中でドリンクは勘弁してください1
そんなこんなで私はこの3ヶ月間、歌いまくった。
訂正、真面目に神様とこの世界の橋渡しに勤しんだ。
「最近涼しくなってきたね。これから秋なの?」
「いえ、季節は夏に向かっていますよ」
私専用最強カラオケルームを手に入れてから1ヶ月目くらいに、私は壺の炎を使って一度ルルさんに呼び出され、「昼食時には一度出てくるように」と説得された。朝から晩まで「お祈り」に力を注ぎ過ぎだと心配したらしい。
ぶっちゃけ私はカラオケルームでドリンクバーやらポテチやらを食べていたので特に空腹は感じなかったのだけれど、大変な状況なのに私だけエンジョイし過ぎているというのも気が引けるものがあるのでおとなしく昼食は外で摂るようになった。
昼間の渡り廊下は、眩しい太陽の光と建物の影がクッキリしていて白黒鮮やかに見える。
「大地が潤い、草木が増えたので昼間の暑さは随分と和らぎました。これから乾きの季節にかけて毎年死者が出るほどでしたので、リオには感謝してもしきれません」
「いやぁへへ……」
まっすぐ目を見て言われると、かなりいたたまれない。私は好き勝手歌いまくっていただけなので。なんなら振り付きで歌っていただけなので。
この世界を創った神様が今はほぼ死んでる状態というのは、まだルルさんをはじめとするこの世界の人々には言っていない。この世界の人は熱心に神様を信仰しているのでショックが大きそうだということと、それが知られたらまた異世界人を喚ぶのが慣例になってしまいそうだからだ。いくらまともな判断のできる人々がいるとはいえ、実際に命の危険があるほど環境がヤバい状況だとその判断力も鈍ることだろう。
話すとしても、もうちょっとこの世界が良い感じに戻ってからのほうがいいと思う。
なのでルルさんには神さま云々のことはぼやかして、「私が歌うことで良い感じになるハズ」ということくらいしか伝えていない。神様と直接対話したにしては頼りない話かもしれないけれど、ルルさんは特に追求することなく、今まであれこれと私の世話を焼いてくれていた。いい人である。
いつも通り私の手を握って渡り廊下を渡り終え、ルルさんが私に向き合う。
「今日はいつもと違う場所での昼食を考えていますが、構いませんか?」
「どこでも構いませんけど」
私が住まわせてもらっている部屋は、この渡り廊下と繋がっている4階にある。寝室も、食事をするための場所も、ちょっとした図書館っぽい部屋も全部同じ並びにあるのだ。なので普段はほとんどこの階と奥神殿を往復している感じだけれど、ルルさんは私の返事を聞くと笑顔で頷き、階段を上がった。
お風呂だけはこの階にないので1階に降りるのだけれど、上に行くのはこれが初めてである。上の階を通り過ぎてさらに登り、私とルルさんは屋上へと出た。
「おおー、空、青いなー」
「今日は特によく晴れていますね」
屋上はかなり広かった。奥神殿を囲んで大きなドーナツ状になっているこの建物は、上から見ると二重丸のような構造になっていて、吹き抜けの中庭があるのがわかった。覗き込むとそれを区切るようにあちこちに渡り廊下がある。上から入る日光で植物が生い茂り、壁には蔦が這っているのも見えた。
「この建物、すごい大きかったんだね」
「中央神殿は大神殿とも呼ばれる、この国でもっとも大きな神殿ですから」
「そうなんだ」
行動範囲が狭かったせいかすれ違う人たちもいつも似たような顔ぶれだったので、これだけ大きな建物だとは知らなかった。上から見下ろしていると、渡り廊下を歩く影なども見える。意外に多くの人がこの建物にいるようだ。
「リオ、こちらに」
ルルさんが案内したのは、屋上でも建物の外側に近い場所である。そこにはテーブルと椅子が並べられていて、上には色んな食べ物が並んでいた。
この世界の食事はやたら多くて、私ひとりで食べきれないほどである。日本では偏った食事をしていただけに、あれもこれもと出されるとかなり胃が怖気付くのだった。
「……ルルさんも食べてくれるよね?」
「もちろん、喜んで」
ルルさんは背が高いこともあり、食事量も多いので貴重な戦力である。私はルルさんも食卓に巻き込むことによって過食から身を守っていた。味は普通に美味しい。
どうぞとエスコートされて椅子に座ると、屋上から外の風景がよく見えた。
「わー、すごい」
小高い場所に建てられているこの中央神殿から、地平線まで何の障害もなく見渡せる。近くに建つお城のような建物、真っ直ぐに流れる舗装された川、小さく複雑に入り乱れた家や市場のようなテントの並ぶ場所もある。多くの人で賑わう手前側から、のどかな野原や丘陵のある郊外まで道が続いていた。動物もいる。
建物のほとんどが白っぽいもので作られているため、その間に生い茂る緑が際立っていてとても美しい景色だった。
「ルルさんルルさん、街すんごい綺麗じゃないですか!」
「そう言って頂けると嬉しいですね。さあリオ、どうぞ」
「いただきまーす」
薄いナンみたいなものにソースを塗って、野菜とお肉を挟んだものをルルさんが作ってくれた。スープもまだ温かい。
良い景色に、美味しいご飯。わりと天国。
「他よりもまだ災いが遠かったこの街でさえ、リオが来る前までは緑も水もほとんど残っていませんでした。ここから見る景色も白く、埃で霞んでいたものです」
「え、そうなの?」
木、めっちゃ繁ってますけど。水もダバダバ流れてるし。
「すべて、リオの歌のおかげです」
「それは……よかったです」
ビフォー状態を見ていないのであんまり実感はないけれど、私がカラオケルームで歌いまくっていることでちゃんと効果が出ていたようだ。
緑の地平線を作る手伝いをできていたのであれば嬉しい。私も楽しかったしみんなも喜ぶし、Win-Winである。
「リオ、今日はこのあと、神殿の中を歩いてみませんか?」
「え? 奥神殿戻らなくていいの?」
「この国の緑はおよそ蘇り、民も安堵しています。ここまで休まずに奥神殿で篭り続けてくれたリオには全ての者が感謝していますよ。どうぞ心身ともに休む時間もお取りください」
「私はむしろ毎日が夏休み気分だったんだけども」
朝起きて食事をしてから、途中昼食を挟んで夕暮れまで。時間でいうと9時間くらいしか歌ってなかったのでむしろ足りないかなと不安だったけれど、そんなことはなかったようだ。
「リオさえよろしければ、街にも降りて案内いたします」
「それは楽しそう」
カラオケ三昧の毎日もかなり楽しかったけど、異世界の街観光も楽しそうだ。私が行ってみたいと言うとルルさんも嬉しそうに頷いてくれた。
ちなみに日本にいた頃はもっと働いていたというと、ルルさんはかなり深刻な顔をして心配してくれた。日本の労働体制に慣れた我が身からするとカラオケしまくりの日々は楽園だったのだけれど、ルルさんの目には奴隷制に慣れきったための凶行だと映ったらしい。
これからはしっかり時間を管理しますと宣言されてしまった。
どうなる私のフリータイム。