曲の合間に漏れ聞こえる歌を何と無く聴いちゃう18
私の他に呼び出されそうな異世界人については、ジュシスカさんがシーリースに行って対策を試みることになった。
ジュシスカさんは今最も強い神殿騎士である。それより強かったルルさんが最初に私を助けに行ったことを考えると、妥当な人選なのかもしれない。
まずは術の阻止、それができなかった場合、本人の希望やシーリースの待遇を見ながら保護してマキルカへと連れ帰ってくることを目的とするらしい。
「ジュシスカさん、気をつけてね」
「はい」
いつもの服装ではなく、胴や足には鎧を着込んでいて、マントも分厚い。長い金髪を後ろでまとめたジュシスカさんは、グローブをはめてから剣の握り具合を確かめている。
私たちは中央神殿の屋上で、ジュシスカさんの出発を見送っていた。
「この鳥、乗ったことないんだよね。大丈夫なのかな」
「昨日練習はしましたから」
シーリースまでの遠い道のりを短くするために、襲撃に使われた鳥の神獣を使って空路で行くことにしたらしい。もし扱いきれなかったらそこから馬なりなんなりで移動するつもりということだけど、空中から墜落したりしたら危なそうだ。あと、乗っていくはずの鳥の神獣がさっきからめっちゃジュシスカさんのことを威嚇している。ジュシスカさんが乗る分と、食料やサカサヒカゲソウなどの荷物を乗せたもう1羽。どちらもがケェーとか言いながら羽を逆立てている。怖い。
「……本当に大丈夫? 振り落とされないように気を付けてね」
「ええ、楽しみです」
憂鬱そうな表情のジュシスカさんだけれど、声音からするとほんとに乗るのを楽しみにしているらしい。
シーリースの人は、ようやく手に入れられる救世主をまた奪いにくるジュシスカさんを歓迎しないだろう。来るのを予測して武装しているかもしれない。そんな中に単身向かっていくのは簡単なことではないだろうに、ジュシスカさんは文句ひとつ言わなかった。
「ジュシスカさん、あの、行くって決めてくれてありがとう。頑張って、怪我しないように気をつけて。危なかったら逃げてね」
「はい」
「あの、召喚される人はもしかしたら私と同じ世界の人かもしれないから、これ持っていって」
シーリースの術陣で欠けていたもののひとつに、言語の文言があるらしい。
私は神殿の長老が書き足してくれたので意思疎通に不自由していないけれど、それができないと言葉が通じないかもしれないらしい。
なので、小さな紙に日本語でジュシスカさんは信頼できる人でついていっても大丈夫だということを書いた。あと、自信がないけど英語でも。
もし地球から来た人であれば、少しは役に立つと思う。
「相手が怯えてたり逃げようとしたら見せてみてね、もしかしたら通じるかもしれない」
「やってみましょう」
「あと……お菓子は渡したし……フコの粉はいっぱい載せてるし……」
「リオ、そろそろ出発します。下がってください」
「うん、ジュシスカさん、無事に帰ってきてね!」
はいと頷いたジュシスカさんが、暴れる神獣に器用に飛び乗った。手綱を引いて飛び上がると、もう1羽も追いかけるようにして羽ばたいていく。
大きな翼が何度か羽ばたくと、ジュシスカさんの姿は急速に小さくなっていった。
「頑張ってねー!! いってらっしゃーい!!」
叫ぶと、鳥の背に乗ったジュシスカさんの頭上でキラキラと光が反射した。剣を振って返事をしてくれたようだ。じきにそれも見えないほど、鳥の姿が遠くなる。
「リオ、中へ戻りましょう」
「うん」
促されて、私とルルさんとピスクさん、あとニャニは中へと戻った。
シーリースにあまりいい印象がないだけに、無事を祈る気持ちにも力が入ってしまう。何事もありませんように。
「ジュシスカが心配ですか?」
掛けられた声に顔を上げると、ルルさんが私のお茶を湯気の立ったものと交換した。ぼーっとしていたようだ。
「あ、ごめん。うん、いきなりだったし、無事だといいなと思って」
「ジュシスカは見た目に寄らず逞しいので、おそらく無事に帰ってきますよ」
「うん……武器いっぱい持っていってたしね……」
自慢の剣コレクションから抜粋したという束があれば、ちょっとやそっとの相手なら大丈夫だろう、多分。
果物をひとつ割って、ヌーちゃんとニャニに分ける。赤いニンニクみたいな見た目をしたズイというこの果物は、食べてみると意外に甘みが強くておいしい。
「ルルさんもこんな感じだった? 私を探しにきてくれたとき」
「そうですね……、私は情報を得てからシーリースで証拠を探していましたので少し状況は違いますが、術陣があるとわかってからの行動は慌ただしかったように思います」
「ものすごい労力で作られたものを取ってきたんだから、大変だったでしょ? 戦ったりした?」
「剣は交えましたが、急いでいましたので道を作る程度でした。リオには馴染みがないかもしれませんが、この程度の危険な任務は、多くはありませんが私もジュシスカも経験があります。どうぞ心配しすぎないように」
「うん……、ジュシスカさん強いしね」
残りのズイを狙うヌーちゃんが、テーブルの上であざとい顔をしておすわりをしている。あげると、キッと鳴きながら美味しそうに頬張っていた。
さりげなくズイが盛られたお皿をヌーちゃんから遠ざけながら、ルルさんが向かいに座る。
「それでも憂いが晴れないのは、異世界人のことを考えているからですか?」
「え、うーん、そうかな」
私は社畜だったし、ブラックだった会社が夜逃げしたというどう考えても最悪のタイミングだったので、この世界に来ることにさほど抵抗を抱かなかった。ていうか、ありがたかった。衣食住カラオケの保証をされた暮らしが。
でも、他の人はどうだろうか。
「うち、もともとあんまり連絡とらない家庭でね。神様に頼んで仕送り続けてもらってるから、親も私が違う世界にいるとか知らないし、知ってても何も言わないと思う。でも、例えば家族と仲良く暮らしてて、仕事もプライベートも順調な人だったとしたら、いきなり違う世界とかいわれても困るだろうなと思って」
地球で暮らしていた頃の部屋も、全部処分されても私は困らない。でも、普通は困るのかもしれない。そういう中身のない暮らしをしていたんだなあという今更の自覚だとか、異世界人がホームシックだとどうしようとか思うと、なんだかあれこれ考えてしまうのだ。
「リオ……」
「まあ、悩んでも仕方ないしね。とりあえず、気分転換に歌ってくるわ。ジュシスカさんの安全祈願も兼ねて」
ルルさんはしばらく私を見つめていたけれど、頷いて席を立った。




