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曲の合間に漏れ聞こえる歌を何と無く聴いちゃう17

 抱っこされながら移動すると、結構揺れるよね。

 流れていく景色を眺めながら私はそう思った。


 また異世界人を召喚する。

 シーリース人のおじさんがそう言った直後、ルルさんが私を抱き上げて立ち上がった。お姫様抱っこというやつである。

 これあれだな、視線がこう地面と平行にならない分酔いやすい気がするな。あとルルさんが歩くの早いから尚更。力持ちだな。


 お菓子が口から出てきそうな気配を感じながらも私が何も言わないのは、前を向いたままこちらを見ないルルさんの表情がとても辛そうだったからだ。いや、表情としてはそんなに変化がない。どっちかというと無表情に近いけれど、なんだか青い目がそんな感じな気がする。


 視線をずらして後ろを見ると、ピスクさんが厳しい顔で付いてきていた。脇にはニャニを抱えている。最初はバタバタと聞こえていた足音がしなくなっていたのは、ルルさんの早足についてこれなくなったからではなかったようだ。


「やはり連れて行くべきではなかった」


 ルルさんがそう呟いたのは、私の寝室へと入ってからだった。後ろについてきているピスクさん(とニャニ)を気にせずに扉を閉め、最初の小部屋をまっすぐ突っ切って、壁を掘って作られたベッドの上に私をそっと下ろしてから、ひとりごとのようにそう言った。


 ルルさんは非常に悔いた顔をしていた。

 そしてこんな時になんだけどベッドに靴は日本人として非常に心苦しい。雰囲気を壊さぬようそーっと両足の踵を擦り寄せて靴を脱ごうとしていると、ルルさんの手が私の足を持って脱がせてくれた。逆に恥ずかしい雰囲気になった。慌てて自分で脱ごうとするものの、ルルさんが私のアキレス腱を放してくれない。そんな深刻そうな顔で持つもんじゃないですそれ。


 どこにでも行き来できるニャニがちょうどソファの下からヌッと顔を出したけれど、目が合うとしばらくじっとしてからスッとソファの下へと戻っていった。なんでや。


「リオ、シーリースに行かないと言ってください」

「えっ……い、行かないけど」

「誓ってください。今ここで」


 えらい大袈裟な、と思ったけれど、ルルさんは真剣そのものだ。あれこれ言う前に、まず私が「シーリースに呼ばれる異世界人とか可哀想だから代わりに私が行くわ」とか言い出さないようにしておきたいらしかった。

 心配性だ。ルルさん、いつも私の心配をしている気がする。大丈夫かな。そのうちハゲたり胃に穴空いたりしないかな。


「誓います」

「何に懸けて?」

「えっ?! なんだろう……えーっと……じゃあ、ニャニに懸けて?」


 懸けるって何。誓いがめっちゃ重厚な感じになっている気がする。

 命にかけてって言うのもなんか重過ぎて怖いので適当に提案すると、ソファのしたからニャニがしゃっと出てきた。尻尾まで出たニャニは、片手を上げてから後ろ歩きでまたソファの下に戻ってくる。いやだから何。ニャニだけに。

 外に出ててと言うべきか迷っていると、ルルさんの手に顔を動かされた。視線がルルさんに占領されている。


「きちんと言葉にして誓ってください。神獣ニャニの名に懸けて、リオはシーリースへ行かないと」

「神獣ニャニの名に懸けて、私はシーリースに行かないと誓います」


 ルルさんの青い目がじっと私を見ている。


「聞き届けました。神もきっとお聞きになったことでしょう。誓いを破ると、ニャニが裁きを下しますよ」

「怖っ!!! 待って、変えさせて。ヌーちゃんに懸ける!」

「もう遅いです」


 ニャニの裁きって絶対あれじゃん。生きたままあの牙でバリバリやられるヤツじゃん。フコの実とかに誓えばよかった。いやあれはあれで重いから殴られると痛そうだけども。

 どうにかニャニから他のものに変えられないか頼む私に、ルルさんがすっと無表情になった。普段は笑顔が多いし顔が整っているから怖い。


「誓いを破るつもりなのですか」

「いや破るつもりはないけども、何事も備えあれば憂いなしって言いますし」

「シーリースへ行かなければいいだけのことです」

「いやそうなんだけど、うん、わかってるんだけどねそこは重要じゃなくてねうん、わかった。わかったから。ニャニでいいから」


 仕方ない。もしもの場合には先に頭を殴打して意識のないままバリバリしてもらうしかないな。

 私が諦めると、ルルさんはベッドに腰掛けた。まだ表情は晴れないらしい。


「あのさルルさん、シーリースの人たちがまたやっちゃいけない魔術を企んでるのがわかったんだから、それを阻止すればいいだけでは」

「召喚の禁術は多大な術陣と力を必要とします。数日やそこらで完結するものではない。本当に実行を考えているのであれば、すでに陣は完成しているはずです」

「完成するとダメなの?」

「ある程度力を注いでしまえば、術陣を破壊することは非常に難しくなります。あなたの場合もそうだった」


 シーリースの人たちが禁術を使おうとしているという情報を掴んだ中央神殿は、それを防ごうとルルさんと数人の神官をシーリースへと遣わせた。しかしすでに術陣は破壊できないほどになっていたので、やむなくルルさんたちは陣をこの中央神殿へと運んだらしい。

 神官の中には、瞬間移動みたいなことをできる人がいるようだ。


「陣も運べるんだね」

「力の強い神官が揃っていたからこそ叶ったものです。とはいえ力の強い陣を、これほど離れた場所まで運ぶのは非常に負担のかかることです。その神官たちもまだ力が回復しきっているわけではありません」


 つまり、私と同じ手は使えないというわけだ。だからもし召喚されてしまったら、すぐにここで保護するわけにはいかないのだ。

 ていうか、ヘタしたら私みたいにあの闇が深い空間に落ちてそのままとかになってしまうのでは。

 それはかなり、よくない状況なのでは。


「リオ、あなたが責任を感じる必要はありません。あなたがシーリースに行ったところで既に術陣は完成していますし、どちらもがシーリースに囚われるだけになってしまう」

「うん、行こうとは思ってないよ。役に立ちそうにないし、ニャニに食べられたくないし」

「これから長老を交えて対策が取られます。どうぞご心配なさらないように。くれぐれも、おかしなことを考えないように」

「大丈夫だから。行かないから。誓ったから」


 このあと30回くらい同じことを繰り返して、ようやくルルさんは信じてくれた。

 しかし、その後の夕食や寝る寸前までじっと監視されて、私は非常に気まずい思いをすることになったのだった。

 ルルさんはまあいいとして、ニャニにじっと監視されると怖いからやめてほしい。マジで食う隙を狙ってそうで怖い。






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