曲の合間に漏れ聞こえる歌を何と無く聴いちゃう15
「いいですかリオ、相手からの質問に答える義務はありません。神殿のこと、暮らしのことなどを問われても答えないように。相手からの言葉に、返事をする必要もありません。相手があなたを連れて行ける可能性を感じないように、不必要な交流は避けてください。相手に対する質問は我々が行いますから、黙っていてもかまいません」
ルルさんが少し屈んで私のフードとマントを整えながら、あれこれと私に言い聞かせている。小学一年生を送り出す心配性のお母さんかなってレベルで何度も同じようなことを注意されていた。
「うん、わかった。わかったから」
「あなたはよく親しくない相手にも笑いかけますが、笑顔は人に親近感を抱かせます。どうぞお控えください。できれば普段から控えていただきたいのですが」
「そんな笑ってないよ」
「いえ、あなたは誰かと目が合うととりあえず微笑んでおく癖があります。直してください」
「いきなり無茶ぶっ込んできたなこれ」
そんな癖ないと思う。というか、それは癖ではなくて相手が笑ってるからつられてるだけだと思う。そして相手が笑いかけてるのに仏頂面だったらめっちゃ失礼じゃない? うわコイツ救世主って言われて調子乗ってるわ腹立つって思われそうじゃない?
笑顔はコミュニケーションの第一歩だというのに、ルルさんは難しい顔をして首を振った。街で若い娘がそんな風にフラフラしているとロクなことになりませんとか、いくら神殿とはいえ仕える人間にも邪な気持ちがないわけではとか、なんか色々言っている。
これ長くなりそうな感じするなーと思いながらフィデジアさんを見ると、肩を竦めて間に入ってくれた。
「フィアルルー。言いたいことはわかるが今は面会しに来たということを忘れるな」
「わからないで」
「そういう話は後回しだ。部屋に戻ってゆっくりするといい」
「後回ししないで」
「リオ様も、十二分に注意しても足りないほどだと心得ておいてください。何かあれば面会はすぐに中止させますが、どうぞお心を緩ませられませんよう」
「はい」
しっかりはっきり頷くと、ルルさんもフィデジアさんも納得してくれたようだ。さて行くか、という雰囲気になり、フィデジアさんがドアを叩く……前に、ドンドンと鳴った。
フィデジアさんの足元で、ニャニが細長い鼻先でドアを押していた。というか、そのまま歩こうとして若干鼻先が上向きになってドアが押されていた。
どうやら準備万端らしい。
「……ニャニ、やる気じゃん」
私の呟きに反応して、ドアに前脚を付いたニャニが微妙に体をひねってこちらを見た。
ニタァ……と笑ったのかはわからないけれど、口をわずかに開けて牙がチラチラ見えている。だからそれ普通に怖い。
「では、参りましょうか。神獣ニャニが先頭を切ってくださるようですし」
「うん……」
フィデジアさんが改めてノックをして声を掛けると、内側から扉を開けられる。続いている階段を降りて私たちは地下へと入った。
小刻みに作られた階段をニャニは半ばお腹で滑るようにして下まで降りたのだけれど、扉を開けた騎士の人や下にいた騎士がそれを見て「ヒッ」と息を呑んだのを私は聞き逃さなかった。わかる怖いよね。
降りた地下は、地上と同じく白っぽい石で作られていて、明かりも同じ白い球体が光っているものだ。だから地下で拘束と聞いて想像していたよりは随分と明るかったけれど、それでも風通しがないせいかどこかシンとしていて上とは雰囲気が違った。
なんかこう、土を掘った暗い道を松明持って歩くイメージをしていたけれど全然そんなことなかった。
普通に歩ける道だし明かりも随所に置かれていて手で持つ必要もない。上と違うところといえば、少し廊下が狭いことと窓がないこと、そして一定の間隔で神殿騎士が立っていることだった。あちこち見回していると、ルルさんの手が伸びてきてフードを引っ張り直された。
ズリズリとニャニが尻尾を引きずる音の後ろに、私たちの足音が響く。
途中にある、拘束しておくための部屋っぽいところも、牢屋のような鉄格子で丸見えではなく、扉の上半分が鉄格子になって中を覗けるようになっている感じだ。
割と人権に配慮されているなあと思っていると、ルルさんが私の肩を抱くようにして体を正面に向けるように誘導し、そっと呟いた。
「そろそろ拘束した者がいる独房へ通りかかります。どうぞ反応しないように」
一定だった、廊下の脇に立つ騎士たちの間隔が狭くなっているのがフードの下からわかった。そのまま歩いていると、これまでの部屋ではなかったような物音がドアの隙間から聞こえてきた。
「救世主だ! 救世主が来た!」
「シーリースへと戻って救いをもたらしたまえ!!」
「我々に正当なる救いを!」
すぐに神殿騎士たちがたしなめていたけれど、いきなり掛けられた大声にちょっとビクッとしてしまった。ルルさんが私の肩をしっかり抱えて、少し押すようにして早歩きで通り過ぎる。
お祭りのときに道から投げかけられた歓声も大きい声だったけれど、今の人たちはどこかそれとは違った異様さがあった。変な熱狂というか。私を連れて行きたい人だという先入観がそう思わせているのだろうか。
襲撃をしたシーリース人たちのいる部屋を通り過ぎて、廊下の突き当たりにある部屋。鉄格子が付いていない普通の扉を開けたところは小部屋になっていて、そこでようやく一息つくことができた。
「リオ、大丈夫ですか? もしも気分が悪いのであれば中止しましょう」
「いやいや、ビックリしただけだから平気」
椅子を勧められたり、飲み物を渡されたりと気遣われ放題である。ありがたいけどちょっと恥ずかしい。なぜかヌーちゃんまで袖からにゅっと顔を出したので、そんなにびびった顔をしていたのかと若干落ち込んだくらいである。ヌーちゃんはニムルをあげて袖に押し込むとまたどこかへと戻っていった。
しかし、ルルさんたちは全く驚いてなかったな。騎士って度胸も大事なのかもしれない。
「この向こうに、代表者が待機しています。鉄格子があり、相手がすぐ近くに来ることはありません。我々が見張っているので、危害を加えられることもありません」
「あっ、やっぱ鉄格子あるんだ」
「ええ。魔術が施されたものですから、そう破壊されることもありませんのでご安心ください。リオ様が落ち着かれましたら、中へと入りましょう」
「うん、もう大丈夫」
頷いてフードを被りなおすと、フィデジアさんがルルさんと目配せしあった。それから鍵を開けて、扉が開かれる。
中は天井も広く、開放的に感じられる空間だった。奥行きが10メートルはありそうだ。その真ん中よりやや奥側に、部屋を区切るように鉄格子が天井から床まで伸びている。向こう側には椅子がひとつだけ置かれていた。他には壁に作り付けの棚があるだけで何もない。
その椅子に、誰かが座っている。
こちら側には、木で作られた大きな机と椅子2脚が置かれている。その他に、小さな革張りの椅子が置かれていた。そこへ座るようにと促される。座ると、ルルさんが斜め前に立った。ピスクさんとジュシスカさんが鉄格子の近くに立ち、フィデジアさんが机に向かって椅子に腰掛ける。
中で見張りをしていた騎士が、私たちが入るのを見守ってから黙って出ていった。
扉が閉じられると、しんと音がなくなる。
完全に静かになるまで、鉄格子の向こうにいる人は身動きひとつしなかった。




