声出しは得意な音域で7
歌うことは大好きだ。だけど、誰かに聞かれるのはすごく嫌だ。なんかこう、手放しで褒められるような実力じゃないとわかっているだけに、何言われても気を遣わせるんじゃないかとか思うし、うまく歌いたいという気持ちとそうでないと明確に自覚させられる瞬間の苦しさというかなんかもうそんな感じでとにかく嫌だ。
「いやほんとすまんかった……歌を聞かれるのがそんなに苦手だったとはのう……」
神様に謝らせてしまうほど落ち込んだものの、黒糖の飴をもらって私は無事回復した。なにもない空間から取り出したのは神様だからこそだろう。優しい甘さが身に沁みる。
「この神殿に呼び出されるのは久しぶりじゃから……わしもちょっとはしゃいじゃったとこあるというか」
「神様、普段何してるんですか? やっぱり世界とか創造してたり?」
「一から創造するのは大変なんじゃよ。大体作ったやつのメンテとか、生き物たちの生活覗いたり、願いを叶えたりしてるんじゃ」
「おぉー」
メンテナンスが必要ということは、神様もバグとかあるプログラミングしちゃうのかもしれない。しかし願いを叶えたりしているというのはかなり朗報な気がする。今度からちゃんと欲しいものは神に祈ることにしよう。
「しかし神様、この世界ちょっとメンテが行き届いていないみたいなんですけど」
「それはしょうがない部分もあるんじゃよ。わしこの世界作った神じゃないからなぁ」
「えっ」
多神教か……いや、じゃあアナタなんで出てきたんすか……。と私が呟くと、神様は慌てて説明してくれた。
「もともと、この世界を作った神とわしは仲良しじゃったのよ。学校制度でいうと先輩後輩みたいな感じでな。わしが先輩」
「先輩後輩あるんだ……」
「で、わしがいい感じに創造してたのを見て、楽しそうだから自分も始めると言ってな、奴が初めて作ったのがこの世界なのじゃけど」
「趣味感覚なんだ……」
「残念なことに今、あー人間感覚でいうとその神は死んじゃっててのう」
「神は死んだってあるんだ?!」
神様なので流石に完全に死ぬことはないらしいけれど、ほぼ死んだような状態らしい。何もかもを放棄し、貝のようにというか石のようになってしまっているそうだ。
「戻ってくるかもわからん状態じゃよ」
「えぇー……」
「この世界、あんまり上手に創れとらんからのう、放っとくと壊れるし代わりにわしが面倒見とこうと思ってな」
「えっ神様めっちゃ優しいじゃないですか」
「じゃろ? じゃろ?」
見た目と喋り方のせいでかなりフランクに接しているけれど怒る気配もないし、神様かなりいい人である。めっちゃ上から目線とか光のみとかそういうのを想像してたので、実際会ってみて好感度はうなぎ登りだ。
「でも製作者が違うから干渉が上手くいかなくてのう。わしも自分の創ったのの世話とかあれこれ忙しいしで、やっぱりちょっと不安定になってしまうんじゃ」
「勝手がわかりにくいんですね」
意外と大変なんじゃよと神様は頷いた。
世界を創造するときは自分の血肉を分けるような感じらしいけれど、自分のものではないのでメンテナンスも難しいそうだ。例えば、生き物の願いが伝わらないので何をしてほしいとかがわかりにくい。そうなると対応が後手後手になっていって、土地は荒れるわ文明の発達も遅れるわと大変なんだそうだ。
「特にここはのうー、基礎的な循環が上手いこといっとらんでなー。そもそも定期的に大きく神の力を必要とするような世界なんじゃよ」
「その神様が初めて作った世界ですもんね……」
「前にお嬢さんみたいな人から呼び出されたときに、上手いこと内部でどうにかできるように大きくいじったんじゃけど、何が失敗だったのかそのシステムが崩れとるな」
この世界で前に異世界人が呼び出されたのは1500年前。異世界人の手を借りないでなんとかできるよう、この世界の人たちもあれこれ工夫したらしい。かなりまともな人たちである。しかしそれが上手くいかなくなったので環境破壊的な何かに繋がり、どうにかしようと思った人間がまたこうやって私を喚んだわけだ。
勝手に人を攫ってくるのはどうかと思うけど、神様目線での事情を聞いてしまうとどうしようもなかったのかなあという気もする。世界のシステムそのものがダメなんだとしたら、大体の対策は上手くいかないだろうし、私が来たことで結果的に神様に現状を伝えることができたのだから。
「えーっと、じゃあ神様はこの世界をいい感じに直してくださる感じで?」
「そんな感じで別にいいんじゃけど、ちょっと荒れとるから少しずつ直した方がいいと思うんじゃよ」
神様の経験的に、既に生態系の出来ている世界にいきなり神様の手を入れすぎると、上手くいっていたものが崩れてしまったりすることもあるらしい。
世界に強いショックを与えないためにも、こうして巫女っぽい存在の祈りを通して神様の力を世界に下ろすのが良いのだそうだ。
「なるほど……?」
「わしが作った世界の人間であればどこにいても大体聞こえやすいからのう」
「エッ! つまり、神様、地球作った人ですか!!」
「そうじゃよ〜」
「うわー!! いつもお世話になっております!!」
神様はあっさり頷いたけど、いわゆる創造主とのご対面だと考えると今更ながらなんだかすごい気がしてきた。地球は色々あったけれどかなり住みやすい世界だし、いろんな便利なものがあったし、そういうのを創った大元の神様と思うとかなりありがたみが増す。とりあえず握手してもらった。
「そっか、だから異世界人が必要だったんですね。神様と渡りを付けるために」
「そうじゃなあ。この世界には不可欠になってしまったとはいえ、わしも自分の分身みたいな人間たちがいきなり攫われて悲しんだりするのはちょっと心が痛いんじゃけど。ここを見捨てるのも忍びないしのう」
神様も自分で作った世界や人々に愛着を持つものらしい。それは有難い。
「あのー、私はとりあえずそんな悲しんでないんで、あんまり心痛めなくても大丈夫ですよ。なんかここで世界をいい感じにできると、そこそこの暮らしはできそうですし」
「いい子じゃのう。さすがわしの娘」
「いや、娘はちょっと仰々しいというか……」
「わしの世界で生まれた命はみんな子供みたいなもんじゃし」
ホッホッホッと神様が笑う。神様に対して思う印象ではないかもだけど、本当にいい人だな。
地球の皆さん、未来は明るそうです。
「それで、具体的に私はこの世界で何をしたらいいんですか?」
「んーとね、まあ、カラオケでもしててほしいんじゃよ」
「どういうこと」
世界を救うとか割と責任が重い感じなのに、いきなり指示が軽い。
私が訝しげな顔になると、神様がまあそう重く考えずにと笑った。
「簡単にいうと世界は波で出来ておるから、お嬢さんが何かこう、波を作ってくれたらわしに伝わりやすいんじゃよ」
「音波とか、そんな感じの?」
「そうそう。エネルギッシュに動くとか、叫ぶとかでもいいんじゃけど、歌うのはかなり効率がいいんでのう」
「へえ……」
「あと単純にわし歌好きなんじゃよ。JーPOPいいよね〜」
「えぇ……」
地球の宗教で歌絡みが多いのは、もしかして神様の趣味に寄せたせいなのか。神様が歌好きとは。どこにも使えない無駄知識が増えてしまった。
「この世界の者は歌があんまり上手くなくてのう、お嬢さんが歌ってくれたら祈りが届きやすいし、わしも力を下ろしやすいんじゃ」
「はぁ……」
「今日は挨拶がてら形をとったけど、普段は姿も現さないんで、ヒトカラ状態じゃよ」
「ヒトカラ……」
神様、やたらと日本の文化に精通している。よく見ると黒糖の飴も日本のものである。日本好きなのか。有難いけども。
「この部屋、一番繋がりやすいから。ここで歌ってくれれば大丈夫じゃ。ほい」
神様がポンポンと手を叩くと、かなり広かった空間が一瞬で様変わりした。
薄暗い照明、やや圧迫感を感じる部屋。壁には空調のリモコンが付いていて、天井にはスピーカー。そして液晶の大きなテレビにツマミが色々付いた機器。テーブルには端末とマイクが置いてある。
カラオケの店そのものだった。
「うわすごい!!」
「じゃろ? お嬢さんが好きなように変えちゃっていいから。広さとかのう」
「ミラーボールも?」
「ミラーボールも付けたらいいんじゃよ」
神様が頷くと、天井に大きなミラーボールが付いた。ゆっくりと回転して光を壁に流している。
タバコ臭い空気もなく、へんな残り香もなく、綺麗で、そして誰も邪魔することのない、私の理想のカラオケルームである。
「最高じゃないですか!!」
「やる気になってくれたようじゃな」
「全力で頑張ります!」
神様の手を両手で握り、私は精一杯の感謝を示した。神様はまた何かあったら呼んでくれたらいいからと気軽な感じの言葉を残して去る。
一人きりになった部屋に、液晶テレビから流れるカラオケメーカーのプロモ映像の音だけが響いていた。いそいそとソファに座って端末をいじる。あれこれ入力すると、必ず目当ての曲が出てきた。地球では入っていなかったはずのマイナー曲までもが。
「神かよ……」
震える手で送信し、イントロと共に立ち上がる。そしてしっかりとマイクを握った。
これはもう、救うしかない。